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友情?
5 フロアの手伝い
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「お待たせいたしました。ホットココアです」
「わあ……美味しそう。いただきます!」
明美は冷たくかじかんでいた指先でカップを包み込む。つるりとしたカップの表面はあたたかく、芳醇なココアの香りが明美の鼻腔をやわらかく満たしていく。
ソーサーに置かれていた金色のスプーンで軽くかき混ぜると、柔らかくとろけていたマシュマロからかすかにくしゅりと音がした。
たまらずカップに口をつけ、ココアをひとくち。
口の中に広がる優しい甘さがたまらない。普段口にするココアも好きだけど、こんなにも特別感のあるココアを飲むのは生まれて初めてだ。
丁寧に丁寧に、明美のために作られたミルクココア。
じっくりと味わってから、こくりと飲み込む。芯から冷えていたせいか、喉の奥から胃のほうへ流れてゆくココアの熱を感じた。
お腹がほっこりと温もると、少しずつ少しずつ、柔らかな熱が全身にみなぎってゆくのがわかった。ついさっきまで感じていた情けない自分への歯痒さや、数年にわたってずっと明美の心を蝕み続けていた硬い強張りがするすると解けていく。
「はぁ~~…………おいしかったぁ……。ありがとうございます……」
飲み干してカップを置くと、自然と手が合掌の形になった。拝みたくなるような美味しさだったからだろう。
すると、カウンター内で作業していた五十鈴は小さく会釈を返してくれる。樹貴はホールに出ていて、なんだか二人とも忙しそうだ。
「口に合ったのならよかった」
「本当に美味しかったです、本当に……! あの、お金は……」
「金はいい。そのかわり……樹貴の気まぐれでうちに来てもらったところを申し訳ないが、この食事をあちらのテーブルに届けてもらえないだろうか」
「へっ?」
「すまない。今日は客が多くて手が回っていないんだ。すぐそこの、女性がひとりで座っている席なんだが」
「あ、はい、全然いいですよ! 行ってきます!」
「ありがとう、助かる」
——ひええ、お礼言われちゃった……。
歩いて数帆のテーブルに料理を届けるくらいなんのことはない。店がよほど忙しいのだろう。お金はいいと言われたが絶対に支払おうと心に決めつつ、明美はコートを脱いですっくと立ち上がった。
カウンターに置かれた料理は、飽きるほどに見慣れたハンバーガーだった。
ただ、流れ作業的にファーストフード店で出しているハンバーガーとは明らかに違っている。
バンズはふっくらとぶあつく膨らんでいて、パン自体に艶がある。間に挟まれたレタスは鮮やかな緑色で、食べなくてもシャキシャキしていることがわかるくらい新鮮だ。その下に挟まれたトマトもまた艶やかな赤で、ぺろりとパティの端から垂れ下がったチーズのとろりとした黄色が眩しい。
そして一際美味しそうなのが、肉肉しいパティだ。ファストフード店で出すパティの三倍は分厚いと見える。
一口でかぶりつくのは相当難しそうだが、絶対に、間違いなく美味しいだろうということが見ただけでわかる。
——うわぁ……すごい。おいしそう……! あとで私も注文しようかな。
胸焼けを忘れてそんなことを思いつつ、バイトモードで皿を運ぶ。
運ぶといってもほんの数歩の道のりだ。テーブルの横に立ち、明美は笑顔で皿をテーブルに置いた。
ボックス席に座っていたのは、黒い革ジャンをさらりと着こなしたパンキッシュな女性だ。坊主に近い黒髪ショートヘア、まばたきするたび風が吹くのではないかと思わされるような長いまつ毛と、バッチリ決まったアイメイク。
耳にも唇にも銀色のピアスがぎらりと光り、リップの色は濃い紫で…………そのビジュアルのあまりの強さに、明美は笑顔を顔に貼り付けたまま震え上がった。
「お…………お待たせいたしました」
「ん? ああ……なるほど、座れ」
「え、え?」
すぐさま退散しようと思ったのに、どういうわけか座れと言われてフリーズする。パンク女性は硬直している明美を見上げて、黒く塗られた爪を向かいの椅子へ向けた。
「わしは腹が減っているんだ。ほら、とっとと座れ」
「あ、え。はい、かしこまりました……?」
わけもわからず向かいに座ると、パンク女性がハンバーガーに視線を移す。
