わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二五一話 シャルロッタ 一六歳 弑逆 〇一

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 ——第一王子派と第二王子派の本格的なぶつかり合いは両者痛み分けという結果に終わった……だが第一王子派にとって痛み分けという事実は手痛いものとなって帰ってきている。

「……聞いたか? なんでも聖女様が居ながらにしてほぼ全滅した軍もあったらしいぞ……」
 王都に残る下級貴族達の中には情勢を見極めてから陣営へと参画しようとするものも多くおり、普段ではとても足を運ばないような場末の酒場で彼らは息を潜めながら噂話に興じている。
 本来であれば対立が深刻化する前に、ある程度陣営に接近しておくことも貴族としての処世術ではあるのだが、イングウェイ王国には数多くの貴族家が存在し、その多くが自らの運命を決めかねていた。
 一人が神妙な顔つきで他の貴族へと話しかける。
「聖女様は兵士を治してたらしいんだが、その兵士は傷が癒えた後急に怪物になって暴れ出したとか……」

「どういうことだ? 聖女様がそんなことをするはずが……」

「わからない、だがこの国に何かが起きていることは間違いない」
 彼らの記憶の中にある国王代理アンダース・マルムスティーンの少し血色の悪い顔が思い浮かぶ……元々偉丈夫として知られた彼は、ここ最近病にでも侵されたのかひどく疲れた表情を浮かべて政務にあたっていた。
 その様子を見た者達からは不安と心配の声が上がっていたが、現状王都近辺における王国の運営には支障は出ていない。
 だが……地方に所領を持つ貴族達は如実にイングウェイ王国全体の屋台骨が急速に傾き始めていることを実感している。
「なんでも他国は今のイングウェイ王国を見て侵攻の機会を窺っているらしい……」

「先頭を切るのはマカパイン王国だという話だ」

「あそこは確か竜殺しがいたな……だがあの王国が狙っているのはインテリペリ辺境伯領だ」

「であれば他国の動向を見つつ、陣営を決めていくということか」
 お互いの顔を見ながら頷く貴族達……そんな神妙な顔つきの彼らを遠目に見て微笑んでいるものがいた。
 青い髪に深く海のような瞳をした少女、今は白い神官服を身に纏いフードを深く下ろしているが、目の前にあるお茶が入ったジョッキを片手に周囲の様子を伺うような仕草である。
 そして彼女の周りには何人もの荒くれ者達が黙って控えており、彼女に近づこうとするもの達を遠ざけているのだ。
 彼女の名前はターヤ・メイヘム……王立学園に在籍していた学生であり、今では聖女付きの下働きとして王都での活動を続ける少女は、以前では見せなかったような歪んだ笑みを浮かべたまま貴族達の言葉に耳を傾けている。
 彼女の姿はこの場末の、しかも荒くれ者が揃う酒場の中では異様であり、細い指先などから女性であることはわかっているが、誰も彼女の方へと視線を向けようとはしない。
「うふふ……あの方達の言うとおり、この国はおかしくなっている……」

 ターヤはうっとりとした表情を浮かべながら胸元に忍ばせているメダルを探るような仕草を見せつつ想いを巡らせる。
 私は友人であるシャルロッタと別れ、聖女様と共に行動し考えが変わった……素晴らしい出会いがあり、その中で友人だと想っていた彼女がとんでもない化け物だと知らされて落胆した。
 この王国を滅ぼそうとする魔女……シャルロッタ・インテリペリという最悪の存在を私の手でいつか滅ぼす。
 そのためにはどんなに辛いことでも我慢できるような気がした……親元を離れて必死に働いていた時とは打って変わって、彼女の生活は楽になり今では昔働いていたガラの悪い酒場から離れている。
「……ターヤ姐さん、そろそろ戻りませんと」

「そう? もう少し下らない話を聞いていてもいいのでは?」
 ターヤの側に控えていた大きな傷跡を持つ中年の男が彼女へと話しかけるが、微笑みながら胸元からペンダントにくくりつけられた小さなメダルを取り出すと、まるで子供が貰った宝物を愛でるかのような表情を浮かべる。
 あどけない少女のどこか不気味さすら感じる表情に、彼女の取り巻き達はいい知れぬ不安感を抱えた顔をしているが、ターヤはそんな周りの大人の表情など気にせずそのメダルを見つめている。
 メダルに描かれている意匠は聖教で崇められる女神の姿ではなく四つの奇妙なシンボルが書かれたもので、周りの荒くれ者達にはそれが何を示しているのかわからない。
 だが、そのメダルに描かれたシンボルを見るとどういうわけだか不安感を感じる独特の歪みと、直視し続けることを本能的に拒否したくなる奇妙な嫌悪感を感じるのだ。
「姐さん、それは一体なんですか?」

「……うふふ、これはね……とても大事な神様のお守りよ……」
 彼女のいう神様、が何かわからずに困惑してお互い顔を見合わせる男達の前でターヤは蝋燭の光に輝く青い瞳でメダルを見つめて恍惚の表情を浮かべている。
 まあ、いつものことだと考えて男達は彼女から視線を外すと周りの様子に目を光らせる……今彼らに課せられた仕事は姐さん、つまりターヤを護衛することだ。
 決して手を出してはいけないし、手を出されてもいけないと言い含められている。
 もし何かあった場合は……そこまで考えた男達は思わず緊張でごくりと喉を鳴らす……一見すると単なる少女でしかないこの小娘を守るという仕事にはそれほど意欲が湧くわけではないのだが、それでも彼らにとって恐ろしい制裁が待ち構えていると思うと恐怖しか感じない。
 そんな彼らと対照的にターヤの表情は幸せに満ち溢れたものだ……だが、その笑顔はこの場においては少々不気味なものではあるのだが。
「幸せ……私には神様がついている……シャルにもついていない神様が……」



