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いつもの帰り道、いつものようにジェイデンと並んで帰路につく。
「奥さんのところで珍しい果物サービスしてもらっちゃった。今晩食べてみよう」
「そうだね。……っと」
繋いでいた手と腰を引き寄せられ、彼の胸に鼻が当たった。
ほんのり甘い、石鹸と交じったジェイデンの匂いがする。
「やあい! 待てよ!」
「遅っせえぞ!」
マリアベルの足元を子供たちがやんちゃな声を上げて走り去っていく。
「はは、元気だ」
子供の後姿を見送りながら呟くジェイデンの声が頭の真上から降る。
彼が引き寄せていなかったらぶつかっていただろう。
「足、捻ってない?」
「う、ん……平気」
見上げたジェイデンは柔らかく微笑み、なんとも言えない甘い空気が流れている。
彼の誕生日以来、ジェイデンからマリアベルへの構い方が少し変わった。以前なら気にしなかったような段差でも手を取るし、人込みではマリアベルの盾になるように庇う。なにかと抱き寄せることが増え、彼との距離が物理的に近くなっている。
マリアベルの心情的には、正直なところ心臓が高鳴りすぎて苦しい。嬉しい反面、勘違いが暴走しそうになる。酔っぱらってしまったのが恥ずかしくて、かっこいい兄像を取り戻したいのだろう、と勝手に彼のお兄ちゃん心を想像し、なんとか耐えている状況だ。
「帰ろうか」
微笑むジェイデンはやっぱり嬉しそうだ。うるさい心臓を無視して、わずかに微笑み頷いた。
「それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
夕食をジェイデン宅で済ませ、家の前まで彼が送ってくれる。
隣同士ほんの数メートルの距離なので送り迎えの必要もないほど近いのだが、彼がどうしても送っていきたい様子なので素直に甘えている。王妃の使いが来た時随分と心配そうだったので、彼なりに気を使ってくれているのだろう。
彼を見送り施錠する。普段は開けっ放しの店のカーテンを閉め、臨時休業の札を掛ける。明日と明後日は店を開けない。
「…………っ」
緊張で心臓がばくばくしている。
今夜は調合した媚薬を試す日と決めていた。王妃依頼の媚薬第一弾が完成したのだ。健康被害のない成分ばかりだとしても、誰にも試したことのない薬をいきなり王妃に飲ませるわけにはいかない。かといって他の誰かに飲ませるのも気が引ける。自分自身で試してみる以外の選択肢はなかった。
もしも寝込んでしまった時のために店を休みにし、ジェイデンには集中して作りたい薬があるからと言う理由を伝え、この二日間外に出なくても怪しくないように根回し済だ。
初めて調合した薬、という意味でも緊張しているが、この薬を試すにあたってもうひとつ不安に思うことがあった。マリアベルはまだ男性経験がない、ということだ。
どういう感覚になれば王妃の望む効果が得られるのか、という点においても書物からの知識しかない。酒場などでそういった相手を見繕うことも不可能ではないが、仕事のためだけに他人に身体を明け渡すことは気が進まなかった。
現時点ではどうすることも出来ないことだけはわかった。ひとまず薬を試してから考えよう、と気持ちを切り替える。
薬を持って寝室へ向かう。万が一薬と相性が悪く寝込んでしまったときのために、ベッドの周りには飲み物や食べ物など最低限の日用品は揃えた。着替えの服もある。体を拭くタオルも準備した。出来れば使いたくないが、助けを呼ぶ用のベルも準備している。これを鳴らすと必然的にジェイデンを呼び寄せることになってしまうからだ。
「……よし」
意を決して薬を口に含む。飲みやすいように小さな丸薬にしたので、さほど苦労なく飲み込めた。糖衣で包んであるので苦味も感じない。
