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書籍発売記念『お忍び旅行と愛玩人形』
1 お忍び旅行へ
しおりを挟む「へぇ、これがからくり式の衛兵かあ」
城壁を囲うように等間隔に並んだ甲冑の兵士たちを、間近でしげしげと観察する。
銀色の兜の中に見えるのは、甲冑と同じ銀色の肌。つんと尖った鼻はあるが口はない。手にした銀色の槍は兵士たちの背丈よりも長く、物々しい雰囲気ながらも、無駄のない彼らの姿に機能美を感じさせられる。
ここは同盟関係にあるアルナディア王国の市街地だ。
以前僕は、アルナディアの雪山にて魔獣の封印任務にあたったことがある。
あのときは、任務が大事件に発展してしまい観光どころではなかったものだが——……あの一件から約一年が経ち、僕は念願叶ってここへただの観光客として訪れることができるようになった。
「へぇ、立派だな……。見てノクト、向こうでからくり相手に人間が訓練をやってるよ」
「え!? どこどこ!?」
「ほら、向こうの広場だ」
「うわ……すごいね、あんなに俊敏に動くんだ!」
旅人としてここを訪れているため、僕らは軍服に身を包んではいない。
軍服に身を包んだセスはあまりにも凛々しくて美しいのだが、貴族然とした上品な衣服に身を包んだセスもまた麗しい。街並みを見るのに忙しくはあるのだが、隣を歩くセスを見つめるたびについついうっとりしてしまう。
初めて見る街並み、初めて食べる味、初めて出会う人々。
エルシャルオンのそれよりも乾いた冷たい風、荘厳な石造の建物の背景に広がる青い空、緑の濃い樹々のさざめき。
目に映るもの全てが新鮮で、美しくて、楽しくて、僕は子どものようにはしゃいでいた。
そんな僕をたしなめるどころか、セスは蕩けるような甘い笑顔で僕を見守っていてくれる。
厄災にもなりうるほどの魔力を持っていた頃の僕には、外国を旅する自由などなかった。エルシャルオンの国内でさえ自由に出歩く権利も与えられず、監視つきで山間の寂しい小屋に住まわされ、魔獣討伐任務のときだけ駆り出される——そんな生活を強いられていた。
だけど今は、僕を取り巻く環境はすっかり変わった。
今はこうして任務外で、観光目的の旅が許されるようになったのだ。
そして先の事件を経て、僕とセスは恋人同士になった。
幼少期を共に孤児院で過ごし、弟のように思っていたセスだったけれど——今やすっかり、僕のほうがセスの魅力にめろめろにされている。
表向きは僕の護衛という立場だが、僕らの関係は王太子であるハルジ様の公認だ。
おかげでセスの養い親であるリステアード卿にも僕らの関係を認めてもらえ、誰に憚ることなく共に暮らせるようになった。
——それだけでも幸せなのに、こうやってのんびり楽しく旅行ができるなんてなぁ……
込み上げる幸せを噛み締めつつ城門をくぐると、端正な石畳みの街並みが広がった。
機械職人やからくり技師、人形細工師などの工房が大通り沿いに軒を連ねていて、街は活気に満ち溢れている。
軒先で商品を売る声、弟子が師匠を呼ぶ声、子どもたちが往来を駆ける賑やかな声——たくさんの人々が暮らしを営む街の明るさに触れ、僕はさらにワクワクしてきた。
「あ! ねえセス、見てごらん。魔法石で光るランプだって、買って帰ろうか!」
「ええもうぜひ! おすすめの逸品ですぞ!」
突然セスのものとは全く違う野太い声が聞こえてきて、僕は飛び上がって隣を見た。
僕の護衛であり、そして恋人でもあるセスの姿はそこになく——はつらつとした表情で僕の問いに答えたのは、僕らの道案内役にと遣わされたアルナディア王国の役人・サマル殿である。
「えっ。あれ? うちのセスは……?」
「セス殿はあちらに。人形細工師たちが、セス様を見て群がってしまいまして……」
「ええ?」
「おそらく、モデルになってくれと拝み倒されているのでしょうな」
「モデルですか?」
僕のすぐ後を歩いていたはずのセスが、確かに数メートル後ろで四、五人の男女に囲まれている。アルナディアの人々を無碍にすることもできないのだろう、セスは引き攣った笑みを浮かべて困惑しきっているようすだ。
いそいそとセスのもとに戻ってみると、セスに群れていた人々が一斉にこちらを見た。
人形細工師だという彼らは、めいめい頭に頭巾を巻き革製のエプロンを身につけている。サマル殿に追い立てられ、年嵩の男女は「惜しいわねぇ」「こんな男前見たことねぇのにな!」とニコニコしながらセスのそばから離れていったが、若い細工師はスケッチブックを手にしたままセスを食い入るように見上げ、しゃかしゃかと鉛筆を動かしていた。
「あの……僕たちは先を急ぐので、そろそろ彼を離してやってくれませんか?」
「待って待って! 新しい人形の顔が決まらなくて悩んでたんだよ! この男の顔……完璧だ、すごくいい! この顔にすればきっとものすごい人気が出るぞ!!」
「え!? いや待って、セスの顔をした人形を作られるのはちょっと……!」
人形細工師の青年は、目をギラギラ輝かせてセスの顔をスケッチしている。セスの容姿を褒められることは僕としても誇らしい限りなのだが、セスにそっくりの人形を作って売られてしまうのは困りものだ。僕が困り果てていると、サマル殿と青年がやいやいと言い争いを始め、「もうやめなさい!」「いやだね!」とスケッチブックの争奪戦が勃発した。
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