【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)

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友情?

2 利用されてる?

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 彼女は、明美のイラストにつく膨大な『いいね』の数にすっかり酔いしれてしまったらしい。
 
 美玲のアカウントはあっという間に注目され、一週間かそこらでフォロワーは一気に3000人にまで膨れ上がった。

 それまでに彼女が軽い気持ちで乗せていた自撮り写真やツヤツヤのナチュラル風ネイルの写真なども同様に注目され、『神絵師な上に描き手さんがすっごく可愛い』『天は何物を彼女に与えるんだ』といったコメントが、明美のイラストにたくさんつくようになった。
 
 そこから一年が経ち、二年が経ち、二人はそれぞれ大学生になった。大学生になっても美玲は頻繁に明美に連絡を寄越しては、「次はこんなイラストが見てみたいな~」と甘えた声で指示を出してくる。
 
 さすがにこの状況はおかしい。明美は美玲に、こんなことはもうやめようと提案した。いや、懇願といったほうが正しいだろう。

 だが美玲は長いまつ毛をぱちぱちと瞬いて、「どうして?」と明美に問い返してきた。
 
『明美のイラストが評価されてるんだから良いじゃない』『べつに私が描いてます~ってアピールしてるわけじゃないし……』『明美だって、たくさんの人にイラスト見てもらえて、褒めてもらえて嬉しいでしょ? あたしのアカウントなら、五万人のフォロワーに絵を見てもらえるんだよ?』と、心底わけがわからないと言った顔をするのだ。

 だがそのとぼけた顔の裏に見え隠れする美玲の本心に、明美は気づいていた。

 美玲はすっかり酔い痴れている。
 明美のイラストによって得られる『いいね』の数に。そしてその『いいね』の数を自分の価値だと思い込み、あたかも自分が人気者になったと勘違いしている。

 そしてその価値を維持するために、明美に新しいイラストを描いてほしいと頼んでくる。『次はこんなのがいいな』『ほら、リクエストも来てたでしょ?』『ファッションはこんな感じでー、顔はちょっと私に似せてほしいかも。こないだの自撮り、たくさんいいねがついてたでしょ?』

 それに従う自分も自分だ。お互い大学生になって違う大学に通っているのだから、高校時代の力関係など意識する必要などない。
 そのはずなのに、いまだに綺麗で可愛らしい美玲を自分よりも上位の存在だと思い込んでしまう癖が抜けない。
 
 しかも大学生になってから、美玲は明美に『タダで描いてもらうの悪いし、受け取って』といって金を渡すようになった。
 そしてその金を、明美は受け取ってしまった。美玲からの依頼だと思えばいい、これは仕事やアルバイトみたいなものなのだと思い込みたくて。
 
 仕事だと思い込もうとしたところで、明美が描いたイラストは美玲が描いたものだと思われる。賞賛されるのは美玲なのだ。
 こんなことを続けていたくない。解放されたい。自分の名前で、自分の絵を堂々と公開したい。美玲の影に隠れて、うつろにいいねの数だけを眺める生活を終わりにしたい。毎日、毎日、そう思っている。

 だけど同時に、怖くなる。そうなると、美玲は明美に目もくれなくなるだろう——と。嫌われてしまうだろうと。
『里中さんのイラスト、すごく好き』そういって目を輝かせてくれた美玲の顔が目の前をちらついて、どうしても「もうやめたい」の一言が言えなくなる。

 美玲の振る舞いに辟易しつつも、数少ない友達を失ってしまうのが怖い。美玲に嫌われたくない。利用されているとわかっているけど、それでも——……。

「……う、気持ち悪い……」

 夜道を歩きながら食い入るように見つめていたスマホを閉じ、明美はその場にしゃがみ込んだ。

 昨日渡したばかりのイラストが美玲のものとして賞賛されているのを見て、朝からずっと胸の奥がつかえるような気持ち悪さがある。
 夏から始めたファーストフード店のアルバイト中も、ずっと絶えずキッチンを満たす油の臭いに胸焼けをおこしていた。

 笑顔で乗り切れたと思うけど、実際はどうかわからない。きっとひどい顔をしていたに違いないのだから……。

 ——もう嫌だ、こんな気持ち。私、どうして美玲のために絵を描いてるんだろう。どうしてきっぱり断る勇気が持てないんだろう……。

 何だか全てが嫌になってきた。イラストを見るのが好きで、自分でもあんなふうにキャラクターを描いてみたくて、たくさん練習して練習して、その練習時間が、生きづらい毎日の救いになっていたはずなのに。うまくなったらうまくなったで、友達に利用されて、それを断れない自分が情けない。

 昔は自分で作ったキャラクターを描くのが楽しかった。でも今は、何のインスピレーションも湧いてこない。美玲に言われるがままキャラクターをつくって、美玲の指示通りに線をなぞって画像生成AIのように『可愛い女の子』を吐き出している。

 ——あーあ……もう疲れちゃったなあ……。

 もう全部やめてしまいたい。情けない自分でいることにも疲れてしまった。

 ——どうして私ってこんなんだろ……小さい頃から人からどう見られるかってことばかりに気にして、臆病で、積極的になれなくて、くずでどんくさくて、親にもため息ばかり吐かれて……。

 活発で歯に衣着せぬ物言いをする妹ばかりが溺愛され、いつもないがしろにされてきた幼少期をふと思い出し、明美はさらに惨めな気分になった。

 誰も明美を大切にはしてくれない。だからこそ、甘えられると必要とされていると感じてしまい、求められるまま差し出してしまうのだ。
 そして相手はしめたとばかりに明美から搾取していく。それがいつしか当たり前になっていく。

 ——きっとこれからもそうなんだ。大人になっても、私は誰かに奪われるばかりの人生を歩むんだ。

 ネガティブな思考がぐるぐると頭の中を巡り始める。それはいつしか暗く深い渦となり、しゃがみこむ明美の足元にのっぺりとした影となって現れる。だが明美はスマホを握りしめたまま膝に顔を埋めていて、その陰に気づかない。

 ——……惨めな人生を送るくらいならいっそ、美玲にいなくなってもらえばいいんじゃない?

 そうだ。向こうが間違ったことをやっているのだから、美玲がいなくなってしまえば全ての問題が解決する。 

 妹だってそう。都合のいいときだけ妹面をして、明美から奪うだけ奪っていく。
 妹が生まれたから、明美は親からの愛情をもらえなくなったのだ。

 そうだ、いつも誰かが明美の人生を邪魔する。その人たちさえいなくなってくれたら。

 裾が地面についてしまったグレーのコートの下から、おぞおぞと黒く小さい手のようなものが這い上がる。
 頼りない街灯の灯りによって作りだされる影よりもずっと昏い色を呑んだ小さな手が、顔を伏せる明美の首筋のあたりまで伸びたとき——……。

「お姉さん、どうしたの。気分悪い?」
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