初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

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第6章 

6 特別って何!?

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「それじゃ、食べる? ちょうど晩御飯どきだし……」
「うん、食べよう! 腹減った~」

(土曜日なのに、どうしたんだろ。今日は部活じゃなかったのかな……)
 
 バレー部の練習は夕方までみっちりあるはずだ。ジャージ姿でもないし、今日は以前見た私服よりもずいぶん綺麗めな格好をしている。
 ハリ感のある白Tシャツに、淡いグレーの薄手のジャケット。下は同色のスラックス……みたいな格好だ。
 首元や手首にはさりげない銀色のアクセサリーが、きらりと繊細な光を放っている。

 僕が着たら鼠色のスーツを着たサラリーマンもどきにしか見えないであろう服装だが、澄斗はすこぶる爽やかに着こなしている。
 秀でた容姿をさらに大人っぽく見せる服装のせいか、なんだか大人になった澄斗がそこにいるようでドキドキした。

(なんで? そんなオシャレしてくるところじゃないだろ、僕んちは……)

 といった僕の視線に気づいたのか、澄斗はちょっとバツが悪そうに肩をすくめた。
 するりとジャケットを脱ぎ、無造作にソファの背もたれに置いた。
 
「澄斗、どっか行ってたの?」
「んー……まあ、ちょっと用事があって。部活も休んだ」
「そうなんだ」
「それより、冷めちゃう前に親子丼食べよ! いただきまーす!」

 綺麗めな格好とは不似合いにも思える子どもっぽい仕草で、澄斗はぱんっと合掌して箸を手に取った。
 そして、僕の作った親子丼をひとくち頬張った澄斗の瞳が……うるりと大きく潤んで輝いた。

「おいひぃ! いふや、おいひくできてるひゃん!」
「ちょっ……落ち着いて。食べてからしゃべりなよ」

 と嗜めつつも、僕には澄斗がなんて言っていたのかわかってしまった。
『美味しい! 郁也、美味しくできてるじゃん!』と、言ってくれたのだ。

(よかった……。それに、めちゃくちゃ嬉しい……!)

 内心ガッツポーズをとりつつ、僕も親子丼を口へ運ぶ。
 ……うん、まあまあだ。思った通り、玉ねぎは少しシャリっとしてたけど、これはこれで美味しいと思う。初めて一人で作ったとは思えない完成度じゃないか。

「美味しいよ、まじで。これならお母さん、すごく喜ぶだろーな!」
「うん、そうかも。先生がよかったからだな」
「先生? あ、俺のこと?」
「ほ、他にいないだろっ」
 
 照れ隠しに、ぱくぱくと親子丼を頬張る。
 澄斗のほうは見れないけれど、きっといつものように、優しい笑みを浮かべているのだろうなとなんとなくわかった。

「……ごめん。僕から頼んでおいて、こっちから勝手に料理レッスンを断ったりして」
 
 しばらく、ふたりとも無言で親子丼を平らげていたが……僕は、ずっとずっと気に病んでいたことを澄斗に謝罪した。

「ああ……あれね」
「ごめん。澄斗とふたりでいるのは、すごく楽しいし、居心地がいいんだけど……」
「ほんと? ……けど、なに?」

 ぱぁっとわかりやすく澄斗の顔が輝いた。だがまだ話の途中だと言うことをおもだしたようで、ふたたび表情が一段階曇った。
 悠巳くんから聞いた話から、澄斗自身の恋愛に時間を割いてほしいと考えたことを、本人にどう伝えるのがベストなのか……

 僕はしばらくラグマットの上で正座をしたまま、しばらく押し黙って言葉を選ぶ。
 すると、全く予想外の質問が澄斗から投げかけられた。
 
「……ひょっとして郁也、彼女いる?」
「へ? な、なんでそうなる……?」
「わざわざ俺に習わなくても、ここで一緒に飯作って楽しく過ごせる相手が現れたのかなって」
「いや、いないけど?」

