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第7章
1 小学六年生、夏のできごと
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「小六の夏休みの直前、大雨と雷で午後の授業が中止になったことあったろ」
「……え? そんなことあったっけ」
澄斗は微笑み、僕にその日のことを思い出させるようにゆっくりと話しはじめた。
その日は朝からじめじめと蒸し暑い日で気温も高かった。
教室はエアコンが入っていて涼しかったが、一歩外に出ると茹だるような暑さに包まれて、昼の長休みに外で遊ぶのをやめたくらいだったという。
四時間目あたりから空がどんどん暗くなり、遠雷の音が響き始めた。
ゲリラ豪雨がやってきそうだね、と担任教師が空を見上げて呟くと、まわりにいた子どもたちは一斉にソワソワし始めた。
学校という守られた場所でクラスメイトたちと共に非現実的な空気を味わうことへの高揚感が、クラス中を浮き足立たせていた。
——だけど澄斗は気が気じゃなかったという。
「俺、雷ダメだったんだよね。あの音とか、稲光とか、どうしても怖くてさ」
澄斗は唇の片端を吊り上げて、自嘲気味に微笑んだ。
小さい子どもならいざ知らず、六年生にもなって雷が怖いだなんて口が裂けても言えなかった。
それでも、教室で授業を受けているのなら気がまぎれる。六時間目が終わる頃には雷雲は遠くへ消え去っているだろうと思っていた。
だが、雷雨は激しさを増してゆく一方だった。
叩きつける雨粒は大きく、誰かが窓を叩き割ろうとしているかのように激しい音が教室中に響いていた。
カッ!! とまばゆい雷光が空を真っ白に照らし、直後にめりめりと空が割れるかのような轟音が空気を震わせ、澄斗は内心震え上がっていたらしい。
給食の時間が終わっても、雨は降り止む気配をみせるどころかさらに激しくなっていた。
片付けを終え、本来なら昼休みになるところで、担任が「雨がひどいのでお家の方にお迎えにきてもらうよう連絡をしています。それまで教室で待機しましょう」と宣言した。
えー昼休みは? 帰れないのー? などあちこちから不満の声出ていたが、どちらかというと皆の声には微かな興奮が見え隠れしていた。平凡な日常に突然降って湧いた非日常だ。恐怖や不安よりもワクワクが優っていたのだろう。
「豪雨……学校で待機……ああ、そういえば」
「思い出してきた?」
「なんかあったな、とんでもない雨が降った日。確か、うちの小学校の体育館は小高いところにあって、念の為そっちに移動しましょうってことになって……」
「そうそう! それそれ!」
確かにあった。
大雨が降って、家族が車で迎えに来るまで体育館から出られなかった。
だけど母さんは仕事だし、ばあちゃんは車に乗れない。あの日、どうやってうちに帰ったんだっけ……? 澄斗は、すぐに迎えにきてもらえたのだろうか。
「すごかったろ、その日の雨。まさにバケツをひっくり返したような雨で、グラウンドは池みたいになってた。雷がずっとゴロゴロいってて、空が数分おきに光ってて……俺、カッコつけて平気なフリはしてたけど、だいぶ泣きそうだったんだ」
(雷かぁ。僕は雷眺めるのむしろ好きだから、澄斗の気持ちはあんまりわかってやれないけど、怖かったんだろうな……)
ソファの上で膝を抱えて、僕は澄斗の横顔に視線を戻す。
幼い頃の話をしていると、当時の心理状態に立ち戻ってゆくのだろうか。澄斗の横顔はどこか幼く、心許なそうに見えた。
「すぐに連絡がついて迎えがきたやつらはとっとと帰っていった。教室からだんだん人が減っていくと、今度は体育館で待機しましょうってことになった。ランドセル背負ってみんなで体育館へ移動する間も、俺は怖くて仕方がなかったんだ。
無理して笑ってたけど、普段つるんでたやつらはあっというまに親が迎えにきて、なんか楽しそうに帰っていって」
「澄斗の親は? うちもそうだったけど、仕事で来れなかったとか?」
そう尋ねると、澄斗の横顔が微かに曇る。
「それもある。けど……その頃の俺んち、かなりゴタゴタしててさ。両親が離婚したあと、新しい母親が家にきたばかりだったんだ」
「え!? 新しい母親?」
「当時はあんまりわからなかったけど……まあ簡単に言うと、新しい母親が、父さんを略奪したってこと。そのせいで母さんは病んじゃって……今はもう、連絡取ってない」
「な……」
まるでドラマのような話がスルスルと澄斗の口から語られる。
父親がいないということ以外は極めて平和で、ごく穏やかに成長してきた僕にとっては信じられないような内容だった。
「俺と兄貴は父さんに顔がそっくりで、父さんを思い出す俺たちの顔なんて一生見たくないって言われた。裏切り者の子だって……一度、兄と施設に見舞いに行ったときにそう喚かれて、もう会いに行くのはやめようってことになったんだ」
「そんな……」
「なのに、父さんは涼しい顔で母さんを追い出した女をうちに連れてきた。その女も当たり前のように母親ぶろうとしてくる……信じられなかったよ、何が起きてるんだろうって、かなり混乱してた」
いつしか父親とその女は再婚し、書類上の家族になった。
同じ感情を共有できるのは兄だけだったけれど、すでに大学で家を出ていて……澄斗は違和感を抱え、気持ちを押し殺しながら小学校へ通っていたと言うのである。
