リゾートバイト先が因習村っぽい

餡玉(あんたま)

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1 バイトの誘い

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おはようございます、餡玉です。
あっという間に暑くなって、すでに初夏の空気感ですね。

というわけで夏っぽい短編を書きました。
誘われたアルバイト先が因習村?それとも……? といったお話です。
ホラーっぽい要素はいっさいありませんので、安心してご覧くださいませ。
よろしければリアクションなどいただけると大変励みになります。
お楽しみいただけますように……




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「え? 凌の地元でリゾバ? やるやる!」

 長い夏休みが始まる少し前のこと。
 俺、瀬南せなみ結希ゆうきは、同じ大学の友人・上代かみしろりょうからアルバイトに誘われた。

「え、ほんと!? マジで助かる! 俺の地元ほんと田舎で、求人出してもなかなか人来ないんだよ」

 凌はそういって、安堵したように長い息を吐いた。
 182センチの長身、スポーティな体つきでスタイル抜群のこの男は、俺が大学で知り合ってつるむようになった学部違いの友人だ。
 ちなみに凌は教育学部で、俺は経済学部だ。
 
 そして俺も、身長174センチの細マッチョ。
 このどイケメンと並んでいても見劣りしないルックスをしていると、自分では思っている。
 実際、付き合いで合コンに行けば俺たちの周りにはハーレムができるし、学部内でも派手な女子の友達は多い。
 
 とはいえ俺はガツガツした女子は苦手だ。おとなしそうな女子も……やっぱり苦手。
 小中高とそこそこモテてきたものの、相手によって表情をくるくる変える女子の本音がわからず、散々苦労させられてきた。
 
 地毛が明るい茶色だし、顔も『結希に似てるアイドルがいる』と評される程度には派手な方だから、どこへいってもわりと女子に絡まれやすい。

 大学生になればもっとやっかいな恋愛沙汰に巻き込まれそうだと危惧した俺は、女子が好まないであろうバカそうなチャラ男を演じることで難を逃れてきた。
 
 そんなふうに頑張っている俺とは違い、凌はいつもクールに女子の相手をしていて余裕たっぷり。

 かといって、妙な浮き名が流れるわけでもない。きっと程度な距離感を保ちつつうまいことやっているのだろう。
 彼女がいるのかいないのかは……まあ正直知りたくなくて、本人にははっきり聞けないけど。 

 ——モテねぇわけないよな……この顔面整い男がさぁ。

 目の前に座る凌の長い指をうっとり眺めながら、俺はカレーうどんをずずっと啜った。
 
「で、どんなバイト?」
「海の家の店員と、海水浴場の監視。なんと日給一万円」
「え、やっば!! いくいくいく、絶対行く!」
「じゃ決まりだな。スケジュールしっかり空けといてくれよ」
「おっけ。いつからいつまで?」

 凌から呈示された日程は、八月上旬の一週間。
 てっきり夏休みいっぱいかと想像していたが、思っていたより短くて少しがっかりだ。
 
 ——でも、凌とずっとに一緒に働けるならまあいっか。 

「凌の実家って、何してんの?」
「ああ……言ってなかったか。俺の実家、神社なんだ」
「へえ、凌って神社の子? なんか意外」
「そう? 古いんだけど、まあそこそこでかいよ」
「へぇ、ってことは凌は跡取り息子か~。かっこいーじゃん」
「いや、全然。……それに俺はあんなど田舎の神社、継ぐ気ないから」
「? ふーん」

 どうしたんだろう、凌がイケメンな顔を苦々しく歪めている。
 白い歯を見せて爽やかに笑う姿が印象的な凌が見せた物憂げな表情が新鮮で、かっこよすぎて、俺の心臓はバクバク大暴れしている。
 
 そう、俺は凌に惚れている。
 新歓のあとに開催された学部対抗フットサル大会で知り合ったその瞬間、俺は凌に一目惚れをした。
 
 最初はただ、顔や身体つきがドンピシャに好みだからというだけの理由だった。
 肩のあたりまで伸ばした金髪をハーフアップにして、いつもスポーティな服に身を包んだ凌は、いつどこから見ても完璧にかっこいい。

 格好の割にどことなく真面目で固そうな雰囲気で初めは少し近寄りがたかったけど、どうしようもなく目を離しがたい華があって、どこにいても俺の視線を吸い寄せて離さない——凌はそんな男だ。

 凌のことばかり目で追っていたから気がついた。
 凌の瞳に、ふと仄暗さのようなものが見え隠れすることに。

 皆と談笑しているとき、ふとした拍子に瞳の奥にちらつく闇のようなそれが無性に気になって、俺は余計に凌から目が離せなくなった。

 まさか俺と同じようにゲイであることを隠している? 実は隠キャでオタクとか? それとも過去に犯罪を犯して、それを隠して生きているとか……ありえそうなことからありえなさそうなことまで、いろんなことを考えた。
 だがそれを面と向かって確かめることなどできるわけもなく、俺はごく普通の友達のような顔をして凌と接した。
 
