初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

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第1章 

1 地獄の料理実習

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 フライパンから炎が上がった。
 すぐそばにいた女子が悲鳴を上げ、家庭科の担当教師が「きゃああああ!! なにやってるの朝霞あさかくん!!」と怒鳴りながら駆け寄ってくる。

(うわ……燃えてる。キャベツと豚肉炒めてただけなのに……)

 いつかテレビで見たフランベとかいう離れ技をやってみようとしたわけじゃないのに火が出た。ワインをジャっと入れてブワ~っなんて凄技、不器用な僕にできるわけがないことは百も承知だ。

「ちょっ、誰か蓋! それとそこに消化器あるから持ってきて! てか朝霞くん、ぼーっとしてないで離れなさい危ないでしょ!」
「あっ、は、はい!」

 調理室で燃え上がるフライパンという絵面に衝撃を受けすぎて呆然となっていた僕は、先生の指示でようやく我に返った。 

 慌ててコンロから距離を取ろうとあとずさったら、そこにいた女子に思い切りぶつかって「いったぁ! ふらふらしてんじゃねぇよ!」と怒鳴られた。

 クラスメイトには気の強いギャルっぽい女の子もけっこういる。僕はこの手の女の子がすごく苦手だ。
 
 それはさておき、悲鳴だけじゃなく男子たちの囃し立てるような声もあいまって、調理室はますます派手に盛り上がりはじめている。
 自分のやらかしがどんどんパニックを広げていくのはものすごく居心地が悪くて、たらたらと背中に冷や汗が伝った。

(こ、これは自分で責任を取らないと……!!)

 ちょうどいいことに、手をついた隣の調理台のコンロ脇にはフライパンの蓋がある。

 僕は震える手でそれを掴み、「あっ、僕が蓋します!! あの、みんな離れて——……」とキャンプファイヤーのごとく盛り上がるコンロに駆け寄ろうとした。
 すると……

「やめとけって危ないから! 俺に貸して!」
「えっ、あ!」
 
 ひょいと高いところから蓋が奪われたかと思うと、広い背中が僕の目の前に立ちはだかった。

 衰えることなく燃えているフライパンにすばやく蓋がされ、クラスメイトたちの煽りに煽られ燃え盛っていた炎は静かに消えた。
 
 するとどこからともなく「おお~」という感嘆の声が上がり、パチパチと拍手が湧き上がる。

「はぁ~もう、びっくりした。本条ほんじょうくん、ありがとう。助かったわ」
「いえいえ」

 今まさに噴射されようとしていたらしい消化器のホースを片手に汗を拭っている家庭科教師のそばで、本条澄斗すみとが涼しげに微笑んだ。

 すると、またしてもどこからともなく「きゃぁ~……」と抑えた黄色い悲鳴のようなものがそこここから聞こえてきて、僕はなんだかげんなりしてしまった。
 
「危なかったね~」「本条くんすごーい! 火、怖くないの?」「火傷しなかった?」と女子に囲まれてチヤホヤされている澄斗を横目に、僕は先生からガミガミと説教の公開処刑だ。
 
 でもみんなを危険に晒してしまったことは事実なので、僕は三角巾をすっと外して拳の中に握りしめ、ぺこぺこと各方面に頭を下げた。

「みんな、本当にごめん!」
「まったく! お酒を入れるべきところで油を入れる人がありますか! きちんと反省文を書いてもらいますからね!」
「はい……」
「さあ! みんなは作業に戻って! いつまでも騒いでたら片付かないわよ!」

 ぱんぱんと大きな音で手を叩き、先生はなおも面白そうに騒いでいるクラスメイトたちを追い立ててそれぞれの作業台に戻していく。
 同じ班のメンバーにぺこぺこ頭を下げつつ片付けに取り掛かった僕は、ふと嫌な気配を察知した。

 恐る恐る見上げると、中途半端に頭を下げたままの僕を見下ろすアーモンド型の綺麗なかたちをした目が、間近にあった。

「あははっ、ウケたね~! 派手に燃えすぎてキャンプファイヤーかよって感じじゃん?」
「ぐぬ……」

 キラキラしたイケメンクラスメイトが、僕を見下ろしてあざとい笑みを浮かべている。
 またこいつかと、僕はうんざりして内心ため息をついた。

 勉強しか取り柄のないどんくさい僕をからかって遊びたいのかなんなのか。本条澄斗は、僕が失敗するたびに構ってくるクラスメイトだ。

「ん? なに? あ、火を消したお礼なら別にいいよ?」

 うらめしそうな僕の視線に気づいてか、澄斗が上半身を屈めて形のいい唇を吊り上げた。

 端整な顔面が急激に接近してきたことにギョッとした僕は、慌てて後ずさって距離をとった。
 
(何もしなくても人気者のくせに、僕の失敗を利用してさらに注目を集めやがって……)

「ぐぬ……ありがと、ございます……」
「あはっ、なんでカタコト? てかお礼はいーって」
  
 助けてもらったことは事実なのでお礼は言う。だが、感謝の言葉を述べていても声に苛立ちが滲み出してしまった。

 とはいえ、身長164センチの僕が下から凄んだところで180センチ近い長身の澄斗がびびるわけもない。

 そんなことよりも僕は今、皆への申し訳なさと情けなさと恥ずかしさのはざまで泣きたい気分なのだ。

 今まさに大失態をおかした自分が恥ずかしくてたまらないのに、澄斗はみんなから称賛を浴びている。
「いや、ちょっと火ぃ消しただけなんだからやめろって」と周りを宥めつつ、キャンプファイヤーを囃し立てていた陽キャ軍団の中心で得意顔だ。

 おかげで、僕は粛々と後片付けに勤しめるわけだけど……惨めすぎて二重に泣きそうだった。

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