効果が出てくるまでおそらく三十分ほど時間がかかる。それまでは体を解しながらできるだけ心を落ち着けて時間を過ごすことにした。
飲んでしばらく経った後、おおよそ予想通りの時間に身体に変化を感じた。中心から熱が湧きあがるような感覚がしている。体調が悪く寝込んでいるときのような発熱ではなく、もどかしいものが身体の内側で燻ってような感覚。今まで感じたことのない感覚だった。
知らない体感ではあるが本などの知識から得た内容とさほどかけ離れてはいないので、このまま様子を見ることにした。
じわじわと体温が上がっているのがわかる。全身と言うより、下腹部の奥からなにかが溢れそうで溢れないじれったい感覚になっている。呼吸は浅く速度を増し、熱い吐息が洩れる。むずむずするお腹の奥をどうにかしたくて無意識に膝を擦り合わせた。わずかにくちゅりと水音が聞こえてくる。
「っ……!」
下着が湿っている感覚がする。恐る恐る確認すると、秘処の割れ目から透明な蜜が垂れていた。知識として知っていても、改めて自分の身体で体感すると羞恥心が込みあげてくる。
しかし仕事はしなければいけない。
ベッドの上に座りクッションに背を預け身体の力を抜く。全身の状況を観察し、感覚を観察し、ひとつひとつ書き留めていく。
「っぁ」
文字を書く振動でわずかに衣服が擦れる。それだけで肌が快感を拾うようになっていた。思わず吐息交じりの声が洩れ、誰にも聞かれていないのに、恥ずかしさで顔が上気するのがわかった。
徐々に増すもどかしさで手の力が抜け、うっかりペンを取り落とす。ベッドで跳ねて床へと転がっていく。インクが少し付いたままだったが、幸いにもベッドも床も汚れていない。
「っ……」
ベッドから降りてペンを拾いに行くのすら億劫になるほど、火照りが体の奥から溢れていた。
しかしペンはこれしかないので、できるだけ動かなくても拾えるよう、ベッドへ寝転び床へ手を伸ばす。
「っん」
圧迫された下腹部から甘い刺激が滲み、反射的に声が洩れる。まだペンに手は届かない。手を伸ばせば伸ばすほど下腹に圧がかかり疼きが増す。
早く書き留めなければ、と焦る気持ちとは裏腹に、腹の奥から湧きあがる愉悦で思考が甘く蕩けていく。
伸ばす手の力が抜けていく代わりにふとももやお腹に力が入ってしまう。どくりどくりと秘められた場所が熱く脈打つ感覚がする。熱くて頭もぼんやりして、意図しない涙が溢れてきた。
早くこの熱を解放してしまいたい。そのことしか考えられなくなった。
ペンを拾うことを諦めベッドの上で背を丸める。
熱が過ぎ去るまで耐えようとぎゅっと身体を縮こまらせるが、燻りが溜まっていく一方だった。
「……っだめ、だ……」
記録に戻らなければ、と重だるく火照る四肢を無理矢理ベッドから引き剥がす。熱でぐるぐるする頭と身体を冷ますため窓際へ向かおうとする。言うことを聞かない足を引きずり、なんとか辿り着いた窓を開ける。
一気に冷えた夜風が吹き込んできて上気した頬を撫でていく。冷気が心地よくて少し緊張が解れた。
ほっと息を吐くと、抑え込んでいた快感がわっと溢れ足の力が抜ける。
「っぅ」
なんとかチェストに寄りかかり転倒は免れたが、棚の上に置いてあった非常用のベルを落としてしまった。ベルは澄んだ音を響かせ床を転がっていく。
「…………マリアベル?」
外から窓を開ける音がして、ジェイデンの声が聞こえてきた。鈴の音で起こしてしまったのかもしれない。
「あ……ごめんねジェイデン。寝ぼけちゃって……」
なんとか窓から顔を出し、隣から顔を出しているジェイデンへ笑顔を作る。
「なんか顔赤いけど、熱あるのか?」
「えっ? ううん! 平気!」
些細な変化に気付いてくれるのは嬉しいが、今は触れないでほしい。
「いや、熱あるだろ。風邪ひいた時と同じ顔してる」
