異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第二章 戦への道程

一、戦のにおい

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 千珠が城に取って返した頃、城内はすでに慌ただしくなり始めていた。そこここで篝火が赤赤と焚かれ、せかせかと鎧の支度をする者、武器を運ぶ武者たちが、せわしなく行き来している。

 物見櫓の屋根からそんな風景を横目に見て、千珠は一飛で本丸の屋根へと降り立った。

「やはり気付いたか。戦が始まるぞ」

 光政は鎧直垂を家来に着付けさせながら、やや緊張した面持ちでそう言った。そこにいた家来たちは、突如現れた千珠の姿に、目を丸くしている。

「殿! この者は……!?」
「いずれ分かる」

 光政はそれだけ言うと、人払いをする。

「しばらく国を留守にするぞ。戦場は大和の国だ」
「そうか」
「中津川氏に不穏な動きあり、とのことだ。東軍は夜討、奇襲と手段を選ばぬ奴らだ。お前の鼻を頼りにしている」
「俺は目の前の敵を斬り殺すだけだ」
「それでいい。さて、これから軍議だ。いい機会だからお前を皆に紹介する。ついて来い」


 ❀ 

 光政は大股で広間を横切り、床の間を背にあぐらをかく。重臣たちの驚嘆と困惑の視線を一身に浴びながら、千珠は光政に付き従う。

 一瞬で、広間の空気がざわめいた。

「皆、大儀である。軍議の前に紹介しよう。白珞族の生き残り、千珠だ」

 張りのある光政の声に、さらに重臣たちの声は高くなる。

「白珞族……? かの有名な……?」
「あの子どもが?」
「女か?」

 そこにいる十名ほどの鎧直垂姿の男たちが、ざわめきながら目を見合わせては、無遠慮な視線を千珠にぶつけてくる。

「千珠は男だ。我々は、この手に軍神を得たのだ。この上ない戦力であるぞ」

 光政が白珞族について説明をしている間、重臣たちの食い入るような視線が突き刺さるように感じた。千珠は俯きがちに床板の染みや歪な節を数えながら、とてつもなく居心地の悪い時間をやり過ごす。

「殿、一言我らに相談してくだされてもよかったのでは?」
と、一番上座に近い場所に座った、厳しい面構えの男がそう言った。

 光政の父親といってもいい程の齢に見える男だが、真っ黒に日に焼けた肌はまだまだ精力に満ちた艶があり、深く刻まれた眉間の皺は深く、渋い顔で甥である光政を睨みつけている。

 千珠は、そっと光政の横顔を窺う。 
 血縁関係であるのにも関わらず、光政と忠輝の間に漂う剣呑な空気は、どこか互いを牽制し合うような刺々しさがあり、この二人の関係をここにいる誰もが慎重に見守っているような感じがした。

「我が父の弟君、大江唯輝ただてる殿だ」

 そんな苦言を、光政は小さく手を挙げて制すと、背後にいる千珠にそう告げる。
 唯輝は年齢とともに更にぎらつきを増すような二重瞼の目で、千珠をじっと見据えている。

「そなたのような童子が、我らに勝利を約束すると申すか」
「……まぁ、そうだな」

 年上の者を敬う気持ちの欠片もないような千珠の物言いに、唯輝は更に眉間の皺を深くする。光政は笑いを堪えているのか、口元を手で隠し、唯輝に言う。

「難しい礼儀のことは、とやかく言わないでやってください。なにぶん、まだ人の世に慣れていないもので」
「ふん……。まぁ、我々西軍は劣勢だ。たとえ微力でも戦力が増えるのは有難いといえば有難い」
「そうでしょうとも」
と、光政は忠輝の言葉を肯定するように頷きながらそう言った。
「しかしなぁ、たとえ最強との伝説のある鬼だとはいえ、このような子鬼では……」
「今は追い風が欲しいところであったし、まぁいいんじゃないか?」
と、渋面の忠輝の隣に座しているまろやかな顔の男が口を開くと、どことなくその場の雰囲気が柔らかくなった。

 光政の幼い頃より教育係として働く、菊池宗方きくちむなかたという男だ。歳の頃は唯輝とさして変わりはないが、半分眠ったような細い目と、ゆったりとした喋り口で、側にいるものを安心させるような、ともすれば眠気を誘うほどの包容力を感じさせている。

「宗方殿はいつも光政殿に甘いのう」

 忠輝は面倒くさそうにそう言うと、改めて千珠の姿を舐めまわすように観察し始めた。

「しかし……男にしておくのはもったいないような……歳は幾つじゃ?」
「十四だ」

 千珠は素っ気ない。相変わらずな無礼極まりない態度に、唯輝はびきっ、とこめかみに青筋を浮かべる。
 光政はついに吹き出してしまっている。すぐに軽い咳払いをすると、誤魔化すように場を取り直すように扇で床を打った。

「さてさて。取り敢えず、軍議を始めましょうぞ」

 して、軍議の内容はこうだ。

 難波江氏率いる東国の一軍を担う中津川氏は、以前から急進的な動きの目立つ国であった。今回も、夜討ちを繰り返すという手を繰り返して伊勢を落とし、山城へと攻め入ろうとしているという情報が入ってきたのである。
 青葉を含む西軍連盟は、帝をお守りし、中津川軍を討伐する必要がある。青葉軍は、既に都の側まで進軍している軍勢に加勢し、最前線で中津川軍と総当りすることになるであろう。

 千珠にしてみれば、簡単な話である。単に敵の武士を斬り殺せば済むこと。

 千珠は話の筋が見えた所で、ふっと姿を消した。
 
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