異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第三章 合戦の合図

五、光政の想い

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 翌朝、光政よりも早く起き出して、千珠は朽ちかけた城門のそばに繋がれている馬たちと戯れていた。

 ぶるると鼻を鳴らす馬の鼻筋を撫でていると、自然と笑みがこぼれてくる。動物に触れていると、荒んだ心がどこか癒されるのを感じるのだ。

 すると、会いたくない人間の臭いが漂って来る。唯輝だった。

「これはこれは、千珠殿。お早いな、ご機嫌はいかがか」 

 千珠は唯輝の方を見ないで、馬を撫で続ける。唯輝はすたすたと隣にやって来ると、上機嫌に話を続けた。

「昨日の働き、見事でありましたな。さすがは最強と名高い白珞族、桁違いの強さ」
「それはどうも」
「しかし……文献に見る鬼とは、あなたは少し異なるように見える。角や牙もお持ちでないようだ」
「……」

 千珠が黙っていると、ざ、と違う者の足音が近付いてきた。

「人の顔がすべて異なるように、彼らの姿も異なるもんや。書物にばかり頼っては真実は見えへん。そうでしょう、唯輝殿」

 舜海が腕を組み、唇に笑みを乗せて二人のそばに立つ。
 唯輝は愛想笑いを引っ込めた。

「舜海か。はっ、若い者に言われてしまったな」
「まぁ、一つの意見っちゅうことで」

 二人はしばし無言で睨み合う。
 千珠はそんな二人を交互に見て、少し不思議そうな顔をしていた。

「失礼、軍議があるのでな。それでは千珠殿、今日もお頼み申しますぞ」

 唯輝は千珠にだけ、わざとらしい笑顔を見せると、その場を離れて城の中へと消えて行く。
 舜海はその後ろ姿を眺めながら、鼻を鳴らした。 

「いけ好かん!」
「……お前ら、仲悪いのか」
「良うないことは確かやな。それにしても、あいつには言わんほうがええぞ」
「何を?」
「お前、半妖やろ。俺は法師やから分かんねん。お前の身体からは、人の臭いもしてるからな」
「……! 分かるのか」
「心配せんでも誰にも言わへんから。しかしお前、半妖ってことは一時的に妖力が弱まるような時期があるんちゃうか?」
「……俺は、満月の月が出ている間、妖力が無になる。お前にも話しておいたほうがよさそうだな」
「なるほどな。その日は殿か俺のそばを離れるなよ。お前みたいなんが無防備にうろうろしとったら、どうなるか分からへんからな」
「なにがどうなるんだ?」

 千珠はきょとんとして、舜海を見上げた。

「えっ」

 舜海は言葉に窮した。


 ——……本当に分からへんのか。まぁ、まだ、子どもやしな……。


と、舜海は心の中で独りごちる。

「その……無理矢理にお前の身体を玩具にするというか……その……とても屈辱的な行為をやなぁ……」

 説明しようとしている舜海のほうが、真っ赤になっているのである。

 そんな姿を見て、千珠はこらえきれずに吹き出した。腹を抱えてひとしきり大笑いをすると、涙を拭きながら舜海を見上げる。

 そんな千珠の行動の意味が分からぬのか、舜海は茫然としている。

「お前、本当に面白いやつだな」
 舜海ははっとした。
「お前! 分かってて……!?」
「あははは、涙が出る。おかしな奴だ」 

 舜海は真っ赤になると、不貞腐れた顔で鼻を鳴らした。

「はっ! 人が心配してやってるっていうのに」
「心配には及ばぬ。俺は大丈夫だ。ははっ……こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「どうなっても知らんからな!」
「お前は面白いやつだ」
「しつこいぞ!」
「お前と話していると、何も考えなくていいから楽だな」
「おい、俺を馬鹿にしてんのか!」
「そういうことだ」

 そう言って、千珠はまた笑った。

「……このがき……」

 小刻みに震えながら拳を固める舜海を見て、ひとしきり千珠はまた笑った。

 そんな二人の様子を、既に鎧を身に着けた光政と腹心の菊池宗方が、物見櫓から見下ろしている。

「ああやっていると、普通の子どもに見えますな」
と、宗方は微笑む。
「ああ、……きれいな笑顔だ」

 光政は無表情に、ぽつんと呟く。宗方がそんな光政の横顔をちらりと見遣ると、その目ははまっすぐに、千珠を捉えて離さないようであった。

「あんな笑顔は見たことがない。俺の前では笑わないから」
「舜海に、嫉妬ですかな?」

 言いにくいことをさらりと言い放つ宗方を、光政は驚いたように顔を上げた。宗方は全てを見透かすように、まろやかに微笑む。

「……くだらん」

 光政はそれだけ言うと、その場を離れた。
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