わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
77 / 430

(幕間) 着せ替え人形

しおりを挟む
「痛いっ……痛いよ……こんなの……こんなのいやぁっ!」

「我慢してください! これも大人の嗜みなのですから……!」
 白い素肌が跳ね、長く美しい銀色の髪が窓から差し込む陽の光に照らされ、キラキラと輝いている。
 たわわに実った果実とも思える、年頃の娘よりもふくよかな胸が揺れる……そして細い腕、細い腰……全てが完璧なのではないか、と思える優れた容姿……こんな美しい少女を好きなように出来てしまう、これは地上の楽園だろうか?
 ぐいっと彼女と自分を繋ぐ革紐を引くと、その動きに合わせて彼女が顔を歪めて悲鳴をあげ、ガクガクと腰砕けるように細い体が揺れ動く。
「い、いやっ……こんな、こんなことされたらわたくし壊れちゃう……っ! うぐうっ……も、もう許してえッ!」

「いい声で鳴きますね……さあ、これでおしまいですよぉ……これがラストです」
 彼女の美しい顔が苦痛に歪む……ああ、苦しさから彼女の白い肌、細いうなじに汗が浮かんでいる……その汗すら輝きを見せている。
 王国で一番美しい辺境の翡翠姫アルキオネと呼称される少女は今自分にあられも無い姿を曝け出している……苦しさから少し荒い息を吐き、その艶やかな唇から小さな舌が覗き……そして堪えられないのか口の端から唾液が筋を作ってこぼれ出す。
 ああ、自分の手で彼女にこんな苦しい想いをさせてしまうなんて……あられも無い姿を曝け出してしまう彼女を見て、思わず力を込めてグイグイと革紐を引いてしまう……その動きに合わせて彼女の口から掠れるような悲鳴が漏れ出す。
「いやああっ……痛いってほんと、もう無理ぃぃぃぃ……ひぎいッ……こ、壊れるっ……」

「大丈夫、大丈夫ですよ、痛いのは今だけですから……」

「こ、こんなの本当に無理なのぉ……いやああぁ……」
 今私の前で目にいっぱいの涙を溜めて、私に向かって懇願するような顔を向けているのは、幼少期からずっと私が磨き続けてきた大事なお嬢様……そう、インテリペリ辺境伯家のご令嬢シャルロッタ・インテリペリ様。
 辺境の翡翠姫アルキオネと呼称されるイングウェイ王国随一の美姫に新しいドレスを着用してもらう準備を進めているのだ。
 今お嬢様と私は……彼女の細い腰にコルセットを巻くために必死に格闘をしている、そんな状況であり何か別のことを想像して良からぬ想いを抱いた者がいたら、その不埒ものは私マーサ・オアシスが天誅する所存なのです。
 お嬢様はゼエゼエと喘ぎながら、少し上気した頬を手で軽く仰ぎ、私に不満そうな目を向けている……ああ、そんなところも可愛いっ!
「はあっ……いつ……やっても……これ、無理よ……」

「シャルロッタ様、淑女とは我慢すること……先生も仰っていたではありませんか……」

「……仰ってましたけど、これはまた話が違うのでは……」
 シャルロッタ様は不満そうな顔で、カチカチに固められたコルセットをコンコンと指で叩いている。
 彼女はここ一年ほどで急激に体型が変わった……それまで体型としては非常にスリムで、一応胸の膨らみなどはあったが年相応な体型だったのだ。
 だが、今は違う……すでに大人の女性としても十分に見えてしまうくらいボリュームのあるスタイルへと変化しつつあり、以前試着したドレス類などは全く入らなくなってきているのだ。
「もう昔のお洋服は入らないのですよ、ですから今あるものを仕立て直す……それとコルセットを巻いて骨盤の周りを安定させた方がドレス着用の際は楽ですよ」

「その割にはマーサ……顔が怖かったですわ……」
 ちょっと途中から内心気持ちよくなっちゃって頑張りすぎたのは言わないでおこう。
 シャルロッタ様は幼少期から侍女に辛く当たったり、我儘をぶつけるような方ではなく、私たちの言うことを真剣に聞いてくれたり、お優しくしてくれるとても貴族とは思えないくらい、まさに聖女とも言えるようなお優しい方なのだが、「シャルロッタ様の顔見てたら気持ちよくなっちゃいました」って言ったら私のことをドン引きした目で見る可能性もあるのだから。
「さあ、シャルロッタ様今日はどのドレスにしましょうか?」

「え、え……? コルセット巻けるかどうかの確認ではないの? 何ですの、その手に持ったドレスは……」
 私が下ろしたての青色のドレスを手に声をかけるとシャルロッタ様はうわぁ……と明らかに引いた表情を浮かべる。
 なぜお嬢様がこれほどまでにドン引きした表情を浮かべているのかというと、私の手にあるドレスだけではなく背後にはまだまだ数多くの下ろしたてドレスが鎮座しているからだ。
 さすがインテリペリ辺境伯家、戦争貴族とか武闘派貴族とか揶揄されがちな貴族ではあるのだけど、それにしても庶民とは比べ物にならないレベルの財産を持っている。
 私は笑顔でシャルロッタ様へと微笑むと、完全にドン引きしている彼女へとジリジリと躙り寄る。
「ではでは……まずはこちらのドレスを着用なさってからぁ、次はこちらの黄色いドレスをですね……」



