宙(そら)に散る。

星野そら

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10 着陸

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「………うっ!」

 重力の変化に、縛られた体がきしむ。その感覚で宇宙艦が着陸状態に入っているのが分かった。
 コスモ・サンダーの本部がある惑星に到着するのだろう。もう少しの辛抱だ。
 俺は宇宙艦に乗せられてからずっと拘束されていた。食事を運んでくるもの以外、誰も部屋に入るなとマリオンが命令したものだから、柱に縛り付けられたまま、3日間を過ごすはめになった。

 食事はかろうじて運んできたやつに食わせてもらった(丁重にお願いした)が、立ったままでは眠ることもできず、風呂にも入れず、トイレにも行けず…、もう極限状態である。

 マリオンが来たら泣きを入れるつもりだったのに──。

 食事を運んでくる男は、あまりの惨状にレイモンドから目を反らした。凄まじい扱いを哀れんでくれているようだ。
 グールに殴られた跡が青くなって、酷い顔をしているのだろうなあ。

 軽い振動がして、宇宙艦が惑星に降り立った。
 いつ、ここを出られるんだろう。そう考えながら数時間がたった。
 このまま、ここに放置して衰弱死させるつもりじゃないかと不安になった頃、どっしりした扉が開いた。

「マリオン! 捕虜にしても扱いがひどいんじゃないの? あなたは戻ってこないし、このまま放置する気かと思った」
「お気に召しませんでしたか? おまえと話すと自分を押さえられるか自信がありませんでしたから、この部屋を訪ねるのを遠慮しました」
「俺が憎くて、殺してしまうかもしれないってこと?」
「…、そうかもしれません。それに、わたしはこの宇宙艦隊の指揮官です。おまえと埒もないことを言い合っているヒマなどない。縛めを解きますが、逃げ出そうなどとは考えないように」
「ふっ! これだけ長いこと縛り付けておいて、俺がすぐに動けるとでも思ってるの? カラダがガチガチだよ。歩けるかどうかもわからない。走ったりしたら、貧血でぶっ倒れる」
「……!?」
「3日間縛り付けられたまんまだったんだよ。ろくなもん食わしてもらってないし。逃げていいと言われても、いまの状態だと誰も倒せないし、この姿じゃ色目を使っても誰もなびいてくれないよ」

 マリオンの顔がピクッと引きつった。

「一度訊きたいと思っていました。おまえは仲間をたらし込んで、わたしから逃げ切ったのですか? 手をかしたのは、いったい誰…」

 いや、今のは冗談なんだけど…。

「そんなやつも、いたかな」
「答えられないと? それじゃあ、汚れたまま放置しておきますか…」

 にこりともせずに返されて、あせってしまう。このままでは、俺はスラムの浮浪者より酷い。

「冗談だよ、マリオン。コスモ・サンダーを裏切って俺に手をかしてくれたやつなんていやしない。それに、総督の前に行くなら、少しは身ぎれいにしないと、ね?」

 マリオンは眉をひそめながら、手の拘束を解いてくれた。久しぶりに自由になった手はくっきりアザがつき、ところどころ擦り傷ができている。
 痛っ! 動かそうとすると、鈍い痛みが襲ってきた。
 マリオンは跪くようにして、足の拘束を解いた。パンパンに浮腫んでいる。膝を曲げようにもぎくしゃくして自由がきかない。手も足も自分のカラダの一部ではないようであった。

「ついてきなさい」

 ひと言命じると、マリオンは前に立って歩みだした。宇宙艦にはもう、誰も残っていないようだった。速度を緩めもしないマリオンの後ろを不自由しながら歩いた。前に運ぶたびにギシギシ音をたてそうな足を叱咤しながら。
 マリオンに弱音を吐くのはいやだ。叱られることはないだろうが、カラダに染み付いた習性はなかなか抜けない。
 宙港から本部へと続く、見覚えのある地下通路を歩く。
 扉を開けると、本部の長い廊下。この先の階段を2階分上がって…、廊下をずっと奥まで行く。そして、マリオンの執務室の隣が俺の部屋だった。
 だが、マリオンは2階に上がると、途中で右に折れて先を急いだ。

