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瀬野尾家は代々製薬会社を営んでおり、国内のみならず世界各国に支社を持っている。創業百五十年、数多くの医療用医薬品を開発してきた歴史があり、世界売上高トップの地位を守り続けてきた。
そして僕は、その瀬野尾家の御曹司。幼い頃からの英才教育を受けてきたおかげもあって、僕はそれなりに優秀な研究者へと成長しつつある。また瀬尾家は代々アルファが多く生まれる家系で、僕もアルファだ。
いっぽう冬月家は、総合病院をいくつも経営する医師一族。江戸時代の小さな診療所から始まり、槇の祖父の代で医療法人風花会を設立。教育にも力を入れていて、優秀な医師を世に送り出てきた。医療界において影響力のある一族である。
そして槇もまた、冬月家の御曹司。
白磁のような美しい肌に、柔らかそうな栗色の髪の毛も艶やかな美少年だ。大人しげなビスクドールを彷彿とさせる麗しい容姿をしているにもかかわらず、槇はとても活発な少年だった。
瀬野尾家と冬月家は、先祖代々付かず離れずの付き合いを続けてきた。
そんな中でも、僕と槇は年齢も同じなら誕生日も一日違いで、たまたま母親オメガ同士もえらく気が合ったこともあり、幼い頃から兄弟のように育ってきた。
名門フォートワース大学附属幼稚舎に手を繋いで通い、数えきれないほどの小さな喧嘩を繰り返しつつ共に成長してきた僕らは、切磋琢磨して勉学やスポーツに励んだ。
気になった事柄をとことん追求しなくては気が済まないこだわり気質の僕とは違い、槇は理想が高く、広い視野をもった少年だった。
僕は幼い頃からインドア派で、外で遊ぶよりも部屋で読書をしているほうが楽しかった。だが、槇は真冬だろうが真夏だろうが僕を外に引っ張り出しては、満面の笑みで「たつき、おにごっこしよ!」「サッカーしよ!」とマイペースに遊び始める。現在僕の身体が百八十を超えているのは、槇に巻き込まれてスポーツをしていたおかげかもしれない。
『これからも一緒にたくさん勉強して、医療界を支える人材になりたいな』と、槇は僕にしばしば理想を語っていたのだが——……。
中学一年生のとき、槇のバース性はオメガだと判明した。
僕よりもずっと優秀で活発な槇がオメガだったという事実に驚いたけれど、槇は槇だ。ふたりの友情はこれからも変わらず続いていくものだと僕は信じて疑わなかった。
そして槇もまた、「ま、今はいい抑制剤がたくさんあるし、オメガでも普通に上へ行ける時代だしな」といって、特に気にしている様子はなかった。
しかし十五歳になる少し前、槇にヒートが訪れるようになってからというもの、僕らの関係は激変した。
どういうわけか、槇には抑制剤が効かなかった。
抑制剤を飲むと全身の皮膚に発疹が出現し、四十度を越える高熱が出てしまう。そのうちに呼吸困難の症状まであらわれるようになり、槇の両親は顔面蒼白になりながら息子の身体を調べ尽くし……そして、槇の抑制剤アレルギーが判明した。
症状が落ち着いたと母親から聞き、僕は見舞いにすっ飛んでいった。槇が寝込んでいると親づてに聞いてからと言うもの、心配で心配でたまらなかったのだ。
いつものように冬月邸を訪れた僕を、槇の母親が出迎えてくれた。槇の母親の疲れ果てた顔を見ていれば、どれだけ槇の症状が重篤であったか、どれだけ彼の家族が不安を感じていたのかが伝わってきて、僕の心はずんと痛んだ。
そしてベッドに横たわる槇を目の当たりにして——……その痛ましい姿に、僕の胸は激しく震えた。
白く美しい肌に、痛々しく浮かび上がる真っ赤な発疹。
紺色のパジャマから覗く白く頼りない首筋はしっとりと汗で艶めき、赤い花びらのような痕がそこここに散っている。まだ熱があるらしく、槇はほんのりと頬を上気させ、浅い呼吸で薄い胸を上下させていて……。
こんなにもつらい目に遭っているというのに、眠る槇の姿があまりにも艶かしいものに見えてしまい、僕は胸の高鳴りを抑えられなかった。苦しいほどに胸が高鳴り、これまでまったく性に関心のなかった僕の身体は唐突にも昂ってしまった。
槇は幼馴染で、唯一無二の友人だ。なのに僕は、槇に劣情を抱いてしまった。
そのときの罪悪感を、どう言い表せばいいのかわからない。僕は逃げるように自宅へ戻った。そして、熱に浮かされる槇の姿を想像しながら自慰に耽ったのだった。
それ以降、槇を前にすると罪悪感に苛まれた。僕の変化を感じ取っているのか、槇からの当たりがきつくなりはじめたのもこの頃だ。
学校で槇を見かけて恐る恐る挨拶をしても、槇はツンと澄ました顔で頷きを返してくるだけ。それ以上話しかけようものなら、「うるさい! 用がないなら近づくな」といって早足に歩き去っていってしまう。これまでは、用事がなくとも自然とふたりで一緒に行動していたというのに、槇は明らかに僕を避けていた。
——槇で抜いたのがバレているに違いない……僕はそう確信した。