「お、終わった……ですわ……」
 完全に燃え尽きた顔で机に突っ伏しているシャルロッタ様だが、先日軽く計測していた頃よりも体型が少し変わっている……成長期の少女は毎日大人の階段を登っていっているのだな、と感心してしまう。
 毎日私たち侍女がお風呂に、湯浴みにと彼女の肌を磨き、髪の毛を漉き、日々美しく見えるように努力をすることを彼女は喜んで受け入れてくれるようになった。
 幼少期、一時期シャルロッタ様はそういった身だしなみを人にされることに遠慮のようなものを見せる時期があった、あんな時期もあったのは懐かしい、とさえ今では思える。
「汗をかいてしまいましたねシャルロッタ様、今お湯で拭きあげますからそのままでいてくださいね」

「はーい……辛かったですわ……」
 彼女の白い肌がしっとりと濡れている……さすがに三〇着近いドレスを着せては脱がし、微調整や計測などを行なったのは疲れてしまったのか、柔らかい布で体を拭かれても動こうとしない。
 本当に疲れたのだな、と少し申し訳ない気分になって心の中でシャルロッタ様にお疲れ様、と声をかける……毎日彼女の体を拭き上げ磨いていくが、あまりに艶やかな肌と柔らかい感触に同性として多少なりとも嫉妬に近い感情を覚えてしまいそうになる、この少女は女神か何かなのだろうか?
 だが、私は知っている……初めて「月のもの」を迎えたシャルロッタ様は大いに取り乱し、泣き叫んで私に縋りついて怯えた表情を見せていた……あの時それまで不思議と大人びた表情を見せる目の前のご令嬢が、同じ人間なのだと心なしか安心したことも今となっては良い思い出だ。
「シャルロッタ様は王子殿下と婚約なされたのですよねえ……」

「……そういうことになっていますわね……」

「お輿入れの後、床入りを迎えられる際に殿下が驚くくらい、このマーサがシャルロッタ様のお肌を磨き上げますね」

「と、床入りって……まだ早すぎますわよ!? 婚約を行ったとはいえ、いつでも破棄される可能性もあるのですし!」
 床入り、という言葉に反応したのかシャルロッタ様はそれまで静かに座っていたのが嘘のように、背筋をピン! と伸ばし慌てたように私に向かって捲し立てた。
 ああ、そうだこのご令嬢は非常に初心で、恥ずかしがり屋で……そして誰よりも美しい少女なのだ……顔を真っ赤にして必死に何か反論じみたものを言おうとするシャルロッタ様の口を、そっと指を当てて黙らせると私はにっこり笑って彼女に囁いた。
「大丈夫です、シャルロッタ様……まだまだ先なのは私もちゃんと理解してます、でも……今からちゃんと準備しないとだめですよ?」



「マーサ殿……もう遅いですぞ、あなたもお眠りください」
 シャルロッタ様が眠りにつき、規則正しい寝息を立て始めたのを見計らってか、部屋の片隅にある影の中からぬるりと巨大な黒い狼が姿を現す。
 幻獣ガルム、名前はユル……シャルロッタ様が契約したと言われる太古より伝説となっている幻獣界の生物、そして人によっては夜の闇に紛れて獲物を狙うとされている地獄の番犬。
「ユル……シャルロッタ様を護衛するのですか?」

「ええ、契約者が寝込みを襲われる……などという間抜けな失態は犯したくありませんので」
 不気味な赤い眼は寝台で眠りについているシャルロッタへと向けられるが、恐ろしい姿のガルムがシャルロッタ様を見る眼は本当に優しい光を帯びている。
 契約した幻獣であると家中でも彼女に近しい人間へと公表されたのは一年ほど前……最初に見たときは恐ろしさで身が竦む思いであったが、一度会話をしてみるとこの巨大な幻獣は真面目だが気さくな一面もあり、そして大のオヤツ好きな犬にしか見えなくなった。
「もう寝る前ですからオヤツは出しませんよ?」

「シャルの寝床で食べていたら五月蝿いと怒られてしまいますな……明日の朝でお願いします」

「はいはい、じゃあ私も部屋に戻りますね……良い夜を」
 私の言葉に頭を下げるとユルはシャルロッタ様を起こさないように慎重な足取りで彼女の寝台へと登る。
 そっと音を立てないように扉を閉め、私は暗い廊下を自分の部屋へとゆっくりと歩いていく……明日もあの美しいシャルロッタ様のお世話をするのだ。
 最初はお給金が良いことだけで応募をした仕事のはずだった、いつの間にか美しいお嬢様の世話をしていくうちに……私はあのシャルロッタ様の虜になってしまったかのよう。
 少女の頃も人形のようで可愛いな、と思っていたのに成長するに従って美の女神のようにも思える気品なども備えており、そんな彼女の身の回りの世話をすることが今では楽しみとなっている。
 軽くあくびをしながら私は部屋へと戻ると、寝台の中へと潜り込み魔導ランプの灯りを消してそっと呟いた。

「……おやすみなさい、シャルロッタ様良い夢を見てくださいね、また明日二〇着のドレスが待っておりますよ……」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

空月そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...