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第二章 戦への道程
二、半妖の鬼
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光政は本丸にて一人酒を飲んでいたが、不意に現れた千珠に気づくと、微笑んで手招きをした。
「軍議は退屈か」
「ああ」
「まぁ、無理もないか」
と、光政は苦笑した。
「お前が途中で消えたもので、叔父上が腹を立ててな」
「ふうん」
「あの方はやたらと形式や規律にこだわるのだ。お前も、叔父上の前では大人しくしておいたほうがいいかもな」
「お前がこの国の主だろう? 何故、そんなに気を使う必要がある?」
光政は一口酒を飲むと、また苦笑した。
「あの方は父の弟君だ。本来ならば、若かった俺ではなく、叔父上が家督を継ぐはずだったのだ。しかし、父の遺言で俺が家督を継ぐこととなった。それ故、あまり仲良くというわけにはいっていない」
「へぇ」
「唯輝は気性が激しいから、俺が当主となって正解だと思っている。しかし、昔からの重臣たちの中には、それを快く思わぬ者もいる」
「人間は色々と面倒だな」
「まぁな。しかし、私を推し立ててくれる者もいる。父上の徳のおかげだ。それに今回は、お前という強力な家臣を得たのだ」
「ふん、どうだかな」
千珠は素っ気ない返事を繰り返しつつも、光政のそばからいなくなろうとはしなかった。光政はくいと盃を呷って酒を飲み干す。
「……お前がしがらみとは関係ない存在だからかな。俺は初めてだ、こんなことを話して聞かせたのは。少しすっきりしたぞ」
光政は千珠に微笑みかけると、千珠はふいと目を逸らす。
「お前には奥方がいるのだろう。その女に話せば良いものを」
「紗代は……ああ、妻の名だ。あいつは下級公家の娘でな、賢い女なのだが、色々と意見してくるのが今は煩わしく、どうも気が休まらない。最近は戦だなんだと忙しいから、里に帰しているしな」
「ふうん……」
「千珠、もう少しここで俺の酒の相手をしろ」
「……あぁ」
「お、文句を言うかと思っていたが。これも契約のおかげか?」
と、光政は千珠の素直な返事を聞いて笑った。
「別に、これくらいのこと。断る理由もない」
千珠は光政に近寄って座ると、酒を注いでやった。光政は蝋燭の明かりに照らされた千珠の顔を、間近でしげしげと見つめた。
こんなにも美しい者を、今までに見たことがあっただろうか。
深く影を落とす長い睫毛に縁取られた、琥珀色の宝石のような瞳、少し厚みのある赤い唇、蒼白くなめらかな肌、腰の辺りまでを覆う絹糸のような銀色の髪。
「何見てる」
千珠は光政の方を見ずにそう言った。
「お前はじろじろと見られるのが嫌いだな」
「当たり前だ」
千珠は憮然として、居心地悪そうにそっぽを向く。
「しかし、その顔に見惚れない者のほうが珍しいと思うぞ」
「……」
千珠は気恥ずかしそうに、目を伏せる。
「白珞族は皆美しいのか?」
「いや……顔形は普通の人間とさして変わりはない。俺の母君が特別美しかったというだけだ」
「ほう……」
「里の中でも、一二を争う強力な妖力を持っていたそうだ。自分よりも強い男の子を生むと言っていたとか」
「そうか。じゃあお前は、良い血をもらっておるのだな」
「……母は人間と契りを結び、俺を生んだ」
「え?」
光政は驚きのあまり、盃を取り落としそうになった。千珠は酒を注ぎながら続けた。
「戦に出ていた母はその帰り道、朝廷の神官であった父と出くわした。二人は戦い、母は人である父に負けたのだ」
「……」
「しかし、父はとどめをさせなかった。歳若く、心優しい父は、人の姿に近い我等を非情に打ち倒すことが出来なかったそうだ」
「その神官の子がお前? ってことは……」
「俺は完全な鬼ではない。半妖なのだ」
光政はしばらく言葉も無く、千珠を見つめた。千珠は光政を見ると、「がっかりしたか?」と無表情に尋ねる。
「いや……むしろ少しほっとした。少しでも、同じ人の血が流れているのだろう?」
「ああ。心配することはない、俺の力は確かだ。里でも負けたことはない」
「それを聞いて安心した。しかし、半妖というのはなにが違うのだ?」
「致命的だ」
「なんだ?」
光政は千珠の言葉に、身構える。
「満月の光が夜空にある間、俺は只人となる」
「人間、に?」
「妖力も、鉤爪も、宝刀も、なにもない普通の人間に落ちる。そうなってしまうと、俺は何もできない」
「どうするのだ? そんな時、敵に襲われでもしたら……」
「里では……いつも族長であった祖父と夜明かしをしていた。しかし、今はどうしようもない」
このような美しい子どもを放っておいたら……この戦の最中、血に猛り女に飢えた兵士たちがたむろする戦場で、どうなるかは安易に想像がつく。
「その時は、俺のそばから離れるな。俺のそばにいれば、なんとでもしてやれるだろう」
「……しかし」
「しかしもくそもない。いいな、絶対に離れるなよ」
「……分かった」
千珠は、光政の勢いに押されて、頷いた。
「よし」
光政はぐいと酒を呷ると、美味そうに息をつく。
「戦が始まる。……お前、花音と随分仲が良くなったらしいな」
「舜海に聞いたのか?」
