異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第六章 想い合うということ

五、それぞれの想い

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 山吹の様子を見ようと、千珠は部屋へ戻ってきた。
 朝飛はずっと山吹の横に座っている。まるで兄弟のようだと、千珠は思った。

「ああ、千珠さま。どこ行かはったんかと思ってたとこです」
「朝飛、寝てないんだろ。休めよ」
「ここでちょっと、寝ましたから」
「お前だって怪我してんだ。寝ろ」
「……はい」

 千珠に強くそう言われ、朝飛は素直に従った。山吹の枕元に座る千珠の姿を目の端に捉えつつ、朝飛は昨日のことを思い出すように、ぼんやりと天井を見上げていた。

「千珠さま……」
「ん?」
「千珠さまは、あいつの気持ちが分かるんですか?」
「雷燕のことか? ……ああ、痛いほどに分かったよ」
「あなたも、一歩間違えばああなるんですか?」
「そうだな……光政に拾われなければ、きっとそうなっていた」
「へぇ……。殿に」
「俺は、戦でたくさんの敵を殺すために殿と契約を交わした。でも、あいつはそれ以上に俺のことをいつも思い遣ってくれた」

 千珠は山吹を見つめたまま、ひとりごとのようにそう言った。

「青葉の人間たちは、なぜか皆俺に優しかった。ずっとずっと、ここにいていいのか迷っていた俺にとって、それはとても嬉しいことだった」
「……」
「皆お人好しだ。妖の俺を、こんなになるまで守るなんて……」
 千珠は山吹の額に手をおいて、そっと撫でる。

「青葉の者は、皆千珠様に恩義を感じているんですよ。あなたはいつだって、僕らを守るために真っ先に走ってくれていた」
 朝飛は天井を見上げて、そう言った。千珠は朝飛のほうを振り向いた。
「人間てのはね、そんなに悪いもんじゃないでしょ。そう思いませんか?」
「……うん、そう思う」
「それにね、恩義もあるが、皆あなたのことが大好きなんですよ。強く美しく、そして優しいあなたのことが」
「……」

 千珠は目を丸くして、朝飛を見た。朝飛は珍しく笑ってみせると、両手を頭の下に組んで、千珠を見上げている。

「分からないんですか? 鈍いお人やな」
「……はは、五月蝿い」

 視界が歪む。気を抜けば、涙が流れそうだった。千珠は目を閉じると、くるりと朝飛に背を向けた。

「これからもそうしててください。そうすれば、あなたはきっと幸せや」
「……うん」

 ぐい、と目をこする千珠の背中を、朝飛は微笑みながら見上げていた。

  

 ❀



 そんな二人の会話を、部屋の外で聞いていた柊と舜海は、目を見合わせた。
「朝飛があんなこと言うなんてね」
と、柊は微笑む。
「ほんまやな。千珠になんか興味ないと思ってたけど」
と、舜海は袖を抜いて腕を組んだ。
「これでもう、家出なんかせぇへんやろうな。やれやれ、世話のやける子や」
 柊はとんとんと肩を叩きながら、そう言った。舜海はそんな柊を見て苦笑する。

「お前、ほんまにあいつの親父みたいやな。千瑛どのよりよっぽど親父くさいで」
「……は、俺はまた……」
 柊は衝撃を受けたように表情を固まらせると、またがっくりと肩を落とした。
 舜海は笑う。

「まぁ、ええんちゃう? そういう存在が、あいつには必要や」
「やかましい」
 慰めにはなっていないらしい。柊は憮然としたまま腕組みをした。


 ぴちち、と黒い燕が二人の目の前を三羽、飛んでゆく。二人はふと、空を見上げた。雷燕の引き起こしていた異常気象により、燕たちの巣離れが遅れていたようだ。ようやく飛び回るべき空を取り戻した小鳥たちが、元気に自由を謳歌している。


「……山吹の気持ち、知ってしもたな」
 柊は燕を見守りながら、そう言った。
「ああ」
「どうする?」
「……どうするもこうするも。あんな怪我したんや。これからは誰かがそばにおったらなあかんやろ」
「それが、お前か?」
「俺はそうしたいと思ってる」
「へぇ……。どうしたんや。千珠さまのことはもういいんか」
「……それは、関係ない」
「……そうか」
「俺は山吹のこと、全然見てへんかった。ずっといつも、近くにおったのにな。だからこれからは、もっとあいつのこと見ていたいんや」
「……そうか」

 舜海の横顔を見ながら、柊はそう呟いて目を伏せた。
 舜海の目には、何かを必死で諦めて、必死に前を向こうとしているような揺らぎがある。……柊の目には、そう見えたのだ。

 山吹がそれで喜ぶのかは分からないが、ずっと秘めたまま動かなかった山吹の思いが少しでも動いたことは、柊は嬉しく思っていた。しかし、迷いを抱えたままの舜海が、そばに居続けることが幸とでるかどうかは分からない。

 しかしそれは、この二人の問題だ。柊はぽんと、舜海の肩を叩く。

「ま、好きなようにやってくれ」
「言われんでもそうするわ。山吹には五月蠅がられるかもしれへんけどな」

 舜海は、少し寂しげに笑う。

 その表情とは裏腹に、燕たちの歌声が、頭上高く軽やかに響き渡る。
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