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第二章 呪詛、そしてふたりの葛藤
一、お忍び
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佐為と槐を客間に案内し、しばらくそこで四人過ごしていた千珠と宇月であったが、千珠が夕刻の見廻に出る刻限となり、宇月も仕事に戻ることになった。
二人は客間のある離れの建屋から出て庭を歩きながら、忍寮へと向かって歩いている。
「良かったですね、千珠さま。兄上と呼ばれるとは嬉しいでしょう」
宇月はにこにこしながら千珠にそう尋ねた。千珠も笑みを浮かべて頷いた。
「照れくさいもんだな」
「槐さまは可愛らしい方ですね、千珠さまのことを本当に慕っているのですねぇ」
「そうだな」
「不名誉なお噂などは黙っておきます」
「そんなもんねぇよ」
千珠はぎょっとして宇月を見下ろす。少し背が伸びた千珠には、宇月が更に小さく見えた。
「ないよな?」
「……」
宇月は黙って千珠を見上げる。記憶を巡らせてみた結果、確かに身に覚えがないこともなかった。
他愛のない会話をしているうちに、二人は城の東端にある忍寮に到着していた。日が長くなってきた春先の夕暮れ時だったが、ひんやりとした風が吹く。
「では、お気をつけて」
宇月が千珠に向き直って、軽くぺこりと頭を下げる。千珠はじっと宇月を見つめると、やおら宇月に顔を近づけて額にちゅっと唇を寄せた。
「千珠さま! またこんな所で」
千珠の顔を見上げて、宇月は赤面しながらそう諌める。宇月の軽く怒った顔を見て、千珠は笑った。
「はは、油断したな」
「もう、また柊様に怒られても知らないですよ」
「大丈夫だって。じゃあな」
千珠は楽しげにそう言うと、ひらりと東の城壁に飛び乗り、一足で堀を飛び越えて走り去っていった。
宇月は額に手を当てて苦笑すると、忍寮へと入っていく。
すると入口の脇に、当の柊が腕を組んで立っていた。その存在に気づいた宇月は飛び上がる。
「ひ、柊様。そんなところに……」
「いやいや、宇月のお陰で千珠さまが落ち着いて、ええ傾向や」
柊はにやりと笑う。
「柊様は……いつもいい所においでで」
宇月が苦笑しつつそう言うと、柊は自嘲気味に笑った。
「ほんまやで。別に覗いてもいないのに、皆俺のいる前でええことをしはるから、かなわへんわ。覗きも大概にと毎度毎度言われてええ迷惑……いや、そんなことはどうでもいいねん。ところで、今から仕事か?」
「はい。光政様に頼まれましたもので」
「そっか……。まぁ……うーん、明日でいいか」
「はぁ、どうしたのですか」
「……ちょっと相談があってんけど、急ぎではないから明日でいい。ほんじゃな」
と、柊はすたすたと忍寮を出て行った。宇月は首をかしげて、柊のすらりとした背中を見送った。
二人は客間のある離れの建屋から出て庭を歩きながら、忍寮へと向かって歩いている。
「良かったですね、千珠さま。兄上と呼ばれるとは嬉しいでしょう」
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「照れくさいもんだな」
「槐さまは可愛らしい方ですね、千珠さまのことを本当に慕っているのですねぇ」
「そうだな」
「不名誉なお噂などは黙っておきます」
「そんなもんねぇよ」
千珠はぎょっとして宇月を見下ろす。少し背が伸びた千珠には、宇月が更に小さく見えた。
「ないよな?」
「……」
宇月は黙って千珠を見上げる。記憶を巡らせてみた結果、確かに身に覚えがないこともなかった。
他愛のない会話をしているうちに、二人は城の東端にある忍寮に到着していた。日が長くなってきた春先の夕暮れ時だったが、ひんやりとした風が吹く。
「では、お気をつけて」
宇月が千珠に向き直って、軽くぺこりと頭を下げる。千珠はじっと宇月を見つめると、やおら宇月に顔を近づけて額にちゅっと唇を寄せた。
「千珠さま! またこんな所で」
千珠の顔を見上げて、宇月は赤面しながらそう諌める。宇月の軽く怒った顔を見て、千珠は笑った。
「はは、油断したな」
「もう、また柊様に怒られても知らないですよ」
「大丈夫だって。じゃあな」
千珠は楽しげにそう言うと、ひらりと東の城壁に飛び乗り、一足で堀を飛び越えて走り去っていった。
宇月は額に手を当てて苦笑すると、忍寮へと入っていく。
すると入口の脇に、当の柊が腕を組んで立っていた。その存在に気づいた宇月は飛び上がる。
「ひ、柊様。そんなところに……」
「いやいや、宇月のお陰で千珠さまが落ち着いて、ええ傾向や」
柊はにやりと笑う。
「柊様は……いつもいい所においでで」
宇月が苦笑しつつそう言うと、柊は自嘲気味に笑った。
「ほんまやで。別に覗いてもいないのに、皆俺のいる前でええことをしはるから、かなわへんわ。覗きも大概にと毎度毎度言われてええ迷惑……いや、そんなことはどうでもいいねん。ところで、今から仕事か?」
「はい。光政様に頼まれましたもので」
「そっか……。まぁ……うーん、明日でいいか」
「はぁ、どうしたのですか」
「……ちょっと相談があってんけど、急ぎではないから明日でいい。ほんじゃな」
と、柊はすたすたと忍寮を出て行った。宇月は首をかしげて、柊のすらりとした背中を見送った。
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