172 / 339
第二章 再会
二、陰陽寮・土御門邸
しおりを挟む
千珠は、陰陽師たちの詰める陰陽寮・土御門邸へと運ばれた。
土御門邸は、帝のおわす御所の、西側の町並みの中にある。ぐるりと広大な敷地を取り囲む築地塀の中に、いくつもの家屋が立ち並び、それぞれが渡り廊下で繋がっているという造りだ。雅やかに整えられた庭もあれば、砂利が敷いてあるだけのただっ広い鍛錬場も備わっている。
ほとんどの陰陽師衆はここで生活しており、日夜鍛練に励んでいるのだ。
そんな土御門邸の南角にある離れに、千珠は寝かされている。
千珠の手当ては業平に任せ、舜海は東本願寺での出来事について報告しているところであった。
「……千珠さまの身体の怪我は、耳朶を引き千切った傷くらいですね」
「耳飾り、どうしたんやろう」
「状況から見て、敵をそれで攻撃したんだろう。それで相手の気が弱まって、我々は彼らを退けられた」
「なるほど。……何で、千珠はまだ目を覚まさないんです?」
「よっぽど、恐ろしい幻影を見せられたのかもしれない」
「幻影……」
「本人に聞きましょう。相手方の出方を知るためにも」
業平は爽やかに微笑むと、もはや誰のものかも分からぬ血に濡れた手を、桶に張った水で洗う。
千珠の袴の裾は、血と泥にまみれていた。東本願寺の地面が、大量の血で濡れていたせいだ。
「お前が着替えさせてあげなさい。あと、精神が弱っているから、気を高めてあげるといい」
「え?」
意味ありげにそんなことを言う業平を見上げると、業平はにこりと笑った。
「久しぶりの再会なのでしょう? ゆっくりするといい。人払いをしておくから」
「いや、俺は……」
「今はそれが千珠さまのためになる。いいね」
「……」
業平はそう言うと、静かに離れを出て行った。
千珠と二人で残された舜海は、横たわっている千珠を見つめる。
二年という月日で、千珠はその美しさに更に磨きがかかったように思われた。
ふっくらと幼さを残していた頬はすっきりとして、いかにも涼し気な細面になった。閉じられた目元からもどことなく丸みが薄れ、大人びた風貌に見える。
しかし、厚みのある紅い唇は、昔と何も変わらない。思わず吸い付きたくなるような可憐さだ。
あの柔らかな唇の感触を思い出してしまえば、こんな時だというのに否応無しにどきどきしてしまう。
舜海は自らを戒めるべく、頭を振った。
「いやいや、あかんあかん。……まずは着替えさせてやらんと……」
次は血と泥に汚れた衣服を脱がそうと、舜海は千珠の身体に触れた。上半身を抱き起こして衣の袖を抜こうとすると、否応なく長い首と華奢な肩が露わになり、白く滑らかな肌から目が離せなくなる。
「……あ、あかんあかん!! 何考えてんねん、俺!」
「……うるさいな」
大声で自分に言い聞かせていたせいか、千珠が目を覚ましたらしい。掠れた声にぎょっとして顔を覗き込むと、千珠は薄く目を開いて舜海を見た。
しっかりと結び合う二人の眼差し。千珠ははたと目を見開く。
「舜海……」
「おう、久しぶり……」
千珠は、舜海が自分の服を脱がそうとしている状況に目を瞬き、途端に胡散臭いものを見るような目つきになった。
「久しぶりに会っていきなりこれかよ」
「ちゃうちゃう! その血まみれの服、着替えさせてやろうとしてたとこや!」
舜海は手をぶんぶんと振って、慌てふためいている。その焦った顔を見て、千珠は吹き出した。
「え」
「あはははは、馬鹿だな。何焦ってんだ」
そんな台詞に拍子抜けさせられるが、千珠の笑顔を見ると、ついついつられて笑えてきてしまう。
文字通り花が咲くように明るく笑う千珠の表情から、再会を喜んでいる様子がひしひしと伝わってきて、嬉しくてたまらなかった。
そうして二人は、しばらく笑い合っていた。
