異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
167 / 339
第一章 都へと呼ばわれ

七、霧の中を

しおりを挟む
 ――槐、こんな不穏な町に、何故一人で……?

 千珠は逸る気持ちを抑えながら屋根の上に登ると、じっと槐の気を感じ取ろうと自らの気を張り巡らせた。
 柊もすぐそばに立ち、辺りを見回している。

 大きな屋敷が多く、人気はない。夕闇が近づき、不気味な霧が出始めているのが気になった。
 千珠は閉じていた目をぱっと開くと、南西の方角を指さした。

「あっちだ、そう遠くないぞ!」
「よし、行きましょう」

 二人は屋敷の屋根から屋根へと飛び移りながら、南へ南へと走った。

 気が急いて仕方がなく、柊に合わせる余裕が持てない。ぐんぐん引き離されてゆく柊の声が、辛うじて耳に届いてくる。

「千珠さま、焦ったらあかんぞ!」

 千珠は首だけで柊を振り返ると、片手を上げてその声に応じた。

 二人は、誘われるように濃い霧の中を急ぐ。夜の闇とも違う、薄ぼんやりとした紫色の闇の中へと。



 ✿



 丸一日眠っていた猿之助が目を覚ます。廃寺の破れた壁から西日が差し込み、日が傾き始めた刻限であることが分かった。

 部下から、都に青葉の子鬼が現れたという報告を聞き、猿之は勢い良く立ち上がった。藤之助を呼びつけて、夜顔を連れてくるように命じる。

「ほう」

 こざっぱりとした夜顔を見て、猿之助は自らの顎を撫ぜた。汚い乞食のようだった身なりを改めさせると、思いの外見栄えのいい童子である。

「なかなか可愛らしい餓鬼ではないか。なあ、藤之助」
「はい。名前がなかったようなので、夜顔、と呼ぶようにしております」
「名前だと? はは、お前は相変わらず甘い男だな。こんな妖に名前など必要ないだろうに」

 猿之助の小馬鹿にしたような口調に、藤之助は少し眉を寄せたが、ぎこちない笑顔を見せてこう返す。

「呼び名がありませんと、夜顔を使うときに格好がつきませんでしょう」
「ふむ、それもそうだな」

 猿之助は頷くと、夜顔に近づいて膝をついた。

「いいか、これから都へ行くぞ。そこでお前の力を解放してやる。存分に暴れるがいい」
「あば、れる?」
「そうだ。町を壊してもいいし、人間がいたら殺してもいい。憎いんだろう? 人間が」
「にくい……?」
「お前をあんな場所に追いやって閉じ込めた人間が、嫌いだろう?」
「にんげん……きらい?」
「そうだ! 俺達も、都にいる人間たちが嫌いだ。憎たらしいのだ! だから、お前に殺して欲しいんだ。分かるか」
「ころす……ぼくが……」
「そうだ、殺すのだ!」

 猿之助が言葉をかけるたびに、夜顔の表情が強張ってゆく。藤之助はそんな夜顔の様子を見ながら、心配そうに顔を曇らせる。

 夜顔は、虚ろな二つの目から再び涙を流し始めた。それを見て、猿之助は高笑いする。

「そうか! 泣くほど憎いのだな! そうだ、その恨み、存分に晴らすがいい。行くぞ!!」

 夜顔を従え、藤之助を始め五人の従者を引き連れて、猿之助は都へと向かって駒を進めてゆく。


 夕日が山の端にかかり始めた。
 西日から生まれた影がより一層濃いものとなり、闇は益々黒く深くなる。


 鴉の声が、山あいに響く。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...