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第7章
2 ひとりぼっちの澄斗
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「じいちゃんの店で飯食って、宿題して、店に来るジジババに遊んでもらったりしてさ。暇つぶしに店の手伝いをするようになって、料理もじいちゃんから教わったんだよ」
「ああ、だから澄斗はあんなに料理がうまいんだね……!」
「ま、そういうこと。寝るとき以外いじちゃんちで過ごしてたもんだから、親はかなり怒ってた。でも、勝手をしたのはそっちだし、俺は頑としていうことを聞かなかったんだ」
「仕方ないよ、それは……」
「だんだん放任されるようになって、俺はホッとしてたんだ。幸い兄貴は大人で優秀だったから、期待が全部そっちにいって気楽になったよ。……兄貴には申し訳ないけどさ」
澄斗は口元に寂しげな笑みを湛えたまま、歪な形になってしまった家族の話を語っている。
十二歳という年頃は年齢的には子どもでも、いろんなことが敏感にわかってくる年頃だ。さぞかし息苦しい思いをしてきたことだろう。
気の利いたことを言って澄斗を慰めたかったけれど、なにも出てこなくてすごく歯がゆい。僕は澄斗の肩にそっと身を寄せた。
「そ、そんなことがあったなんて……。ごめん、僕ぜんぜん知らなくて……」
「当たり前だよ。誰にも言わなかったし……てか、言えないって、こんなこと」
「うん……」
「ま、そんなこんなで、俺はけっこう情緒不安定だったんだよ」
澄斗は初めてこちらを見て、眉を顰めて苦しげに微笑んだ。
その表情はあまりにも痛ましく、僕は無意識のうちに自らのシャツの胸元を両手でギュッと掴んでいた。
「父さんとその女は職場恋愛……というか職場不倫だ。同じ仕事をして、ふたりとも仕事が楽しくて仕方ないって感じですごく忙しくしてた。俺の迎えなんて絶対に来るようなひとたちじゃない。……なんだか、誰からも見放されたような気分になって、ひとりぼっちで、すごく心細かったんだ」
「そうだったのか……」
「各学年の迎え待ちが体育館に集められていくんだけど、そこでも迎えが来るたび嬉しそうに親のところへ走っていく姿を見るとキツかった。俺は絶対あんなふうにできないから」
「うん……」
「そんな感じで俺、体育館の壁際で三角座りして、ひとりで泣きそうになってたんだ。そしたら……郁也が、俺のところに来てくれた」
「え?」
そんなことがあっただろうか……? 思い出しあぐねて澄斗を見上げる僕に、澄斗は懐かしげな眼差しを向けてこう言った。
「郁也、『ひょっとして怖い?』って俺に聞いてきたんだ。……見抜かれてびっくりしたよ。クラスメイトなんてもう全員帰っちゃって俺だけになってたと思ってたから、たぶんすごい情けない顔になってたんだろうな」
「僕から澄斗に声を……?」
「そう。そのまま郁也、ぴったり俺にくっつくように隣に座ったんだ。そんで横から俺の顔を覗き込んで囁きかけてきた。……『怖いんだったら、手を握っててあげよっか?』って」
「え?」
今の自分なら、絶対に言いそうにないセリフすぎて仰天する。
ひょっとして人違いなのでは? 自分で言うのもあれだが、僕はこんなにも慎ましい性格だ。そんなドSみたいなことを言うわけが……
「僕がそんなことを?」
「そ。もうほかに六年はいなかったし、不安で心細かったから、俺は素直に頷いた。そしたら郁也は、俺の手を握ってくれた」
澄斗の大きな手が持ち上がる。
指が長くて形のいい、男らしい手だ。
(僕がこの手を、自分から握ったってこと……?)
