琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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第7幕ー断つべきもの、守るべきものー

二、障り

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 まだ夜も明けぬというのに、東尋坊とうじんぼうには人の気配があった。

 ここは加賀越前海岸国定公園に指定される風光明媚な場所だ。切り立った複雑な崖の織りなす独特の風景から、雄々しい自然の霊威を感じることのできる観光名所である。

 しかしながらここにはいくつもの伝承や不吉な噂が耐えることがなく、心霊スポットとしても有名な土地だ。そのため、冷やかしにやってくる若者やカップルも後を絶たない。


 その日は、月の明るい夜だった。
 がやがやと集まっているのは、バイカーの集団であった。
 彼らはまだ免許を取ったばかりの若者の集団であり、もう立派な大型二輪を乗り回しているものもあれば、まだ原付でそこへやってきているものもある。皆バイク好きで、どんなバイクが欲しいだの、それには金をいくら貯めねばならないなどの会話で盛り上がっている。

 彼らは夜中までファミリーレストランでバイク談義に花を咲かせていたのだが、夜になって遠乗りをしようということになり、ここ東尋坊までやってきたのだ。

「なぁ、心霊写真撮ろうや! 月が出て明るいし、それっぽいの撮れるんちゃうか?」

 グループの中でひときわ大きなバイクに跨った男がそう言って、革ジャンのポケットから携帯電話を取り出した。設定をいじって暗闇でも撮影ができるようにすると、男はまず一枚、崖の先端で下を覗きこんでははしゃいでいる、高校生二人を撮影する。

「うわ、やめてくださいよ! ほんまに映ったら俺らが怖いじゃないすか!」
と、髪を金色に染めた、ひょろりとした高校生が笑う。きついパーマを当てた髪を立てているもう一人の高校生も、「わーこえぇ!」と喚く。

「大丈夫だって、お前らどうせそんなもん信じてないやろ」
と、男はカシャカシャと音をさせ、メンバーのそれぞれをカメラに収めていく。

 めいめいがバイクに跨ったり、崖っぷちで両手を挙げてピースをしている写真などを撮られながら、「マジで映ってたらどうする?」「お祓いとかいかなあかんわけ?」「データ消せばなんもないやろ」等々言い合っては大はしゃぎをしている。

 ひと通り全員を撮影した男は、今撮ったばかりの写真を見てみようと、スマートフォンの画面をいじる。笑みを浮かべ、慣れた手つきで操作していたその男の手が、ピタリと止まった。

「林田さん、どうしたんすか?」
 林田と呼ばれた男の顔からみるみる血の気が引いていくのを、そばにいた坊主頭の男が訝しげに見ていた。そして、はっとしたような表情になると、いきなりげらげらと笑い出す。

「そんな顔して、俺らびびらそったってそうはいきませんよ。見せてくださいよ、どうせ何にも……」

 坊主頭は林田の手からスマートフォンを取ると、暗転していた画面をもう一度開いて写真を見た。
 そして、坊主頭の顔からも、みるみる血の気が引いていく。

「……な、何やこれ……」
 画面をスライドさせて次々に写真を見るが、どの写真にも、はっきりと白い影が写り込んでいるのだ。その白い影は笑っている若者を覆うように写っているものもあれば、画面の端に写り込んでいるものもある。
 そしてどの影にも、はっきりと苦悶に満ちた男の顔が写っているのだ。

「う……うわぁあああ!」
「どうしたどうした?」
「ほんまになんか映ったんか?」
と、男たちがスマートフォンを回して写真を見ていると、皆の顔からすうっと笑顔が引いていく。

「……これ……消しましょ! ね、消しちまいましょうよ、怖いっすもん!!」 
と、金髪の高校生が携帯電話を操作してそのデータを削除しようとした。

 しかし、いくら画面を叩いても、そのデータは消えなかった。

 高校生の顔が、恐怖で引きつる。

「……ど、どうしよう。これ……」
「おい、もう帰ろうぜ。俺、帰ったらすぐ機種変するわ」
と、撮影していた男は自分の携帯電話をこわごわ受け取ると、ポケットに仕舞いこんでヘルメットをかぶった。

「長居は無用や、おら、お前らも帰るぞ」
「はい」
 林田の声に、それぞれがヘルメットを被り、バイクにエンジンをかける。

 しかし、今度はエンジンがかからない。男たちの戸惑った声が、あちこちで湧き起こる。皆が焦った手つきでイグニッションを回すが、虚しい音だけがその場に響いていた。

「な、何やねんこれ……! ありえへんやろ」
「もういい、バイク置いて帰るぞ。明日また取りに来たらいいやろ」
「こっから歩いて帰るんすか?」
「タクシーでもなんでも拾ったらいいやろ! ほら、はよいくぞ!」
 男たちがバイクを捨ててわらわらと逃げていく。打ち捨てられたようなバイクの群れだけが、そこにぽつんと残された。
 