家族を壊した女がいる家にいたくなくて、澄斗は家に帰り渋るようになった。
そのときに澄斗を守ったのが、喫茶店を営んでいる祖父だったという。
「……え? そんなことあったっけ」
澄斗は微笑み、僕にその日のことを思い出させるようにゆっくりと話しはじめた。
その日は朝からじめじめと蒸し暑い日で気温も高かった。
教室はエアコンが入っていて涼しかったが、一歩外に出ると茹だるような暑さに包まれて、昼の長休みに外で遊ぶのをやめたくらいだったという。
四時間目あたりから空がどんどん暗くなり、遠雷の音が響き始めた。
ゲリラ豪雨がやってきそうだね、と担任教師が空を見上げて呟くと、まわりにいた子どもたちは一斉にソワソワし始めた。
学校という守られた場所でクラスメイトたちと共に非現実的な空気を味わうことへの高揚感が、クラス中を浮き足立たせていた。
——だけど澄斗は気が気じゃなかったという。
「俺、雷ダメだったんだよね。あの音とか、稲光とか、どうしても怖くてさ」
澄斗は唇の片端を吊り上げて、自嘲気味に微笑んだ。
小さい子どもならいざ知らず、六年生にもなって雷が怖いだなんて口が裂けても言えなかった。
それでも、教室で授業を受けているのなら気がまぎれる。六時間目が終わる頃には雷雲は遠くへ消え去っているだろうと思っていた。
だが、雷雨は激しさを増してゆく一方だった。
叩きつける雨粒は大きく、誰かが窓を叩き割ろうとしているかのように激しい音が教室中に響いていた。
カッ!! とまばゆい雷光が空を真っ白に照らし、直後にめりめりと空が割れるかのような轟音が空気を震わせ、澄斗は内心震え上がっていたらしい。
給食の時間が終わっても、雨は降り止む気配をみせるどころかさらに激しくなっていた。
片付けを終え、本来なら昼休みになるところで、担任が「雨がひどいのでお家の方にお迎えにきてもらうよう連絡をしています。それまで教室で待機しましょう」と宣言した。
えー昼休みは? 帰れないのー? などあちこちから不満の声出ていたが、どちらかというと皆の声には微かな興奮が見え隠れしていた。平凡な日常に突然降って湧いた非日常だ。恐怖や不安よりもワクワクが優っていたのだろう。
「豪雨……学校で待機……ああ、そういえば」
「思い出してきた?」
「なんかあったな、とんでもない雨が降った日。確か、うちの小学校の体育館は小高いところにあって、念の為そっちに移動しましょうってことになって……」
「そうそう! それそれ!」
確かにあった。
大雨が降って、家族が車で迎えに来るまで体育館から出られなかった。
だけど母さんは仕事だし、ばあちゃんは車に乗れない。あの日、どうやってうちに帰ったんだっけ……? 澄斗は、すぐに迎えにきてもらえたのだろうか。
「すごかったろ、その日の雨。まさにバケツをひっくり返したような雨で、グラウンドは池みたいになってた。雷がずっとゴロゴロいってて、空が数分おきに光ってて……俺、カッコつけて平気なフリはしてたけど、だいぶ泣きそうだったんだ」
(雷かぁ。僕は雷眺めるのむしろ好きだから、澄斗の気持ちはあんまりわかってやれないけど、怖かったんだろうな……)
ソファの上で膝を抱えて、僕は澄斗の横顔に視線を戻す。
幼い頃の話をしていると、当時の心理状態に立ち戻ってゆくのだろうか。澄斗の横顔はどこか幼く、心許なそうに見えた。
「すぐに連絡がついて迎えがきたやつらはとっとと帰っていった。教室からだんだん人が減っていくと、今度は体育館で待機しましょうってことになった。ランドセル背負ってみんなで体育館へ移動する間も、俺は怖くて仕方がなかったんだ。
無理して笑ってたけど、普段つるんでたやつらはあっというまに親が迎えにきて、なんか楽しそうに帰っていって」
「澄斗の親は? うちもそうだったけど、仕事で来れなかったとか?」
そう尋ねると、澄斗の横顔が微かに曇る。
「それもある。けど……その頃の俺んち、かなりゴタゴタしててさ。両親が離婚したあと、新しい母親が家にきたばかりだったんだ」
「え!? 新しい母親?」
「当時はあんまりわからなかったけど……まあ簡単に言うと、新しい母親が、父さんを略奪したってこと。そのせいで母さんは病んじゃって……今はもう、連絡取ってない」
「な……」
まるでドラマのような話がスルスルと澄斗の口から語られる。
父親がいないということ以外は極めて平和で、ごく穏やかに成長してきた僕にとっては信じられないような内容だった。
「俺と兄貴は父さんに顔がそっくりで、父さんを思い出す俺たちの顔なんて一生見たくないって言われた。裏切り者の子だって……一度、兄と施設に見舞いに行ったときにそう喚かれて、もう会いに行くのはやめようってことになったんだ」
「そんな……」
「なのに、父さんは涼しい顔で母さんを追い出した女をうちに連れてきた。その女も当たり前のように母親ぶろうとしてくる……信じられなかったよ、何が起きてるんだろうって、かなり混乱してた」
いつしか父親とその女は再婚し、書類上の家族になった。
同じ感情を共有できるのは兄だけだったけれど、すでに大学で家を出ていて……澄斗は違和感を抱え、気持ちを押し殺しながら小学校へ通っていたと言うのである。
家族を壊した女がいる家にいたくなくて、澄斗は家に帰り渋るようになった。
そのときに澄斗を守ったのが、喫茶店を営んでいる祖父だったという。
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