「……閣下! 戦果は上々です……ってなんでそんなに不安そうな顔なのですか?」
 マカパイン王国の兵士が上機嫌でイングウェイ王国遠征軍総大将である『竜殺し』ティーチ・ホロバイネンへと戦果を報告している最中、当の本人は顔色が優れずどこか上の空で彼らの話を聞いていた。
 現在彼らはインテテリペリ辺境伯領とマカパイン王国の国境を侵犯し、小さな村を占領し略奪し……そして警備兵や抵抗した者を皆殺しにしたところである。
 そんな総大将の様子を不安がる兵士たちも多いのだが、彼の副官である軍師リーヒ・コルドラクがやれやれと言った様子で軽くティーチの脛を蹴ると、それがスイッチになったかのように自信に満ち溢れた表情へと変化したティーチはにっこりと笑って兵士へと話しかけた。
「そうか、不安などないぞ……マ……マカパイン王国の勇敢なる兵士諸君の戦果を喜ぶものである」

「はっ!」

「わ、私はリーウイッ……リーヒとその……今後の戦略を立てるために秘密の会議をする、絶対に天幕に入ってこないように!」

「承知いたしました!」
 兵士たちが一礼してから天幕をでたのを確認し、呆れ顔でそっぽをむいていた赤髪に抜群のプロポーションを持った絶世の美女がパチン、と軽く指を鳴らす。
 その仕草に合わせて凄まじい量の魔力が放出されると、天幕全体が強い魔力で覆い尽くされ、外からは何物も侵入できない結界と、音すら閉じ込める強力な魔力が場を満たしていく。
 それはリーヒ……その正体はトゥルードラゴンとして長き年月を生き抜いたリヒコドラクと言う名の真のドラゴンの一匹でもある。
 彼女ははあっ……と軽くため息をつくと、害虫でも見るかのような目でティーチを睨みつけると、イライラした表情を浮かべながら彼へと怒鳴りつけた。
「ティーチ! お前な……なんで兵士の略奪を止めないのだ! これではシャルロッタ嬢ごしゅじんさまに喧嘩を売っているのと同じではないか!」

「し、仕方ないだろ……下士官どもは俺のいうことなんか何も聞きやしない!」
 ティーチは泣きそうな表情で胸ぐらを掴むリヒコドラクへと抗弁する……マカパイン王国侵攻軍は数千の兵力を持ってイングウェイ王国インテリペリ辺境伯領へと侵攻を開始した。
 ティーチとリヒコドラクは侵攻軍の指揮官として軍勢を編成し、時期尚早という名目で可能な限り侵略を先延ばしにし続けていた。
 全ては彼らにとって恐怖の対象、そして圧倒的な実力者であるシャルロッタ・インテリペリという令嬢と敵対しないための行動であった。
 だが、マカパイン王国が長年抱えていたイングウェイ王国……さらにはインテリペリ辺境伯家への恨みつらみは根が深く、彼らは次第に二人の制御から外れ始め、なし崩し的に領土への侵攻と略奪を開始してしまった。
「ただでさえ辺境伯領に損害を与えているのだ、私たちは本当に殺されるかも知れないぞ……」

「そ、それは嫌だ……第一あいつがいけないじゃないか……俺たちのいうことすら聞かないあいつが!」
 ちょうどその頃辺境伯家は第一王子派との全面対決に踏み切っていたため、この国境付近で起きている戦闘を把握しておらず、明確な抵抗を行えていない。
 それに乗じてマカパイン王国軍は辺境伯領へと侵攻を進め、国境付近の村を複数略奪し戦果をあげているところだった。
 名目上ティーチがこの軍の総指揮官であるべきだったが、マカパイン王国国王であるトニー・シュラプネル・マカパイン三世は彼の補佐役としてシェリニアン将軍を従軍させていた。
 彼は新参者かつ竜殺しなどという称号を持つティーチ自身を信頼しておらず、身勝手な行動を繰り返している……本来ティーチはそれを咎める立場にいるはずが、シェリニアンとその部下による専横を許してしまっている状況なのだ。
「なぜコントロールしない! お前が指揮官だ……命令を下せばよかろう!」

「命令したんだよ! それでもあいつも、軍勢も言うことを聞かない……」
 ティーチは独断専行で命令を無視したシェリニアン将軍を叱責したのだが……それ以上に王国軍全体が仇敵であるインテリペリ辺境伯家の警備隊を追い払ったことによる高揚感からティーチが撤退を命令しようものなら暴発をしかねない状況へと突き進んでいた。
 戦士としては大した能力を持っていないティーチだったが、指揮官としての能力は相当に高い……だがシェリニアンのようにそれでも命令を受け入れようとしない者達がのか? と言う事実にリヒコドラクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……シャルロッタ嬢ごしゅじんさまと合流しよう、侵攻は続けたまま……お前が指揮できる部隊には絶対に略奪を行わないように厳命しろ」

 リヒコドラクの言葉に涙目で何度も頷くティーチ……二人ともこの状況が非常にまずいことは理解している。
 只でさえ本来侵攻を止めなければいけないはずの自分達が、意図せぬ侵攻と略奪に加担してしまっているのだ。
 シャルロッタに知られてしまったらどのようなお仕置きをされてしまうかわかったものではない……二度とあれほどの戦闘能力を持つ相手と戦いたくないのに……とリヒコドラクは親指の爪をかみながら表情を歪める。

「ともかく……被害を最小限に食い止めるのだ、私もなんとかしてみる……ティーチ、お前も全力で侵攻を遅らせるのだ」
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