 騒がしい集団がいなくなり、静かな空気の中に潮の音だけが響く。


 そこに、また違った人の気配が浮き上がる。細かな砂利を踏む音がして、暗がりの中に三人分の月影が伸びた。


「あっはははは! ちょろいもんやなぁ」

 また若い男の声がした。

「ほら見ろよ、鍵までつけっぱなしや。焦りすぎやろ」

 男は大型バイクに跨ると、キーを回してエンジンをかけた。重低音を響かせてエンジンを吹かすと、ライトをもう二人の方向へと向けた。

 眩しげに目を細めたのは、いかにも生真面目そうな好青年だ。縁のない眼鏡の奥にある瞳はいかにも聡明で、この時間帯にこんなところにいるのはそぐわない雰囲気を持った男である。

 そしてその隣にいるのは、まだまだ中学生と思しき少年だ。黒いズボンに白い開襟シャツという、いかにも垢抜けない服装をした、おとなしげな少年である。眉のあたりで切りそろえられた前髪を海風に乱されながら、少年はつまらなそうな表情をしている。

「ほら、拓人、お前も一台もらってったらどうや?」
 黄色い大型バイクにまたがっているのは、いかにも繁華街で遊んでそうな格好の男だ。茶色い髪を首のあたりまで長めに伸ばし、前髪をオールバックにしてヘアピンで留めている。面長のその顔つきはどことなく狡猾そうであり、唇には薄笑いを浮かべている。

「別にバイクが欲しくてやったわけやない。俺は車で帰らなあかんから、お前はまあ好きなのもらっとけ」
と、拓人と呼ばれた好青年はそう言った。

 どことなく不服げな顔をした少年は、呆れたようにわざとらしくため息をついた。それを見下ろして、拓人は少し笑う。

「薫、なかなか式の使い方がうまくなったじゃないか」
と、ぽんと頭の上に手を置いた。
「でも、逃げられちゃった」
と、薫と呼ばれた少年はそう言って、甘えるように拓人を見上げるのだ。
「いいさ、あんな小物、いくらでもまた俺が狩ってやる」
と、拓人は微笑む。
「楓は今日も何もしなかったね」
「あいつはいいんだよ。いつも言ってるだろ、あいつは特別なんだ」

 拓人は嬉しそうにバイクを選んでいる楓を見つめながらそう言った。意味が分からないといった表情を浮かべる薫も、何となくつられて楓を見る。

 雲が切れて、冴え冴えとした月が顔を出した。

 さぁっと明るくなった東尋坊の崖の上で、楓は黒い大型バイクに跨ったまま二人を見て不敵に微笑み、こう言った。

「さぁて、次はどんな退屈しのぎをしようか」

 その時、ぶわりと楓の周りの空気が歪み、その背後の暗闇から、先ほど写真に写り込んでいた白い影がゆらゆらと湧き出してきた。まるで楓に呼び寄せられたかのように出現した白い霊体を、楓は煩わしそうに一瞥し、首をぼきぼきと鳴らして一喝する。

「うざいねん!! とっとと消えろや!」

 刃物のような目つきになった楓に怯えたかのように、白い影が靄をかき消すように消えて行く。薫があぁっと残念そうな声を上げた。

「僕の式!」
「あぁ? あ、あれ、薫の式やったっけ? 悪い悪い、どーせそのへんの低級かと思って」
 悪びれもせずに楓はそう言うと、唸りを上げてバイクを発進させた。ヘルメットもかぶらず、楓は髪をなびかせて楽しげに去っていってしまった。

「ひどい……」
「すまんな。まぁこういうこともある、今夜は帰ろう。いい練習になったろ」

 拓人は泣き出しそうな薫の背に手を添えて、停めてある車の方へと歩き出した。薫はのろのろとした足取りでそちらに進みながら、拓人を見上げる。 

「何が特別なんだよ、あんな馬鹿のさ」
「……そうだな、もうすぐ教えてあげるよ。ひとつ言えるのは、あいつはとても妖に懐かれやすいんだ。近づいてきても、狩られるだけとも知らずに」
「なんで?」
「さあ、なんでやろうな。ほら、もう遅いし、帰ろう。夜更かしは良うないな」

 バイクのテールランプが霞んで消えて行くのを見つめつつ、拓人は幼い薫の肩を押して車へ戻る。

 ちらりとバイクの群れを振り返り、拓人は少しだけ唇に笑みを浮かべた。
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