「えっ熱? 気のせいだよ、大丈夫だから!」
さすが長年一緒にいる幼馴染だ。マリアベルの嘘は簡単に見破られてしまった。
「とりあえず冷やせる物持ってくから」
「夜中だし大丈……」
マリアベルの言葉を最後まで聞くことなく隣の窓は閉まってしまった。この調子だとものの数分でジェイデンがこの部屋に辿り着いてしまう。
「どうしよ……。あっ、これ……隠さないと」
記録をしていたノートと試作品の丸薬を鍵付きの引き出しへ押し込む。しっかり施錠を確認して鍵は小物入れの底へ隠す。
湧きあがる熱で今にも倒れ込んでしまいそうだが、最後の力を振り絞りベッドへ潜り込む。顔の半分までシーツで隠したところで扉をノックする音が聞こえた。
「マリアベル? 来たけど、入ってもいいか?」
「う、うん。どうぞ」
彼は心配してわざわざ来てくれたのでここで追い返すのは忍びない。出来るだけ平静を装って答えた。
「……おじゃまします」
マリアベルの返事から一呼吸おいてゆっくり扉が開いた。そこからジェイデンが顔だけを覗かせている。
これは彼なりの気遣いだ。返事があったからと言っていきなり乗り込んだらびっくりするだろうから、と何度も入ったことのある部屋であってもいきなり押し入ってこない。幼馴染とはいえきちんと節度ある距離感を保ってくれる。こういうところ好きだなぁ、とぼんやりと思考して、熱に持っていかれそうになっていることに気付きはっとする。ぐっと手を握り、意識が流されてしまわないように気合を入れた。
「……やっぱり体調悪かったのか」
念のために準備した着替えやタオルなどを見てジェイデンが溜息をついた。
「夕飯の時もしんどかったか? 無理させてごめん」
心配げに眉を寄せる彼の表情に良心が痛んだ。
「う、ううん。夕飯までは大丈夫だったんだけど、帰ってきたら急に悪くなっちゃって」
「ん、そうか」
ジェイデンはベッドの脇に丸椅子を引き寄せ腰掛けた。
「無理するなよ。すぐ隣にいるんだから、いつでも呼んで?」
マリアベルの額にかかった髪を、彼の手が優しく払いのける。
わずかに触れた指先は、過敏になったマリアベルには十分すぎるほどの刺激を与えた。
「っ……」
マリアベルの身体が小さく跳ねる。息を詰め、なんとか声が洩れるのは堪えた。
「ぁ、爪、当たった?」
痛かったのかと勘違いしたジェイデンは、先程掠めた部分を指の腹でじっくりと撫でた。そのまま額をなぞり、こめかみから頬に添って指を滑らせていく。
「傷にはなってないな。でもやっぱり顔が熱い」
続けざまに優しく触れられてぞくぞくと震えるような快感がマリアベルを襲う。
「んぁッ」
彼の指先が首筋をなぞった時、堪えかねた甘い声が洩れてしまった。
「っぁ……なんでも、な……」
「どうした? どこか痛い? 首?」
嬌声を取り繕おうとするマリアベルの声は届かず、焦った様子のジェイデンが先程触れたあたりの肌を確認しようとする。
身体が横に倒されジェイデンの胸元が目の前に迫る。覆い被さるように彼が首元を確認している。支える彼の手が背中に触れ、じっとり体温が伝わってきた。
焦ってはいるが動作や触れ方は柔らかく優しい。その触れ方がかえってマリアベルの官能を刺激した。
「ぁッ……」
わずかに背がしなり身体がびくりと震えた。
「っ大丈夫か!?」
添えられた手で背中が摩られる。彼の手から与えられた快感を覚えた身体は、看病のためにさする掌にすら悦楽を見出していく。一度洩れてしまった声は、もう抑えることが出来なかった。
「は、ぁ、……んくッ」
両手で口元を押さえても甘ったるい声が零れる。苦しげに息をするマリアベルの様子を確認するため、彼が顔を覗き込んだ。動きに合わせて流れてきた彼の香りが鼻腔をくすぐり、それが愉悦へと変わる。
「つらいか? マリアベ……ッ!」