 僕は即座に否定した。だって、そんな奇特な人物がこの短期間で僕の目の前に現れるわけがないじゃないか。 
 どうしてそんな想像になったのか理解に苦しむが……僕の答えを聞いた澄斗がなぜだか安堵の表情を浮かべている。

「なんだ……それは違うのか」
「? そっちこそ。気になる子がいるなら、僕になんか構ってないでそっちを頑張った方がいいんじゃないの?」
「気になる子?」
「悠巳くんから聞いた。冴島さんからもアプローチ受けてるけど、澄斗には好きな人がいるって」
「……え、ま? あいつ……」

 バツが悪そうな顔をした澄斗の頬に、一瞬さっと赤みが差す。
 リビングのラグマットにあぐらをかき、澄斗はしばし腕組みをして思案顔をしていたが……ふと意を決したように真剣な表情になり、澄斗はまっすぐに僕を見つめてきた。

「あのさ、俺が一緒にいたい気になる人ってのは……郁也だよ?」
「……へっ?」

 今、なんて言った? 俺が一緒にいたいのは、郁也だ……って、言ったのか?
 どういうことだ? つまり、僕が澄斗の……?

 頭の中では一つの仮説が完成しているのに、そこに感情がついていかなくて混乱する。目が回る。
 心拍数が爆上がりして喉が干上がりそうになって、僕は慌てて麦茶をがぶ飲みした。
 
(いや、でも僕の理解とは違うかもしれないし! きちんと確認を取らないとわからないだろ……!!)
 
 最後の一滴まで麦茶を飲み干し、僕はかねてからずっとずっと気にかかっていたことを、とうとう澄斗に問いかけた。

「あ、あのさ! 前から気になってたんだけど、澄斗の言う特別って何!? 本当に、ほんっとうに薄情で申し訳ないけど、僕にはまったく心当たりがないんだ!」
 
 勢い込んで一気にしゃべったせいで、軽く息が上がっている。
 軽く目を見張っていた澄斗はBGMがわりに点いていたテレビにふと視線を向け、ソファの座面に上半身を預けるように背伸びをした。前髪がさらりと動き、秀でた額と流れるように整った眉があらわになる。
 澄斗はソファに座っている僕を見上げて、にいっとイタズラっぽい笑みを浮かべた。

「そっかー……やっぱり郁也は覚えてないか」
「ご、ごめん……本当に」

 僕がソファ、澄斗がラグマットに座っているせいで、普段はぜったいに浴びることのない上目遣いを浴びている。
 長いまつ毛がくるんと上を向き、淡い茶色に潤んだ瞳がこっちを見上げていて——……なんという眺めの良さだろうか。

(ウッ……な、なんだ? なにが言いたいんだ? 可愛い顔しやがって……っ)

 僕にだけ記憶がないという罪悪感ともあいまって、胸がどきどきばくばくとずっと騒がしい。
 落ち着かなくて、僕はヤケクソのようにしゃべり続けた。

「前も言ったけど、僕は澄斗が苦手だったし、そんなふうに言われるほど仲が良かった覚えが僕にはない。なのになんで? なんで澄斗は僕のことを気にかけてくれたり、手を差し伸べてくれようとしたりするんだ?」
「なんで、かぁ。……まあ、ひとことで言えば恩返し、みたいな感じかな?」
「……お? 恩返し?」
 
 一瞬、脳裡に鶴や狐のイラストがよぎっていく。
 ぽかんとした僕の顔が面白いのか、澄斗の表情はどこか楽しげだ。
 のけぞっていた澄斗は身体を起こしてソファに肘をつき、口元に甘い微笑みを浮かべる。

「俺にとっては情けない思い出だし、郁也が忘れてくれててラッキーみたいなとこはある」
「えっ? 情けない思い出? ああもう! いい加減教えてくれよ!! これじゃ夜も眠れない!」
「わかった、わかったって。……ちょっと恥ずかしいけど」

 澄斗はひょいと僕の隣に腰を下ろした。不意に距離が縮まって、肩と肩が触れそうな距離になった。
 どこか遠い目をしてテレビ画面を眺める澄斗の横顔を、僕は固唾を飲んでじっと見上げた。
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