奥手淫魔と世話好き魔法使いが両想いになるまでの話

山吹花月

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2 気遣いのべっこう飴、別れ

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 空が白み始めた頃、ティーアは寝室の窓を開け朝の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。冷たさが気管を通っていくのが気持ちいい。軽く伸びをして身支度を整える。
 眠っているノエルを起こさないように横を通り過ぎ、庭に出て菜園の野菜たちを見繕う。朝露を帯びてどれも瑞々しく美味しそうだ。
 チリチリ、と小鳥の鳴き声がする。
「あ、おはよう。雨宿り出来たみたいだね」
 昨夜窓辺に来ていた水色の小鳥がティーアの肩に乗る。自慢のトサカもふわふわだ。
「あっ」
 なにかの気配に音を立てて小鳥が飛び立っていく。
 振り向くと申し訳なさそうに身を縮めたノエルが立っていた。
「邪魔、しちゃいましたか……?」
「大丈夫よ。朝食にしよっか」
「あ、手伝います!」
 キッチンに向かうティーアの後をノエルが追う。
「そう? じゃあサンドイッチ作るから、パン切って、バター塗ってもらっていい?」
「はい」
 緊張した面持ちで硬い返事が返ってくる。
 このままナイフを持たせて怪我をしないか若干心配になったが、予想に反して手元の動きは滑らかだった。パンはすべて等間隔に切られ、無駄なくバターが塗り込まれていく。ティーアが準備した具材もバランス良く乗せられていく。
「じゃあ、これ半分に」
「はい」
 少々ボリュームの多いものも危なげなく切り分けられていく。
「いいね!」
「っ! ありがとうございます」
 にっと笑って見せると、ノエルは目を逸らし頬を赤らめた。なんとも初々しい反応で微笑ましい。
「テーブルの準備、お願いしていい? 私、スープ準備するから」
「はい、もちろん」
 ノエルにランチョンマットと果実水用のグラスを手渡し、スープの準備に取り掛かる。
 切った具材と水、調味料を鍋に入れコンロに魔法石をセットする。スイッチを入れれば火が起き鍋が温められていく。すぐにコンソメのいい香りがキッチンに漂いあっという間にコンソメスープが完成する。
「さあ、食べよっか」
 昨晩同様ふたりで向かい合い朝食を囲む。
 まだ遠慮がちなノエルを促しつつサンドイッチを頬張る。歯ごたえのあるパンから瑞々しいレタスが弾ける。取れたての野菜で作ったサンドイッチはいつ食べても格別だ。
 天を仰ぎ幸せを噛みしめていると、ノエルの声に引き戻された。
「あの、天井なんですけど……僕が、壊しちゃった……」
「ん、今日修理依頼しようかなって。明日か明後日には来るかな?」
「もしよかったら、僕が修理してもいいですか?」
「え! 出来るの!?」
「はい、家の修繕はよくやっていたので」
「わあ助かる! ここ街から遠いから修理来てもらうの時間かかるんだ」
「いえ、僕が壊しちゃったので。食べ終えたら早速取り掛かります」
「ありがとう」
 ティーアの礼にノエルは嬉しそうにはにかむ。口元を綻ばせたまま再びサンドイッチにかぶりついた。

 屋根の修理に必要な工具や材木を準備し庭へ広げる。
「では、いってきますね」
 道具を持ったノエルは羽を広げ軽々と屋根へ飛び上がった。
「おお……」
 ティーアは思わず感嘆を洩らす。
 地上の工具と材料を持ち、上り、屋根の上で作業しまた降りてくる。何度か往復するうちにあっという間に穴は塞がった。
 屋外での作業は早々に終了し、今度は室内からの補強に取り掛かった。脚立に乗りながら器用に天井を補修していく。
「外側は塗装が乾いたら完成です。明日には乾きます」
「わっ早っ! ねえ、今日も泊まっていいからさ、明日塗装の確認とかお願いできない? 私そういうのさっぱりで」
「も、もちろん!」
「やった! こんなに早くて綺麗に直してくれる修理屋さん、なかなかいないよ! 本当に器用なんだね」
「ふふ、ありがとうございます」
 嬉しそうに照れる顔が可愛くて、頭をわしゃわしゃと撫でて褒めてあげたい気分になる。
「工具とか片付けるね」
 残りは部屋を整えるだけなのでティーアにもできる。床に散らばった道具へ手を伸ばしノエルを手伝うことにした。
「いいですよ、全部僕がやります」
 脚立から降りたノエルに手に持った工具をそっと奪われる。
「ティーアさんへの恩、少しでもお返ししたいんです」
 至近距離で眩しい笑顔を向けられ、油断していたティーアの心臓はときめきで高鳴った。
「ぁっそれじゃ、お風呂準備しとくから! 終わったらそのままどうぞ」
「ありがとうございます。片付けたらいただきますね」
 早い鼓動を誤魔化すように、ティーアは足早にバスルームへと向かった。