考えるよりも先にジェイデンの唇を奪っていた。両手で彼の頬を包み拘束する。合わさった唇から蜂蜜のような甘い味がするようで夢中でついばんだ。
「んっ……、な、っ……! ……マリアベル!」
両肩を掴まれ無理矢理引き剥がされた。
「……ぅ、ごめ、……ごめん、ジェイデン……」
これまで家族のように接してくれた彼へ恩を仇で返すようで、罪悪感で息が苦しくなる。
それでも燻る熱は体内で暴れ続け、触れてほしい、抱いてほしい、という劣情が罪の意識を塗り潰していく。
「……っねえ、ジェイデン。……今、恋人っ……いる?」
「えっ……ぇえ?」
場にそぐわない唐突な質問に彼は面食らっているが今はそれを気にする余裕はない。
「いるの!?」
「い、いない!」
マリアベルの勢いに負けて、ジェイデンは焦ったように答えた。
ジェイデンに不貞を働かせるわけにはいかない、と残りわずかな理性を総動員してやっと問うたのだ。返事を聞き一気に気が抜ける。
彼の手が緩み身体が解放された隙に、再び彼に口付けた。もう自分の意思ではどうしようもできないほど情欲がのたうちまわっている。
目の前の男が欲しくて欲しくてたまらない。
でも想い人がいるかもしれない、というわずかな罪悪感はすぐに欲が飲み込んでいった。
「ごめん…………ジェイデン……ごめ、ん…………」
キスの合間に謝ることしかできなかった。
「待っ……、アリアベ……」
彼の手を引き寄せ自身の胸の中心へ宛がう。心臓がどくどく脈打って彼の手へ振動を伝える。
「…………さわって」
「っは!?」
彼は赤面し必死に引こうとするが離さない。
「ジェイデンに…………触れられたいの…………」
戸惑い彷徨う彼の視線にちくりと胸が痛むが、やがて溢れてきた涙でよく見えなくなった。
いつもの帰り道、いつものようにジェイデンと並んで帰路につく。
「奥さんのところで珍しい果物サービスしてもらっちゃった。今晩食べてみよう」
「そうだね。……っと」
繋いでいた手と腰を引き寄せられ、彼の胸に鼻が当たった。
ほんのり甘い、石鹸と交じったジェイデンの匂いがする。
「やあい! 待てよ!」
「遅っせえぞ!」
マリアベルの足元を子供たちがやんちゃな声を上げて走り去っていく。
「はは、元気だ」
子供の後姿を見送りながら呟くジェイデンの声が頭の真上から降る。
彼が引き寄せていなかったらぶつかっていただろう。
「足、捻ってない?」
「う、ん……平気」
見上げたジェイデンは柔らかく微笑み、なんとも言えない甘い空気が流れている。
彼の誕生日以来、ジェイデンからマリアベルへの構い方が少し変わった。以前なら気にしなかったような段差でも手を取るし、人込みではマリアベルの盾になるように庇う。なにかと抱き寄せることが増え、彼との距離が物理的に近くなっている。
マリアベルの心情的には、正直なところ心臓が高鳴りすぎて苦しい。嬉しい反面、勘違いが暴走しそうになる。酔っぱらってしまったのが恥ずかしくて、かっこいい兄像を取り戻したいのだろう、と勝手に彼のお兄ちゃん心を想像し、なんとか耐えている状況だ。
「帰ろうか」
微笑むジェイデンはやっぱり嬉しそうだ。うるさい心臓を無視して、わずかに微笑み頷いた。
「それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
夕食をジェイデン宅で済ませ、家の前まで彼が送ってくれる。
隣同士ほんの数メートルの距離なので送り迎えの必要もないほど近いのだが、彼がどうしても送っていきたい様子なので素直に甘えている。王妃の使いが来た時随分と心配そうだったので、彼なりに気を使ってくれているのだろう。
彼を見送り施錠する。普段は開けっ放しの店のカーテンを閉め、臨時休業の札を掛ける。明日と明後日は店を開けない。
「…………っ」