「入りなさい」

 それは、広い私室であった。

「座る前に、バスルームを使いなさい」
「ありがとう」

 今にも倒れそうなカラダを叱咤してバスルームの扉を開けた。
 着ている服を脱ぎ捨て、シャワーの下に立つ。熱い湯が体中を叩く。バスタブにはすでに湯が張られていたが、入る前にカラダをゴシゴシと洗った。汚れている自分のカラダがたまらなく気持ち悪かったのだ。
 たっぷりの湯にカラダを沈めると、ようやく人間らしい気持ちが戻ってきて、ほおっとため息が出る。生きていると実感すると同時にカラダの芯から震えが走った。

 緊張していたせいか、今までコスモ・サンダーに捕らえられたという実感がなかったのだ。
 今頃になって体がブルブル震えてくる。

 俺はこんなになさけない男だっただろうか。死ぬ覚悟はできていると言い聞かせてきたのに、死ぬのはイヤだと心が叫んでいる。
 宇宙船の爆発のように一瞬で終わったらまだましだろうが…、裏切りの許しを請いながら、じわじわと殺されるのは辛い。耐えられるだろうか。
 きっと、プライドも何もかもかなぐり捨てて泣き叫ぶだろう。許しを請うだろう。

 それでも…。
 リュウと出会って、コスモ・サンダーを逃げ出したことを後悔はしない。総督やマリオンには済まないけれど、同じ状況に陥ったら、きっと何度でも同じことをする。自分を頼ってくれた子ども、背中で震えている子どもを殺すなんて俺にはできない。
 クール・プリンスと呼ばれ、誰よりも冷酷だと言われていても、俺にだってできないことはある。

 ああ。俺が死んだという知らせは、リュウに届いただろうか。リュウのことだから、きっと泣いているだろうなあ。レイモンドはくすっと笑った。いま、リュウに連絡したら驚くだろう。ひどい冗談は止めろと怒るかもしれない。
 あ~あ、生きている間に死亡通知か。
 でも…。俺は死んだも同然だから、間違いにはならないだろうけど。
 
 脱衣室には清潔な衣服が用意されていた。手早く身に付けて私室に戻ると、マリオンがゆったりとソファでくつろいでいた。

「こちらへ」

 言われてマリオンの前まで歩いていった。マリオンは俺の姿を上から下まで眺めまわした。

「上着を脱ぎなさい」
「……?」
「聞こえないのですか?」

 何がどうなっているのかわからず戸惑っていると、マリオンの手が意志を込めてシャツにかかる。

「わ、わかったよ。脱げばいいんだろう」

 ボタンをひとつずつはずし、シャツをするりと脱いだ。

「なに、カラダのあざでも調べるつもり? いちばん酷いのは、きっと顔だよ」

 マリオンの視線を痛いほど感じる。居心地の悪さを隠すために、マリオンの目の前でくるりと回ってみせた。

「服を着て結構です。……華奢に見えましたが、鍛えられている。トレーニングを続けていてくれて、よかった」

 吐き出された言葉に、俺は無性に腹が立った。

「よかった? それ、どういうこと! これから殺そうって人間のカラダなんてどうでもいいじゃないかっ!」

 いえ、とマリオンが言う。

「せっかく苦労して捕まえたおまえが見る影もなくなっていたら、総督ががっかりされます」
「総督に誉めてもらうためにトレーニングしたんじゃないっ」

 ムキになって言い返しかけて、思い直した。言い合っても無駄だ。

「ただのガキからいい男になった俺をめちゃくちゃにしたいんだ? 殴られてなかったら、なかなかの美貌なのに、残念だったね」

 マリオンは軽口を無視して「食事にしましょう」と言った。
 このまま総督の前に引き出されるか、どこかに監禁されるのだろうと思っていた俺は、驚いた。つと目を上げると、マリオンが冷たい表情のまま言う。

「逃げ出したりしないと言った言葉を信じます。顔のあざが消えるまで、しばらくかかるでしょう。総督のところに連れて行くのはそれからです。この部屋から出なければ、自由にしてください」
「ずいぶん厚遇してくれるんだ」
「ええ。総督に五体満足なおまえを連れてこいと言われていますから。あざもですが、今みたいに憔悴しきったおまえを連れて行くわけにはいかない」
「ふ~ん」

 そうしむけたのは誰だ、という文句は呑み込んだ。
 その時に、マリオンが総督の思惑を知っていたかどうかはわからない。
 たぶん、病に冒され、命が尽きかけている総督の望みを最大限かなえたいと思っただけだったろう。
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