 ——謎多き凌の実家が神社だったとはなあ。ど田舎の神社ってことは色々偏見とかも残ってそうだし、もし凌がゲイだったとしたらそうとう生きづらそう……。

 田舎の神社というだけで、なんとなく仄暗い香が漂ってくる。
 その上いかにも都会の似合う顔整いオシャレ男子が、その跡取り息子ときた。

 実家では和服を着て過ごすのだろうか。神主さんたちが着るような、白い着物に紫だか水色だかの袴をつけて、肩の下あたりまである髪を一つに結って……。

 ——うわ、絶対めちゃくちゃかっこいいじゃん。凌の和服姿、見たすぎる……!!

 今は金髪がプリンになっているけれど、帰省までに黒髪に戻すのかもしれない。もしくは短髪になったりして……? もわもわと想像するだけでわくわくが止まらない。

 俺は学食のテーブルに身を乗り出した。

「神社ってことは、夏祭りとかすんの?」
「今はないよ、子どもがひとりもいないからな」
「そっか、残念」
「とはいえ今年は……神事をしなくちゃいけないんだけど」

 ぽつりと、凌が昏い瞳でつぶやいた。
 
「え? 神事……って?」
「あっ……いや。バイトとは関係ないよ。俺は出なきゃいけないけど夜中だし、結希は寝てていいから」
「そーなの? 俺、手伝うよ?」
「いや、大丈夫だ。……結希を巻き込むわけにはいかないよ」
「え……? 巻き込むって?」
「あ……ははっ、なんでもない」

 そう言って、凌はわざとらしく笑って目を逸らした。さっきから、なんだか様子が変だ。

 学食の薄いアイスコーヒーをストローですすりながら、俺は頬杖をついて凌を見つめた。
 
 ——ど田舎の神社、夜中やる神事……か。なんか因習村みたいな設定だなあ。

 最近読んだエロ漫画をふと思い出しつつ、俺は氷の溶けかけたお冷を一気飲みした。

 とあるど田舎の神社にたまたま立ち寄った巨乳の女の子が、「あなたこそ神の生まれ変わりだ!」とチヤホヤともてなされる。

 その女の子は会社でパワハラを受けていることに深く悩んでいたから、あたたかい村人の歓迎にほっこり癒され——出された食べ物や酒をたらふく飲み食いして、大満足で眠りにつくのだ。

 だがふと目を覚ますと、彼女は巫女衣装に着替えさせられ、妙な祭壇の前で寝かされていた。

 布団の周りをふんどし姿の村人たちがぐるりと取り囲み、「神の力を我々にお与えください」だとかなんとかいって、どエロい汁気たっぷりの濃厚複数プレイが繰り広げられる……という話だった。

 ——エロかったなぁ~あれ。結局彼女、パワハラ上司と同じくらいの歳のおっさんらたち拝まれながら気持ちよくさせられてSっ気にも目覚めちゃって、そのあと村で幸せに暮らすんだよね。

 あり得ない設定でエロの大盤振る舞いな割に読後感がいい漫画だった。
 設定が似ているため、もわもわと妄想が広がってしまいそうになるが……。

 ——いやいや、あんなんエロ漫画の世界だけだろ。アホらし。

 俺は鼻を鳴らして妄想を掻き消した。
 スマホで示した地図をふたりで覗き込みながら指で拡大したりしていると、凌が思い出したようにこう言った。 

「海鮮はすごく美味いよ。しかもうちは温泉がある」
「え、温泉もあんの!? 海鮮に温泉って、それって実質俺がリゾートしに行くだけじゃん!」
「はは、そうだろ? じゃ決まりな。詳しいことはまたLINEする」
「オッケー」

 なんと、温泉まであるとは最高すぎる。
 楽しみすぎてワクワクが止まらない。
 器に残っていたカレーうどんを勢いよく平らげると、向かいに座った凌がふっと微笑んだ。

 長い指が俺の口元に伸びてきて、すっと唇を掠めていく。

「カレーついてる。お子様じゃん」
 
 細い唇の端をちょっと吊り上げて、切れ長の目を細めて笑う凌の色っぽさにドキドキして、じわっと股座が熱くなってしまった。
 こうして凌に微笑みかけられるだけで、ふわふわ全身が浮いてしまいそうになる。
 
 頬が赤らんでしまうのを感じながら、俺は「へ、へへ~……ありがと」とモジモジしながらお礼を言っておいた。
 
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