緊張で心臓がばくばくしている。
今夜は調合した媚薬を試す日と決めていた。王妃依頼の媚薬第一弾が完成したのだ。健康被害のない成分ばかりだとしても、誰にも試したことのない薬をいきなり王妃に飲ませるわけにはいかない。かといって他の誰かに飲ませるのも気が引ける。自分自身で試してみる以外の選択肢はなかった。
もしも寝込んでしまった時のために店を休みにし、ジェイデンには集中して作りたい薬があるからと言う理由を伝え、この二日間外に出なくても怪しくないように根回し済だ。
初めて調合した薬、という意味でも緊張しているが、この薬を試すにあたってもうひとつ不安に思うことがあった。マリアベルはまだ男性経験がない、ということだ。
どういう感覚になれば王妃の望む効果が得られるのか、という点においても書物からの知識しかない。酒場などでそういった相手を見繕うことも不可能ではないが、仕事のためだけに他人に身体を明け渡すことは気が進まなかった。
現時点ではどうすることも出来ないことだけはわかった。ひとまず薬を試してから考えよう、と気持ちを切り替える。
薬を持って寝室へ向かう。万が一薬と相性が悪く寝込んでしまったときのために、ベッドの周りには飲み物や食べ物など最低限の日用品は揃えた。着替えの服もある。体を拭くタオルも準備した。出来れば使いたくないが、助けを呼ぶ用のベルも準備している。これを鳴らすと必然的にジェイデンを呼び寄せることになってしまうからだ。
「……よし」
意を決して薬を口に含む。飲みやすいように小さな丸薬にしたので、さほど苦労なく飲み込めた。糖衣で包んであるので苦味も感じない。
効果が出てくるまでおそらく三十分ほど時間がかかる。それまでは体を解しながらできるだけ心を落ち着けて時間を過ごすことにした。
飲んでしばらく経った後、おおよそ予想通りの時間に身体に変化を感じた。中心から熱が湧きあがるような感覚がしている。体調が悪く寝込んでいるときのような発熱ではなく、もどかしいものが身体の内側で燻ってような感覚。今まで感じたことのない感覚だった。
知らない体感ではあるが本などの知識から得た内容とさほどかけ離れてはいないので、このまま様子を見ることにした。
じわじわと体温が上がっているのがわかる。全身と言うより、下腹部の奥からなにかが溢れそうで溢れないじれったい感覚になっている。呼吸は浅く速度を増し、熱い吐息が洩れる。むずむずするお腹の奥をどうにかしたくて無意識に膝を擦り合わせた。わずかにくちゅりと水音が聞こえてくる。
「っ……!」
下着が湿っている感覚がする。恐る恐る確認すると、秘処の割れ目から透明な蜜が垂れていた。知識として知っていても、改めて自分の身体で体感すると羞恥心が込みあげてくる。
しかし仕事はしなければいけない。
ベッドの上に座りクッションに背を預け身体の力を抜く。全身の状況を観察し、感覚を観察し、ひとつひとつ書き留めていく。
「っぁ」
文字を書く振動でわずかに衣服が擦れる。それだけで肌が快感を拾うようになっていた。思わず吐息交じりの声が洩れ、誰にも聞かれていないのに、恥ずかしさで顔が上気するのがわかった。
徐々に増すもどかしさで手の力が抜け、うっかりペンを取り落とす。ベッドで跳ねて床へと転がっていく。インクが少し付いたままだったが、幸いにもベッドも床も汚れていない。
「っ……」
ベッドから降りてペンを拾いに行くのすら億劫になるほど、火照りが体の奥から溢れていた。
しかしペンはこれしかないので、できるだけ動かなくても拾えるよう、ベッドへ寝転び床へ手を伸ばす。
「っん」
圧迫された下腹部から甘い刺激が滲み、反射的に声が洩れる。まだペンに手は届かない。手を伸ばせば伸ばすほど下腹に圧がかかり疼きが増す。