気をつけているつもりだが、きっと槇を見る目がいやらしいのだ。
僕のスケベ心を察知した槇が嫌がって避けるのは当然だ。だってあれ以来、僕はいつも槇の姿を妄想しながら自慰をしているのだから……。
そして僕は、その瀬野尾家の御曹司。幼い頃からの英才教育を受けてきたおかげもあって、僕はそれなりに優秀な研究者へと成長しつつある。また瀬尾家は代々アルファが多く生まれる家系で、僕もアルファだ。
いっぽう冬月家は、総合病院をいくつも経営する医師一族。江戸時代の小さな診療所から始まり、槇の祖父の代で医療法人風花会を設立。教育にも力を入れていて、優秀な医師を世に送り出てきた。医療界において影響力のある一族である。
そして槇もまた、冬月家の御曹司。
白磁のような美しい肌に、柔らかそうな栗色の髪の毛も艶やかな美少年だ。大人しげなビスクドールを彷彿とさせる麗しい容姿をしているにもかかわらず、槇はとても活発な少年だった。
瀬野尾家と冬月家は、先祖代々付かず離れずの付き合いを続けてきた。
そんな中でも、僕と槇は年齢も同じなら誕生日も一日違いで、たまたま母親オメガ同士もえらく気が合ったこともあり、幼い頃から兄弟のように育ってきた。
名門フォートワース大学附属幼稚舎に手を繋いで通い、数えきれないほどの小さな喧嘩を繰り返しつつ共に成長してきた僕らは、切磋琢磨して勉学やスポーツに励んだ。
気になった事柄をとことん追求しなくては気が済まないこだわり気質の僕とは違い、槇は理想が高く、広い視野をもった少年だった。
僕は幼い頃からインドア派で、外で遊ぶよりも部屋で読書をしているほうが楽しかった。だが、槇は真冬だろうが真夏だろうが僕を外に引っ張り出しては、満面の笑みで「たつき、おにごっこしよ!」「サッカーしよ!」とマイペースに遊び始める。現在僕の身体が百八十を超えているのは、槇に巻き込まれてスポーツをしていたおかげかもしれない。
『これからも一緒にたくさん勉強して、医療界を支える人材になりたいな』と、槇は僕にしばしば理想を語っていたのだが——……。
中学一年生のとき、槇のバース性はオメガだと判明した。
僕よりもずっと優秀で活発な槇がオメガだったという事実に驚いたけれど、槇は槇だ。ふたりの友情はこれからも変わらず続いていくものだと僕は信じて疑わなかった。
そして槇もまた、「ま、今はいい抑制剤がたくさんあるし、オメガでも普通に上へ行ける時代だしな」といって、特に気にしている様子はなかった。
しかし十五歳になる少し前、槇にヒートが訪れるようになってからというもの、僕らの関係は激変した。
どういうわけか、槇には抑制剤が効かなかった。
抑制剤を飲むと全身の皮膚に発疹が出現し、四十度を越える高熱が出てしまう。そのうちに呼吸困難の症状まであらわれるようになり、槇の両親は顔面蒼白になりながら息子の身体を調べ尽くし……そして、槇の抑制剤アレルギーが判明した。
症状が落ち着いたと母親から聞き、僕は見舞いにすっ飛んでいった。槇が寝込んでいると親づてに聞いてからと言うもの、心配で心配でたまらなかったのだ。
いつものように冬月邸を訪れた僕を、槇の母親が出迎えてくれた。槇の母親の疲れ果てた顔を見ていれば、どれだけ槇の症状が重篤であったか、どれだけ彼の家族が不安を感じていたのかが伝わってきて、僕の心はずんと痛んだ。
そしてベッドに横たわる槇を目の当たりにして——……その痛ましい姿に、僕の胸は激しく震えた。
白く美しい肌に、痛々しく浮かび上がる真っ赤な発疹。
紺色のパジャマから覗く白く頼りない首筋はしっとりと汗で艶めき、赤い花びらのような痕がそこここに散っている。まだ熱があるらしく、槇はほんのりと頬を上気させ、浅い呼吸で薄い胸を上下させていて……。
こんなにもつらい目に遭っているというのに、眠る槇の姿があまりにも艶かしいものに見えてしまい、僕は胸の高鳴りを抑えられなかった。苦しいほどに胸が高鳴り、これまでまったく性に関心のなかった僕の身体は唐突にも昂ってしまった。
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そのときの罪悪感を、どう言い表せばいいのかわからない。僕は逃げるように自宅へ戻った。そして、熱に浮かされる槇の姿を想像しながら自慰に耽ったのだった。
それ以降、槇を前にすると罪悪感に苛まれた。僕の変化を感じ取っているのか、槇からの当たりがきつくなりはじめたのもこの頃だ。
学校で槇を見かけて恐る恐る挨拶をしても、槇はツンと澄ました顔で頷きを返してくるだけ。それ以上話しかけようものなら、「うるさい! 用がないなら近づくな」といって早足に歩き去っていってしまう。これまでは、用事がなくとも自然とふたりで一緒に行動していたというのに、槇は明らかに僕を避けていた。
——槇で抜いたのがバレているに違いない……僕はそう確信した。
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