異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第二章 再会

二、陰陽寮・土御門邸

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 千珠は、陰陽師たちの詰める陰陽寮・土御門邸へと運ばれた。

 土御門邸は、帝のおわす御所の、西側の町並みの中にある。ぐるりと広大な敷地を取り囲む築地塀の中に、いくつもの家屋が立ち並び、それぞれが渡り廊下で繋がっているという造りだ。雅やかに整えられた庭もあれば、砂利が敷いてあるだけのただっ広い鍛錬場も備わっている。
 ほとんどの陰陽師衆はここで生活しており、日夜鍛練に励んでいるのだ。

 そんな土御門邸の南角にある離れに、千珠は寝かされている。
 千珠の手当ては業平に任せ、舜海は東本願寺での出来事について報告しているところであった。

「……千珠さまの身体の怪我は、耳朶を引き千切った傷くらいですね」
「耳飾り、どうしたんやろう」
「状況から見て、敵をそれで攻撃したんだろう。それで相手の気が弱まって、我々は彼らを退けられた」
「なるほど。……何で、千珠はまだ目を覚まさないんです?」
「よっぽど、恐ろしい幻影を見せられたのかもしれない」
「幻影……」
「本人に聞きましょう。相手方の出方を知るためにも」

 業平は爽やかに微笑むと、もはや誰のものかも分からぬ血に濡れた手を、桶に張った水で洗う。
 千珠の袴の裾は、血と泥にまみれていた。東本願寺の地面が、大量の血で濡れていたせいだ。

「お前が着替えさせてあげなさい。あと、精神こころが弱っているから、気を高めてあげるといい」
「え?」

 意味ありげにそんなことを言う業平を見上げると、業平はにこりと笑った。

「久しぶりの再会なのでしょう? ゆっくりするといい。人払いをしておくから」
「いや、俺は……」
「今はそれが千珠さまのためになる。いいね」
「……」

 業平はそう言うと、静かに離れを出て行った。

   
  
 千珠と二人で残された舜海は、横たわっている千珠を見つめる。
 二年という月日で、千珠はその美しさに更に磨きがかかったように思われた。
 ふっくらと幼さを残していた頬はすっきりとして、いかにも涼し気な細面になった。閉じられた目元からもどことなく丸みが薄れ、大人びた風貌に見える。

 しかし、厚みのある紅い唇は、昔と何も変わらない。思わず吸い付きたくなるような可憐さだ。
 あの柔らかな唇の感触を思い出してしまえば、こんな時だというのに否応無しにどきどきしてしまう。
 舜海は自らを戒めるべく、頭を振った。

「いやいや、あかんあかん。……まずは着替えさせてやらんと……」

 次は血と泥に汚れた衣服を脱がそうと、舜海は千珠の身体に触れた。上半身を抱き起こして衣の袖を抜こうとすると、否応なく長い首と華奢な肩が露わになり、白く滑らかな肌から目が離せなくなる。

「……あ、あかんあかん!! 何考えてんねん、俺!」
「……うるさいな」

 大声で自分に言い聞かせていたせいか、千珠が目を覚ましたらしい。掠れた声にぎょっとして顔を覗き込むと、千珠は薄く目を開いて舜海を見た。

 しっかりと結び合う二人の眼差し。千珠ははたと目を見開く。

「舜海……」
「おう、久しぶり……」

 千珠は、舜海が自分の服を脱がそうとしている状況に目を瞬き、途端に胡散臭いものを見るような目つきになった。

「久しぶりに会っていきなりこれかよ」
「ちゃうちゃう! その血まみれの服、着替えさせてやろうとしてたとこや!」

 舜海は手をぶんぶんと振って、慌てふためいている。その焦った顔を見て、千珠は吹き出した。

「え」
「あはははは、馬鹿だな。何焦ってんだ」

 そんな台詞に拍子抜けさせられるが、千珠の笑顔を見ると、ついついつられて笑えてきてしまう。

 文字通り花が咲くように明るく笑う千珠の表情から、再会を喜んでいる様子がひしひしと伝わってきて、嬉しくてたまらなかった。

 そうして二人は、しばらく笑い合っていた。
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