早く書き留めなければ、と焦る気持ちとは裏腹に、腹の奥から湧きあがる愉悦で思考が甘く蕩けていく。
伸ばす手の力が抜けていく代わりにふとももやお腹に力が入ってしまう。どくりどくりと秘められた場所が熱く脈打つ感覚がする。熱くて頭もぼんやりして、意図しない涙が溢れてきた。
早くこの熱を解放してしまいたい。そのことしか考えられなくなった。
ペンを拾うことを諦めベッドの上で背を丸める。
熱が過ぎ去るまで耐えようとぎゅっと身体を縮こまらせるが、燻りが溜まっていく一方だった。
「……っだめ、だ……」
記録に戻らなければ、と重だるく火照る四肢を無理矢理ベッドから引き剥がす。熱でぐるぐるする頭と身体を冷ますため窓際へ向かおうとする。言うことを聞かない足を引きずり、なんとか辿り着いた窓を開ける。
一気に冷えた夜風が吹き込んできて上気した頬を撫でていく。冷気が心地よくて少し緊張が解れた。
ほっと息を吐くと、抑え込んでいた快感がわっと溢れ足の力が抜ける。
「っぅ」
なんとかチェストに寄りかかり転倒は免れたが、棚の上に置いてあった非常用のベルを落としてしまった。ベルは澄んだ音を響かせ床を転がっていく。
「…………マリアベル?」
外から窓を開ける音がして、ジェイデンの声が聞こえてきた。鈴の音で起こしてしまったのかもしれない。
「あ……ごめんねジェイデン。寝ぼけちゃって……」
なんとか窓から顔を出し、隣から顔を出しているジェイデンへ笑顔を作る。
「なんか顔赤いけど、熱あるのか?」
「えっ? ううん! 平気!」
些細な変化に気付いてくれるのは嬉しいが、今は触れないでほしい。
「いや、熱あるだろ。風邪ひいた時と同じ顔してる」
「えっ熱? 気のせいだよ、大丈夫だから!」
さすが長年一緒にいる幼馴染だ。マリアベルの嘘は簡単に見破られてしまった。
「とりあえず冷やせる物持ってくから」
「夜中だし大丈……」
マリアベルの言葉を最後まで聞くことなく隣の窓は閉まってしまった。この調子だとものの数分でジェイデンがこの部屋に辿り着いてしまう。
「どうしよ……。あっ、これ……隠さないと」
記録をしていたノートと試作品の丸薬を鍵付きの引き出しへ押し込む。しっかり施錠を確認して鍵は小物入れの底へ隠す。
湧きあがる熱で今にも倒れ込んでしまいそうだが、最後の力を振り絞りベッドへ潜り込む。顔の半分までシーツで隠したところで扉をノックする音が聞こえた。
「マリアベル? 来たけど、入ってもいいか?」
「う、うん。どうぞ」
彼は心配してわざわざ来てくれたのでここで追い返すのは忍びない。出来るだけ平静を装って答えた。
「……おじゃまします」
マリアベルの返事から一呼吸おいてゆっくり扉が開いた。そこからジェイデンが顔だけを覗かせている。
これは彼なりの気遣いだ。返事があったからと言っていきなり乗り込んだらびっくりするだろうから、と何度も入ったことのある部屋であってもいきなり押し入ってこない。幼馴染とはいえきちんと節度ある距離感を保ってくれる。こういうところ好きだなぁ、とぼんやりと思考して、熱に持っていかれそうになっていることに気付きはっとする。ぐっと手を握り、意識が流されてしまわないように気合を入れた。
「……やっぱり体調悪かったのか」
念のために準備した着替えやタオルなどを見てジェイデンが溜息をついた。
「夕飯の時もしんどかったか? 無理させてごめん」
心配げに眉を寄せる彼の表情に良心が痛んだ。
「う、ううん。夕飯までは大丈夫だったんだけど、帰ってきたら急に悪くなっちゃって」
「ん、そうか」
ジェイデンはベッドの脇に丸椅子を引き寄せ腰掛けた。
「無理するなよ。すぐ隣にいるんだから、いつでも呼んで?」
マリアベルの額にかかった髪を、彼の手が優しく払いのける。
わずかに触れた指先は、過敏になったマリアベルには十分すぎるほどの刺激を与えた。