「当時から郁也のほうが小柄だったろ。小さい手で、ぎゅっとこの手を強く握ってもらえて、俺はすごく安心できた。その頃はまだあんまり絡んだり遊んだりしたことなかったよな? なのにわざわざ俺に声をかけて気遣ってくれたのが、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ」
やや身を乗り出した澄斗の手が、ソファの座面に載った僕の手にそっと重なる。
ひとまわり大きさの違う手と手が重なる様を目にした瞬間、当時の映像が唐突にコマ送りのように蘇っていった。
がらんとした体育館。
天井を叩く雨の音が、教室にいたときよりも大きく反響していた。
遠くや近くでゴロゴロと鳴り響く雷の音は止む気配がなかった。
稲光が走るたびに体育館の中の影が濃くなって、時折電気が不安定に点いたり消えたりしていた……
(あ……!! そうだ、あのとき……)
ぽつん、と体育館の片隅で膝を抱えている澄斗の姿が蘇る。
普段は明るくて活発で人気者の澄斗が、たったひとりで膝に顔を埋めていた。
リーダーという立場が似合いで常に自信満々で、僕が持ち得ない自信やかっこよさをすべて持っているかに見えていた澄斗が、小さくなって震えていた。
その姿を目の当たりにして僕は——……なぜだか無性に、澄斗を可愛いと思ったのだ。
「ああ、だから澄斗はあんなに料理がうまいんだね……!」
「ま、そういうこと。寝るとき以外いじちゃんちで過ごしてたもんだから、親はかなり怒ってた。でも、勝手をしたのはそっちだし、俺は頑としていうことを聞かなかったんだ」
「仕方ないよ、それは……」
「だんだん放任されるようになって、俺はホッとしてたんだ。幸い兄貴は大人で優秀だったから、期待が全部そっちにいって気楽になったよ。……兄貴には申し訳ないけどさ」
澄斗は口元に寂しげな笑みを湛えたまま、歪な形になってしまった家族の話を語っている。
十二歳という年頃は年齢的には子どもでも、いろんなことが敏感にわかってくる年頃だ。さぞかし息苦しい思いをしてきたことだろう。
気の利いたことを言って澄斗を慰めたかったけれど、なにも出てこなくてすごく歯がゆい。僕は澄斗の肩にそっと身を寄せた。
「そ、そんなことがあったなんて……。ごめん、僕ぜんぜん知らなくて……」
「当たり前だよ。誰にも言わなかったし……てか、言えないって、こんなこと」
「うん……」
「ま、そんなこんなで、俺はけっこう情緒不安定だったんだよ」
澄斗は初めてこちらを見て、眉を顰めて苦しげに微笑んだ。
その表情はあまりにも痛ましく、僕は無意識のうちに自らのシャツの胸元を両手でギュッと掴んでいた。
「父さんとその女は職場恋愛……というか職場不倫だ。同じ仕事をして、ふたりとも仕事が楽しくて仕方ないって感じですごく忙しくしてた。俺の迎えなんて絶対に来るようなひとたちじゃない。……なんだか、誰からも見放されたような気分になって、ひとりぼっちで、すごく心細かったんだ」
「そうだったのか……」
「各学年の迎え待ちが体育館に集められていくんだけど、そこでも迎えが来るたび嬉しそうに親のところへ走っていく姿を見るとキツかった。俺は絶対あんなふうにできないから」
「うん……」
「そんな感じで俺、体育館の壁際で三角座りして、ひとりで泣きそうになってたんだ。そしたら……郁也が、俺のところに来てくれた」
「え?」
そんなことがあっただろうか……? 思い出しあぐねて澄斗を見上げる僕に、澄斗は懐かしげな眼差しを向けてこう言った。
「郁也、『ひょっとして怖い?』って俺に聞いてきたんだ。……見抜かれてびっくりしたよ。クラスメイトなんてもう全員帰っちゃって俺だけになってたと思ってたから、たぶんすごい情けない顔になってたんだろうな」
「僕から澄斗に声を……?」
「そう。そのまま郁也、ぴったり俺にくっつくように隣に座ったんだ。そんで横から俺の顔を覗き込んで囁きかけてきた。……『怖いんだったら、手を握っててあげよっか?』って」
「え?」
今の自分なら、絶対に言いそうにないセリフすぎて仰天する。
ひょっとして人違いなのでは? 自分で言うのもあれだが、僕はこんなにも慎ましい性格だ。そんなドSみたいなことを言うわけが……
「僕がそんなことを?」
「そ。もうほかに六年はいなかったし、不安で心細かったから、俺は素直に頷いた。そしたら郁也は、俺の手を握ってくれた」
澄斗の大きな手が持ち上がる。
指が長くて形のいい、男らしい手だ。
(僕がこの手を、自分から握ったってこと……?)
「当時から郁也のほうが小柄だったろ。小さい手で、ぎゅっとこの手を強く握ってもらえて、俺はすごく安心できた。その頃はまだあんまり絡んだり遊んだりしたことなかったよな? なのにわざわざ俺に声をかけて気遣ってくれたのが、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ」
やや身を乗り出した澄斗の手が、ソファの座面に載った僕の手にそっと重なる。
ひとまわり大きさの違う手と手が重なる様を目にした瞬間、当時の映像が唐突にコマ送りのように蘇っていった。
がらんとした体育館。
天井を叩く雨の音が、教室にいたときよりも大きく反響していた。
遠くや近くでゴロゴロと鳴り響く雷の音は止む気配がなかった。
稲光が走るたびに体育館の中の影が濃くなって、時折電気が不安定に点いたり消えたりしていた……
(あ……!! そうだ、あのとき……)
ぽつん、と体育館の片隅で膝を抱えている澄斗の姿が蘇る。
普段は明るくて活発で人気者の澄斗が、たったひとりで膝に顔を埋めていた。
リーダーという立場が似合いで常に自信満々で、僕が持ち得ない自信やかっこよさをすべて持っているかに見えていた澄斗が、小さくなって震えていた。
その姿を目の当たりにして僕は——……なぜだか無性に、澄斗を可愛いと思ったのだ。
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