呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

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7 出版社にて


「わ、先生髪切ったんですね!」
「ああ、うん。流石に見苦しいなと思ってね」
「絶対そっちのほうがいいですよ! なんだか表情も明るくなって」
「あはは……ありがとう」

 本来ならばリモートで打ち合わせをする予定だったが、髪を切るついでに出版社に顔を出すことにした。
 すぐに呪いを解いてほしかったが、あいにく天緒は学校へ行かねばならない。呪われているとわかった今、ひとりであの家にいるのはこれまで以上に薄気味悪いので、久々に車で外出したのだ。

 デビュー当時から律を担当していたベテラン編集者が退職し、冴島美加が担当を引き継いで三年になる。

 長編などどうあがいても書けそうにない律に、短編や雑誌のコラムなどの仕事を振ってくれ、なんとか仕事を繋いでくれていたのは冴島だ。おかげで、律はどうにかこうにか食い扶持を失わずに済んでいる。まだ二十代の彼女のノリと勢いについていけないこともあるけれど、優秀な編集者だ。律は冴島に頭があがらない。

 いつも打ち合わせで使うのは、パーテーションで仕切ったオフィスの一角だ。適度に騒がしく、適度にひと気のある出版社にやってくると、ようやく現実に戻ってこれたような気分になった。

「あと、これ……。美容師さんに勧められたから」
「えっ!? これ、めちゃくちゃ並ばないと買えないドーナツじゃないですか! すぐお茶淹れてきます!!」

 すっと差し出した白い箱には、デフォルメされた可愛らしい顔つきドーナツが描かれている。そのロゴを見ただけですぐに有名店のそれだとわかるあたり、さすが編集者は流行りに敏感だと律は関心した。
 ちなみに、ドーナツは天緒と夜見のぶんも買ってある。どんなものが好きかわからないので、プレーンからチョコレートがたっぷり塗られた胸焼けしそうなものまで購入し、車の後部座席に置いてきた。

「先生、心霊現象うんぬんはどうなりました?」
「あー……うん、あれはなんとかなりそうだ。心配かけて悪かったね」
「あ、いえ別にそこまで心配はしてなかったですけど」
「そう……なんだ」
「まだ病み上がりみたいなもんだし、無理してお疲れが出たのかなーとは思ってましたけどね」

 あっけらかんとした冴島の口調に拍子抜けするやら安堵するやら。メンタルクリニックにかかったもののなんの解決にもならなかったとは言えず、律は曖昧に微笑んでおいた。
 冴島はマイペースに話しながら、思い出したように顔を上げ、しげしげと律の髪を観察しはじめた。

「それにしても、やっぱ先生髪短い方がいいですよ~。往年の美青年作家感、出てます」
「なんだそりゃ」

 びしっと親指を立てる冴島の満足げな表情を見ていると、身なりを整えるのは大事だなと改めて感じさせられる。確かに気持ちもスッキリしたし、視界が広くなって爽快な気分だ。

「それはそうと、一応オカルト誌のライターさんに聞いてみたんですよ。先生が心霊現象に悩んでるって」
「え? 聞いてくれたのかい?」
「ま、ぜんっぜんあてにはしてなかったんですけど……」

 冴島がいつも持ち歩いている手帳を開く。ツヤツヤの爪で律に差し出されたのは、手帳カバーに挟まっていたメモだ。

「これは?」
「なんか、お祓いで有名なお寺だそうですよ。ちょっと遠くて、京都なんですけど」

 天緒という助けを得た今、それは必要ないものだ。とはいえせっかくの善意だ。律は二つ折りにされたメモを受け取った。

「ふうん、京都ね。なんかいかにもって感じだな」
「メディアとかで取り上げられたことはないらしいんですけど、ここ、”本物”なんですって」
「本物? てことは、僕みたいに霊障で苦しむ人たちが、実際に救われてるってこと?」 
「そうらしいです。すごいですよね~。ただ、噂ではすっごく高いお金が必要みたいで……」
「へえ、悪徳霊感商法って感じか。人の弱みに漬け込んで、悪どいことをする寺だな」
「でも、なかなかおもしろそうですよ。先生、ネタ探しがてら行かれてみては?」
「取材費が出るならな」
「んー、それは要相談っていうか」

 冴島はまたあっけらかんとそう言って、「じゃ、お打ち合わせ始めましょうか」といって手帳を開いた。
 久々にクリアな気分で新作のネタを冴島に披露しつつ、ふと、最近聞いたばかりの二つの情報が妙に符合することに律は気づいた。

 ——京都。霊障を解決。寺……。

 冴島が律が印刷して持参したネタ案にペンを走らせている隙に、かさりとメモを開いてみる。

 ——ん? これは……!

 メモには、京都のやたら長い住所とともに『青蓮寺和尚 蓮堂桂人』と書かれている。
 除霊、京都、蓮堂。これはどう考えても、天緒の実家の寺ではないのか?

「んー、二つ目のネタはけっこう引きが良くていいかもしれないですねぇ。でも、こっちも捨て難いかな~」とペンをくるくる回していた冴島が、メモを睨みつけている律を怪訝そうに見上げた。

「どうしました? 先生?」
「あっ……いや。じゃあ一旦、二つ目のネタでプロットを組んでみるよ。また連絡する」
「はい、わかりました。あ、すぐタクシー呼ぶので、動かずここにいてくださいね!」

 いそいそと荷物をまとめている律を見て、冴島が慌てたように念を押す。
 律が帰宅するときはいつも出版社の玄関前にタクシーを横付けしてくれるようになった。それが申し訳なくもあり、なるべく打ち合わせはリモートで行っているのだ。

「いいんだ。今日は車で来た」
「ああ、そうでしたか。帰り道気をつけてくださいね。あ、あと、先生宛に何通かファンレターが来てたんだった。すぐ持ってきますね!」
「ありがとう」

 スタスタと早足でオフィス内を横切っていく冴島の背中を見送り、律は律は無意識に左の脇腹をさすった。

 ——気にしなくても、僕はもう大丈夫なんだけどな……。

 オフィスの窓から見上げる空は、秋の深まりを感じる高らかな青空だ。 







˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚

明けましておめでとうございます🎍
2026年が皆様にとって素敵な一年となりますように✨
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

そして、いつも本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
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餡玉あんたま

 
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