「っ……」
マリアベルの身体が小さく跳ねる。息を詰め、なんとか声が洩れるのは堪えた。
「ぁ、爪、当たった?」
痛かったのかと勘違いしたジェイデンは、先程掠めた部分を指の腹でじっくりと撫でた。そのまま額をなぞり、こめかみから頬に添って指を滑らせていく。
「傷にはなってないな。でもやっぱり顔が熱い」
続けざまに優しく触れられてぞくぞくと震えるような快感がマリアベルを襲う。
「んぁッ」
彼の指先が首筋をなぞった時、堪えかねた甘い声が洩れてしまった。
「っぁ……なんでも、な……」
「どうした? どこか痛い? 首?」
嬌声を取り繕おうとするマリアベルの声は届かず、焦った様子のジェイデンが先程触れたあたりの肌を確認しようとする。
身体が横に倒されジェイデンの胸元が目の前に迫る。覆い被さるように彼が首元を確認している。支える彼の手が背中に触れ、じっとり体温が伝わってきた。
焦ってはいるが動作や触れ方は柔らかく優しい。その触れ方がかえってマリアベルの官能を刺激した。
「ぁッ……」
わずかに背がしなり身体がびくりと震えた。
「っ大丈夫か!?」
添えられた手で背中が摩られる。彼の手から与えられた快感を覚えた身体は、看病のためにさする掌にすら悦楽を見出していく。一度洩れてしまった声は、もう抑えることが出来なかった。
「は、ぁ、……んくッ」
両手で口元を押さえても甘ったるい声が零れる。苦しげに息をするマリアベルの様子を確認するため、彼が顔を覗き込んだ。動きに合わせて流れてきた彼の香りが鼻腔をくすぐり、それが愉悦へと変わる。
「つらいか? マリアベ……ッ!」
考えるよりも先にジェイデンの唇を奪っていた。両手で彼の頬を包み拘束する。合わさった唇から蜂蜜のような甘い味がするようで夢中でついばんだ。
「んっ……、な、っ……! ……マリアベル!」
両肩を掴まれ無理矢理引き剥がされた。
「……ぅ、ごめ、……ごめん、ジェイデン……」
これまで家族のように接してくれた彼へ恩を仇で返すようで、罪悪感で息が苦しくなる。
それでも燻る熱は体内で暴れ続け、触れてほしい、抱いてほしい、という劣情が罪の意識を塗り潰していく。
「……っねえ、ジェイデン。……今、恋人っ……いる?」
「えっ……ぇえ?」
場にそぐわない唐突な質問に彼は面食らっているが今はそれを気にする余裕はない。
「いるの!?」
「い、いない!」
マリアベルの勢いに負けて、ジェイデンは焦ったように答えた。
ジェイデンに不貞を働かせるわけにはいかない、と残りわずかな理性を総動員してやっと問うたのだ。返事を聞き一気に気が抜ける。
彼の手が緩み身体が解放された隙に、再び彼に口付けた。もう自分の意思ではどうしようもできないほど情欲がのたうちまわっている。
目の前の男が欲しくて欲しくてたまらない。
でも想い人がいるかもしれない、というわずかな罪悪感はすぐに欲が飲み込んでいった。
「ごめん…………ジェイデン……ごめ、ん…………」
キスの合間に謝ることしかできなかった。
「待っ……、アリアベ……」
彼の手を引き寄せ自身の胸の中心へ宛がう。心臓がどくどく脈打って彼の手へ振動を伝える。
「…………さわって」
「っは!?」
彼は赤面し必死に引こうとするが離さない。
「ジェイデンに…………触れられたいの…………」
戸惑い彷徨う彼の視線にちくりと胸が痛むが、やがて溢れてきた涙でよく見えなくなった。
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誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話
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