「ああ。仲良くしてやってくれ、あいつも俺の妹のような存在だ。辛く悲しい思いはさせたくない」
「……そうか」
千珠はぽつりと応じ、また光政の盃に酒を注いだ。
「軍議は退屈か」
「ああ」
「まぁ、無理もないか」
と、光政は苦笑した。
「お前が途中で消えたもので、叔父上が腹を立ててな」
「ふうん」
「あの方はやたらと形式や規律にこだわるのだ。お前も、叔父上の前では大人しくしておいたほうがいいかもな」
「お前がこの国の主だろう? 何故、そんなに気を使う必要がある?」
光政は一口酒を飲むと、また苦笑した。
「あの方は父の弟君だ。本来ならば、若かった俺ではなく、叔父上が家督を継ぐはずだったのだ。しかし、父の遺言で俺が家督を継ぐこととなった。それ故、あまり仲良くというわけにはいっていない」
「へぇ」
「唯輝は気性が激しいから、俺が当主となって正解だと思っている。しかし、昔からの重臣たちの中には、それを快く思わぬ者もいる」
「人間は色々と面倒だな」
「まぁな。しかし、私を推し立ててくれる者もいる。父上の徳のおかげだ。それに今回は、お前という強力な家臣を得たのだ」
「ふん、どうだかな」
千珠は素っ気ない返事を繰り返しつつも、光政のそばからいなくなろうとはしなかった。光政はくいと盃を呷って酒を飲み干す。
「……お前がしがらみとは関係ない存在だからかな。俺は初めてだ、こんなことを話して聞かせたのは。少しすっきりしたぞ」
光政は千珠に微笑みかけると、千珠はふいと目を逸らす。
「お前には奥方がいるのだろう。その女に話せば良いものを」
「紗代は……ああ、妻の名だ。あいつは下級公家の娘でな、賢い女なのだが、色々と意見してくるのが今は煩わしく、どうも気が休まらない。最近は戦だなんだと忙しいから、里に帰しているしな」
「ふうん……」
「千珠、もう少しここで俺の酒の相手をしろ」
「……あぁ」
「お、文句を言うかと思っていたが。これも契約のおかげか?」
と、光政は千珠の素直な返事を聞いて笑った。
「別に、これくらいのこと。断る理由もない」
千珠は光政に近寄って座ると、酒を注いでやった。光政は蝋燭の明かりに照らされた千珠の顔を、間近でしげしげと見つめた。
こんなにも美しい者を、今までに見たことがあっただろうか。
深く影を落とす長い睫毛に縁取られた、琥珀色の宝石のような瞳、少し厚みのある赤い唇、蒼白くなめらかな肌、腰の辺りまでを覆う絹糸のような銀色の髪。
「何見てる」
千珠は光政の方を見ずにそう言った。
「お前はじろじろと見られるのが嫌いだな」
「当たり前だ」
千珠は憮然として、居心地悪そうにそっぽを向く。
「しかし、その顔に見惚れない者のほうが珍しいと思うぞ」
「……」
千珠は気恥ずかしそうに、目を伏せる。
「白珞族は皆美しいのか?」
「いや……顔形は普通の人間とさして変わりはない。俺の母君が特別美しかったというだけだ」
「ほう……」
「里の中でも、一二を争う強力な妖力を持っていたそうだ。自分よりも強い男の子を生むと言っていたとか」
「そうか。じゃあお前は、良い血をもらっておるのだな」
「……母は人間と契りを結び、俺を生んだ」
「え?」
光政は驚きのあまり、盃を取り落としそうになった。千珠は酒を注ぎながら続けた。
「戦に出ていた母はその帰り道、朝廷の神官であった父と出くわした。二人は戦い、母は人である父に負けたのだ」
「……」
「しかし、父はとどめをさせなかった。歳若く、心優しい父は、人の姿に近い我等を非情に打ち倒すことが出来なかったそうだ」
「その神官の子がお前? ってことは……」
「俺は完全な鬼ではない。半妖なのだ」
光政はしばらく言葉も無く、千珠を見つめた。千珠は光政を見ると、「がっかりしたか?」と無表情に尋ねる。
「いや……むしろ少しほっとした。少しでも、同じ人の血が流れているのだろう?」
「ああ。心配することはない、俺の力は確かだ。里でも負けたことはない」
「それを聞いて安心した。しかし、半妖というのはなにが違うのだ?」
「致命的だ」
「なんだ?」
光政は千珠の言葉に、身構える。
「満月の光が夜空にある間、俺は只人となる」
「人間、に?」
「妖力も、鉤爪も、宝刀も、なにもない普通の人間に落ちる。そうなってしまうと、俺は何もできない」
「どうするのだ? そんな時、敵に襲われでもしたら……」
「里では……いつも族長であった祖父と夜明かしをしていた。しかし、今はどうしようもない」
このような美しい子どもを放っておいたら……この戦の最中、血に猛り女に飢えた兵士たちがたむろする戦場で、どうなるかは安易に想像がつく。
「その時は、俺のそばから離れるな。俺のそばにいれば、なんとでもしてやれるだろう」
「……しかし」
「しかしもくそもない。いいな、絶対に離れるなよ」
「……分かった」
千珠は、光政の勢いに押されて、頷いた。
「よし」
光政はぐいと酒を呷ると、美味そうに息をつく。
「戦が始まる。……お前、花音と随分仲が良くなったらしいな」
「舜海に聞いたのか?」
「ああ。仲良くしてやってくれ、あいつも俺の妹のような存在だ。辛く悲しい思いはさせたくない」
「……そうか」
千珠はぽつりと応じ、また光政の盃に酒を注いだ。
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