異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第二章 再会

三、久方ぶりのぬくもり

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「ほれ、さっさと着替えんかい」
「ああ」

 浴衣を受け取り立ち上がった千珠は、改めてまじまじと舜海を見た。

「陰陽師の装束が、なかなか板についているじゃないか」

 千珠は袴の帯を解きながらそう言うと、舜海はいつもの笑顔で笑った。

 陰陽師衆の黒い狩衣に見を包んだ舜海は、伸びた髪を一つに束ねて固く縛っている。青葉にいた頃は伸びた髪を好き放題放ったらかしていたため、今はきりりとした上がり眉と力強い眼力を持つはっきりとした目が際立って、昔よりぐっと精悍な顔立ちに見えた。

 二年という時間を経て、舜海は昔よりずっと自信に満ち、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「せやろ。まぁ、きちんと着とかなあかんから息苦しいねんけどな。気は引き締まる」
「ふぅん。なんか……ちょっと、凛々しくなったな」
「お。お前からお褒めの言葉がいただけるとは珍しい。まぁそう、見惚れるな」
「見惚れてない。調子に乗るな、馬鹿」

 千珠はむっとしたように唇を尖らせて、つんとそっぽを向いた。からからと笑う舜海の声が、懐かしくて嬉しくて、胸の中がくすぐったい。

「元気にしてたか? 千珠」
「ふん、当たり前だ。お前なんかいなくても、俺は全然平気だった」
「あっそ。別れ際はめそめそ泣いてたくせにな」
「め、めそめそなんてしてない!」
「してたやん。忘れたんか?」
「……う、うるさい」
「ははっ、相変わらず意地っ張りやな。背、伸びたか?」
「……まぁ、ちょっとは」
「お前はあんまり筋肉つかへんねんな」

 背を向けて着替えているのに、背中に舜海の熱い視線を感じる。それだけでじわりと熱くなる身体を隠すように、千珠は浴衣を羽織って帯をぎゅっと締めた。

「忍衆のやつらに、華奢だと言われて馬鹿にされるよ」
「はは、そうか。それであの馬鹿力が出るんやから、不思議やなぁ」
「ふん」

 千珠は鼻を鳴らし、更に何か言い返してやろうとした。しかしその瞬間、ふわりと舜海に背中を抱きすくめられる。

 大きな身体だ。そして、あたたかい。
 髪に頬を寄せる舜海の吐息を感じながら、千珠は懐かしい心地よさに目を閉じる。

「……少し、伸びたかな」
「そうか、な」
「千珠」

 舜海は千珠の耳元に唇を寄せて、甘く低い声で名を呟いた。その声音に込められた情念の熱さに、どきりとする。

「会いたかった。ずっと」

 舜海は囁くようにそう言った。深く呼吸をしながら、千珠の身体を強く抱きしめる。
 肩に触れられ身体の向きをくるりと反転させられる。舜海の瞳が、すぐそばで千珠の目を見つめている。ぶれることなく自分を見据えるその視線にも、ぞくりとする。

「舜……俺も……」


 ――ずっとずっと、会いたかった。その目に見つめられたかった。抱きしめて欲しかった。


 そんな言葉が胸の中を巡るものの、それを言葉にすることが恥ずかしく、千珠は目を潤ませて舜海を見上げることしかできないでいた。
 それがとてももどかしく、千珠は手を伸ばすと、ぐいと舜海の襟を引き寄せて唇を押し重ねる。

 そんな千珠の行動に驚いた様子の舜海だったが、すぐに腰を抱き取られ、力強く抱き寄せられた。二人の体温はすぐに融け合い、千珠の身体が持ち上がるほどに、舜海は力強く千珠を腕の中に閉じ込める。

 互いの唾液で濡れてゆく唇から、水音が響く。
 少しばかり遠慮がちに唇を食まれることに焦れて、千珠は自ら舜海の口内へ舌を挿し入れた。
 舜海の吐息が熱く、荒くなる。舌を絡め合いながら、二年間の恋しさをぶつけ合うように、強く強く抱き締め合った。

「んっ……ふぁっ……」

 息をつかせぬほどの接吻に、思わず鼻から抜けるような甘い声が漏れる。
 流れ込む、力強い霊気。欲しくて欲しくて堪らなかった、待ち侘びていた舜海の全てが、ここにある。

 触れ合う場所から溶けていくような濃厚な口付けは、目眩がするほどに心地よく、それだけで身体中がじんじんと熱く疼き出す。

 千珠が思わず少しふらつくと、ようやく舜海は唇を解放した。

「あ、すまん……。いきなり、やりすぎたな」
「ん……」

 千珠は頬を上気させ、潤んだ目で舜海を見上げた。
 濡れた唇が、淫靡に見えてぞくぞくする。その唇で、もっともっと触れられたい。肌の上をなぞって欲しい。そして、疼きの止まらない身体の中心を、吸い尽くして欲しい……。
 千珠は突き上げてくる切なさに顔を歪めて、舜海の頬に手を触れた。

「千珠、お前……なんて顔してる」
「舜、俺……身体が熱い」
「え……」
「お前が、欲しくてたまらない。したい、欲しいよ……抱いてくれ、お願いだ」
「……千珠」

 舜海の目から、余裕が消えた。本能に火がついて、猛った雄の目へと変化するその瞳に見つめられるだけで、身体中がかっと熱くなる。

「可愛くねだれるようになったんやな、千珠……」
「ん、あっ……!」

 首筋を、舜海の唇が這う。触れるか触れないかの微かな距離を保つ淡い感覚にさえ、千珠の身体はぴくんと大きく反応してしまう。

 揺れる行灯の光が、互いの肌にちらちらと影を映し出す。蒲団の上に組み敷かれながら、鎖骨や耳、瞼や鼻先にも優しい口付けが降り注ぐ。

「あ、ぁ……っ」
「……きれいやな、お前は。本当に、きれいや」

 うっとりと見下されながら、浴衣の裾を割って剥き出しにされた太腿を撫でられる。熱い掌が、一番触れて欲しい部位に少しずつ近づくにつれ、千珠は熱いため息を漏らした。

 二年ぶりの逢瀬。
 今も変わらず熱い舜海の身体に、千珠は酔った。自分を大切に扱うその大きな掌も、熱い瞳も、弾力のある唇も、心地良くて堪らない。

 再び重なった唇と、襟元から忍び込んで胸の尖りを転がす指の、絶妙な力加減。それだけで達してしまいそうな程の快感に、また声が漏れる。

 しかしふと、千珠は誰かが近づいてくる気配を感じて、目を開けた。自分の上にのしかかり、首筋に顔を埋める舜海の胸元を押し返す。

「ちょっと……待っ……」
「無理や、やめられるわけないやろ……!」

 舜海はその手を掴むと、荒々しく右手で蒲団に押し付けた。左手は千珠の腰にあり、今にも全ての衣を解いてしまいそうな動きをしている。舜海の目にはもう、理性の欠片すら残っていない。

「だ、誰かくる……からっ……」

 千珠は力なく抵抗を試みながら頑張ってそう伝えると、舜海はようやく少し、身を離した。

「誰かって……」

 どすどすどす、と廊下を踏み鳴らす勇ましい足音と、「おい!舜海はここか!? 鬼を陰陽寮に連れ込むなど……」という台詞と共に、襖が素早く開かれる。

「……えっ」
「あ……」

 呆気に取られたような顔をした詠子が、そこにいた。

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