すると、そのへんの悪魔も尻尾を巻いて逃げ出すんじゃないかという恐ろしいまでの無表情が一転——紫色の唇がニイっと吊り上がった。……いや、笑ってても怖かった。
「わあ……美味しそう。いただきます!」
明美は冷たくかじかんでいた指先でカップを包み込む。つるりとしたカップの表面はあたたかく、芳醇なココアの香りが明美の鼻腔をやわらかく満たしていく。
ソーサーに置かれていた金色のスプーンで軽くかき混ぜると、柔らかくとろけていたマシュマロからかすかにくしゅりと音がした。
たまらずカップに口をつけ、ココアをひとくち。
口の中に広がる優しい甘さがたまらない。普段口にするココアも好きだけど、こんなにも特別感のあるココアを飲むのは生まれて初めてだ。
丁寧に丁寧に、明美のために作られたミルクココア。
じっくりと味わってから、こくりと飲み込む。芯から冷えていたせいか、喉の奥から胃のほうへ流れてゆくココアの熱を感じた。
お腹がほっこりと温もると、少しずつ少しずつ、柔らかな熱が全身にみなぎってゆくのがわかった。ついさっきまで感じていた情けない自分への歯痒さや、数年にわたってずっと明美の心を蝕み続けていた硬い強張りがするすると解けていく。
「はぁ~~…………おいしかったぁ……。ありがとうございます……」
飲み干してカップを置くと、自然と手が合掌の形になった。拝みたくなるような美味しさだったからだろう。
すると、カウンター内で作業していた五十鈴は小さく会釈を返してくれる。樹貴はホールに出ていて、なんだか二人とも忙しそうだ。
「口に合ったのならよかった」
「本当に美味しかったです、本当に……! あの、お金は……」
「金はいい。そのかわり……樹貴の気まぐれでうちに来てもらったところを申し訳ないが、この食事をあちらのテーブルに届けてもらえないだろうか」
「へっ?」
「すまない。今日は客が多くて手が回っていないんだ。すぐそこの、女性がひとりで座っている席なんだが」
「あ、はい、全然いいですよ! 行ってきます!」
「ありがとう、助かる」
——ひええ、お礼言われちゃった……。
歩いて数帆のテーブルに料理を届けるくらいなんのことはない。店がよほど忙しいのだろう。お金はいいと言われたが絶対に支払おうと心に決めつつ、明美はコートを脱いですっくと立ち上がった。
カウンターに置かれた料理は、飽きるほどに見慣れたハンバーガーだった。
ただ、流れ作業的にファーストフード店で出しているハンバーガーとは明らかに違っている。
バンズはふっくらとぶあつく膨らんでいて、パン自体に艶がある。間に挟まれたレタスは鮮やかな緑色で、食べなくてもシャキシャキしていることがわかるくらい新鮮だ。その下に挟まれたトマトもまた艶やかな赤で、ぺろりとパティの端から垂れ下がったチーズのとろりとした黄色が眩しい。
そして一際美味しそうなのが、肉肉しいパティだ。ファストフード店で出すパティの三倍は分厚いと見える。
一口でかぶりつくのは相当難しそうだが、絶対に、間違いなく美味しいだろうということが見ただけでわかる。
——うわぁ……すごい。おいしそう……! あとで私も注文しようかな。
胸焼けを忘れてそんなことを思いつつ、バイトモードで皿を運ぶ。
運ぶといってもほんの数歩の道のりだ。テーブルの横に立ち、明美は笑顔で皿をテーブルに置いた。
ボックス席に座っていたのは、黒い革ジャンをさらりと着こなしたパンキッシュな女性だ。坊主に近い黒髪ショートヘア、まばたきするたび風が吹くのではないかと思わされるような長いまつ毛と、バッチリ決まったアイメイク。
耳にも唇にも銀色のピアスがぎらりと光り、リップの色は濃い紫で…………そのビジュアルのあまりの強さに、明美は笑顔を顔に貼り付けたまま震え上がった。
「お…………お待たせいたしました」
「ん? ああ……なるほど、座れ」
「え、え?」
すぐさま退散しようと思ったのに、どういうわけか座れと言われてフリーズする。パンク女性は硬直している明美を見上げて、黒く塗られた爪を向かいの椅子へ向けた。
「わしは腹が減っているんだ。ほら、とっとと座れ」
「あ、え。はい、かしこまりました……?」
わけもわからず向かいに座ると、パンク女性がハンバーガーに視線を移す。
すると、そのへんの悪魔も尻尾を巻いて逃げ出すんじゃないかという恐ろしいまでの無表情が一転——紫色の唇がニイっと吊り上がった。……いや、笑ってても怖かった。
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