 幸いにも翌日も快晴、屋根の塗装も乾き修理が完了した。
「お茶、入れますね。キッチンお借りします」
 夕飯の後、ノエルが手際よくハーブティーを準備する。
 積極的に食事の準備を手伝った彼は、ついこの前に初めて来たばかりとは思えないほどキッチンの状態を把握していた。この日の夕食もほとんど彼が作り、ティーアが手を貸す隙がほとんどなかった。
 くつろいでいて、と言われたものの、これまで誰かをお世話することは多かったが逆に尽くされることには不慣れだった。なにをしていればいいかわからず、どこか落ち着かない浮足立つ気持ちと、世話をされるむず痒くも心地よい感覚との狭間で、てきぱき準備する彼の背中をぼんやり眺めることしか出来なかった。
「はい、お待たせしました」
 いつの間にか準備を終えた彼が目の前にいた。
「ありがとう……ん? これは?」
「べっこう飴です。夕飯のついでに作ってみました。お茶請けにどうかなって」
「わあ、綺麗……」
「薄く作ったのでかじっても大丈夫ですよ」
 黄金色に透き通った楕円は、照明にかざすときらきら反射した。
 家事も日曜大工も出来るうえ、ちょっとした気遣いも完璧。この腕なら各種業界から引く手数多だろう。ここまで相手を尊重できるのに女性を口説くことは苦手、なのに淫魔。
「淫魔って転職できるのかな……」
「え?」
 思わず心の声が零れていた。
 淫魔は職業ではなく種族なので早々変えられるわけもないのだが。
「い、いやあ! ノエルって器用だなあと思って! 屋根もあっという間に直しちゃったし」
「なにか作ったり手を動かすの得意なんです」
 慌てて取り繕ったが幸いにも彼は気にしていないようだ。
 自分の分のハーブティーを準備し、ノエルはティーアの前に腰掛けた。
「両親が早くに亡くなっていて。ずっとお世話になってた人はすごく忙しい人だから、なんでも自分で出来るようになりたくて特訓したんです」
 カップを見つめるノエルの瞳は懐かしそうに細められている。
「僕、全然淫魔に向いてないみたいで、特に人……女性との“そういった”コミュニケーションが上手くいかなくて」
 淫魔の“食事”、女性との性的な接触を指しているのだろう。
「学校でもいつも成績が良くなかったんです。どんなに勉強してもどうにもならなくて……。だから、せめて他の部分を伸ばそうって家事とか色々頑張って…………あっごめんなさい、僕の話ばっかり」
 彼は少し気まずそうに眉を下げた。
「特訓の成果、すごく出てると思う。屋根の修理以外にも料理もささっとやっちゃうし。私も両親いないから自分で色々やりはするんだけど、ノエルみたいに美味しいご飯作れないもん」
「そんなことないです! ハンバーグ、すごく美味しかったです」
 飾らない誉め言葉に頬が熱くなる気配がした。じっとオレンジの瞳に射抜かれる。気恥ずかしさはあるが、力強く褒められて悪い気はしない。
 まっすぐ目を見て褒めてもらえるなんていつぶりだろう、と彼の瞳を見ながらぼんやりと考える。
「本当に、楽しい時間でした」
 彼は顔を伏せていた。少し睫毛が揺れている。
 カップを持つノエルの手にきゅっと力が込められた。
「…………僕、もう、行きますね」
 顔を上げた彼の笑顔はどことなくぎこちなかった。
 胸がわずかにざわつく。屋根の修理も終わり本人が出ていくという以上、ティーアに止める権利はなかった。
 今更だが、彼は淫魔だ。
 人間と同じ食事だけではきっとエネルギーは賄えない。
 女性から精気をもらわなければ生きていくことはできないのだろう。
 これから供給してくれる相手を探しに行くのかな、そんな考えが頭を過ぎる。もやもやと不快な感情が湧いてきそうな気がして思考を強制的に中断する。
 すでに飲み終わったカップを片付けたノエルがまっすぐティーアを見ている。ほんの少し、瞳が寂しそうだと思った。
「ん、そっか」
 それ以上の言葉が見付からず、沈黙が流れた。
 もう少し一緒に居たい。そう思いながらもノエルをここに引き止める方法を思いつかない。“食事”の提供。一瞬脳裏に浮かんだが、彼からの申し出がないのにティーアから提案するのもどうなのだろう。ましてや女性との交流が苦手だと聞いたばかりだ。ここで押し切れるほどティーアは野暮ではないし、彼をその気にさせる自信があるわけでもない。
 そもそも自分が知り合って間もない人間と性的な関係を結べるほど奔放ではないことを思い出す。気軽に男性に体を許す女だと、ノエルに思われることも望んではいなかった。
「あ、えっと、飛んでいくなら窓使っていいから」
 結局当たり障りのない言葉しか出てこなかった。
「はい、ありがとうございます」
 いよいよ話題が尽きてしまう。出口の話をしてしまったせいで、このまま出発する雰囲気になった。墓穴を掘ったと今更悟る。
「そ、そうだこれ!」
 苦し紛れにドライフルーツの入った容器を差し出す。
「非常食に」
「ありがとうございます。いただきます」
「うん、召し上がれ」
「はい」
「…………」
「…………そろそろ、行きますね」
 なにもせず向かい合って座っているだけでは場が持たなくなり、彼が落ちてきた部屋へ移動する。
 高さがあり障害物も少なくて、ティーアの家の中では一番飛び立ちやすい。
「あの……本当に、ありがとうございました」
「……うん、頑張ってね」
 なにも話すことが出てこず、再び沈黙が訪れる。
「べっこう飴! 好きだから、その、嬉しかったよ!」
 精一杯の笑顔を作る。
「よかったです」
 首を傾け微笑むノエルは、月明かりが逆光になって口元以外の表情があまり見えなかった。
「それじゃあ……」
「うん……」
 ばさりと音を立てて羽が現れる。月光に照らされ艶やかに輝いている。ノエルは足を窓にかけ、ぐっと踏み切り飛び立った。
 あっという間に遠くまで飛んで行ってしまった。急に心が切なくなる。
 拾った子犬が懐いてきたのに手放さなければいけない、そんな心境かな、と無理矢理今の感情を言語化してみた。どんなに言葉を見繕っても、きゅっと締め付けられるような感覚は消えることはなかった。
 名残惜しくて、彼の羽が見えなくなるまでその背中を見つめ続けた。


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