土御門邸は、帝のおわす御所の、西側の町並みの中にある。ぐるりと広大な敷地を取り囲む築地塀の中に、いくつもの家屋が立ち並び、それぞれが渡り廊下で繋がっているという造りだ。雅やかに整えられた庭もあれば、砂利が敷いてあるだけのただっ広い鍛錬場も備わっている。
ほとんどの陰陽師衆はここで生活しており、日夜鍛練に励んでいるのだ。
そんな土御門邸の南角にある離れに、千珠は寝かされている。
千珠の手当ては業平に任せ、舜海は東本願寺での出来事について報告しているところであった。
「……千珠さまの身体の怪我は、耳朶を引き千切った傷くらいですね」
「耳飾り、どうしたんやろう」
「状況から見て、敵をそれで攻撃したんだろう。それで相手の気が弱まって、我々は彼らを退けられた」
「なるほど。……何で、千珠はまだ目を覚まさないんです?」
「よっぽど、恐ろしい幻影を見せられたのかもしれない」
「幻影……」
「本人に聞きましょう。相手方の出方を知るためにも」
業平は爽やかに微笑むと、もはや誰のものかも分からぬ血に濡れた手を、桶に張った水で洗う。
千珠の袴の裾は、血と泥にまみれていた。東本願寺の地面が、大量の血で濡れていたせいだ。
「お前が着替えさせてあげなさい。あと、精神が弱っているから、気を高めてあげるといい」
「え?」
意味ありげにそんなことを言う業平を見上げると、業平はにこりと笑った。
「久しぶりの再会なのでしょう? ゆっくりするといい。人払いをしておくから」
「いや、俺は……」
「今はそれが千珠さまのためになる。いいね」
「……」
業平はそう言うと、静かに離れを出て行った。
千珠と二人で残された舜海は、横たわっている千珠を見つめる。
二年という月日で、千珠はその美しさに更に磨きがかかったように思われた。
ふっくらと幼さを残していた頬はすっきりとして、いかにも涼し気な細面になった。閉じられた目元からもどことなく丸みが薄れ、大人びた風貌に見える。
しかし、厚みのある紅い唇は、昔と何も変わらない。思わず吸い付きたくなるような可憐さだ。
あの柔らかな唇の感触を思い出してしまえば、こんな時だというのに否応無しにどきどきしてしまう。
舜海は自らを戒めるべく、頭を振った。
「いやいや、あかんあかん。……まずは着替えさせてやらんと……」
次は血と泥に汚れた衣服を脱がそうと、舜海は千珠の身体に触れた。上半身を抱き起こして衣の袖を抜こうとすると、否応なく長い首と華奢な肩が露わになり、白く滑らかな肌から目が離せなくなる。
「……あ、あかんあかん!! 何考えてんねん、俺!」
「……うるさいな」
大声で自分に言い聞かせていたせいか、千珠が目を覚ましたらしい。掠れた声にぎょっとして顔を覗き込むと、千珠は薄く目を開いて舜海を見た。
しっかりと結び合う二人の眼差し。千珠ははたと目を見開く。
「舜海……」
「おう、久しぶり……」
千珠は、舜海が自分の服を脱がそうとしている状況に目を瞬き、途端に胡散臭いものを見るような目つきになった。
「久しぶりに会っていきなりこれかよ」
「ちゃうちゃう! その血まみれの服、着替えさせてやろうとしてたとこや!」
舜海は手をぶんぶんと振って、慌てふためいている。その焦った顔を見て、千珠は吹き出した。
「え」
「あはははは、馬鹿だな。何焦ってんだ」
そんな台詞に拍子抜けさせられるが、千珠の笑顔を見ると、ついついつられて笑えてきてしまう。
文字通り花が咲くように明るく笑う千珠の表情から、再会を喜んでいる様子がひしひしと伝わってきて、嬉しくてたまらなかった。
そうして二人は、しばらく笑い合っていた。
12
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる