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第二章
消えない過去との決別、そして再生への「処置」
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カーテンの隙間から差し込む朝日は、かつての天童の邸宅のような冷ややかな鋭さはなく埃さえも黄金色に輝かせるような柔らかさを持っていた。
黒崎はゆっくりと重い瞼を持ち上げた。
隣には自分を「モノ」としてではなく「人」として抱きしめ、一晩中その体温を分け与えてくれた佐藤の寝顔があった。
「……ん、……あ……」
寝返りを打とうとして、黒崎は腰のあたりに走る微かな「痛み」に顔を顰めた。
昨夜の行為で擦れた場所が、じわりと疼いている。
かつての彼ならこの痛みを脳内で「快楽」へ、あるいは「主人への服従の証」へと無理やり変換していただろう。
そうしなければ、精神が壊れてしまうから。
けれど今、黒崎の胸にあるのは、純粋な、あまりにも生々しい「痛い」という感覚だった。
(……痛い。……でも、……嫌じゃない……)
それは自分を蹂躙した銀の重みではなく、一人の男として愛する人と繋がろうとした結果として残った、生きている証だった。
「……おはよう、黒崎くん。……顔を顰めているね。
やはり、まだ痛むかい?」
いつの間にか目を覚ましていた佐藤が、心配そうに覗き込んできた。
黒崎は咄嗟に「大丈夫です」と言いかけて、昨夜の佐藤の言葉を思い出し、少しだけはにかむように微笑んだ。
「……ちょっとだけ、痛い……です。でも、佐藤さんが昨夜、止めてくれたから……。
俺、ちゃんと『痛い』って思えた。
……それが、なんだか嬉しくて」
「そうか……。
痛みを痛みとして受け取れるようになったんだね。
……よかった。本当に、よかった……」
佐藤は心底安堵したように息を吐き、黒崎の額にそっと柔らかなキスを落とす。
「……あ、あの……佐藤さん」
「何だい?」
「……俺の格好……その、今、すごく恥ずかしい……」
素肌にシーツだけを纏い、昨夜の情事の余韻を全身に残した今の姿。
展示台の上で何百人の目に晒されても、銀の鎖に繋がれて膝をついても、これほどまでに「恥ずかしい」と感じることはなかった。
自意識という名の、最も高潔で人間らしい感情。
「……ふふ。そんなに真っ赤になって。
……でもそんな風に照れる君を見られるのは、世界で私だけなんだね」
佐藤は悪戯っぽく笑いながら、黒崎の肩までシーツをかけ直してあげた。
「さあ、朝食にしよう。……今日は君の体力を回復させるために、とっておきのメニューを用意しているんだ。
……キッチンまで、お姫様抱っこで行くかい?」
「なっ……! やめてください、自分で歩けます……っ!」
赤面してバタバタと脚を動かす黒崎。
その動作に合わせて、かつてなら「チリチリ」と鳴っていたはずの銀の音はもう聞こえず、ただ清潔なシーツが擦れる乾いた音だけが部屋に響いた。
朝食を済ませた後、佐藤は少し真剣な面持ちで、黒崎を診察室へと誘った。
そこはかつて銀を外した「解放の場所」だったが、今日からは「癒やしの場所」としての意味を持つ。
「黒崎くん、少し身体を診せてもらえるかな。……これからは『傷を治す』だけじゃなく、君の肌が本来の柔軟さを取り戻すためのケアを、本格的に始めたいんだ」
黒崎は一瞬、身体を強張らせたが、佐藤の瞳にあるのは支配欲ではなく一人の医師としての、そして恋人としての純粋な献身だと気づき静かに頷いた。
黒崎がシャツを脱ぎ診察台に腰を下ろすと、佐藤は医療用の高保湿オイルと組織の再生を促す特殊な軟膏を手に取る。
「まず、鎖骨からいくよ」
佐藤の指先がかつて重い銀の環が通されていた穴や、白く盛り上がった傷跡に触れる。
天童がそこを掴んだ時は常に引き裂かれるような痛みと絶叫がセットだったが、佐藤の指はまるで絹糸を紡ぐように優しく、円を描くように傷跡を解していく。
「……あ、……」
「痛むかい?」
「……いえ。……なんだか、あったかくて。
……そこ、ずっと冷たい塊が埋まってるみたいに感覚がなかったんです」
佐藤は時間をかけて、耳、唇、そして胸元に残る「小さな穴」のひとつひとつに、慈しむように薬を塗り込んでいく。
それは天童が穿った「所有の証」を、佐藤が「愛の記憶」で一つずつ塗り潰していく儀式のようだった。
そして佐藤は最も慎重に、黒崎の腰回りのケアへと移った。
八つのリングが密集していたその場所は、組織が硬くなり色素沈着も起こしている。
「ここが一番、時間がかかるかもしれない。でも毎日マッサージして血行を良くしていけば必ず柔らかくなる。
……昨夜のような痛みも、少しずつ消えていくはずだ」
佐藤は黒崎を横向きに寝かせ、自らの手のひらで強張った筋肉と皮膚をゆっくりと温めながら解していった。
「……佐藤、さん……」
「うん」
「……俺、自分の身体がずっと汚いものだと思ってました。
穴だらけで、銀に汚されて……。
でも佐藤さんがこうして触れてくれると……この身体も、悪くないなって、思えるんだ」
「汚いなんて、二度と言わせないよ」
佐藤は手を止めず、力強い声で返した。
「この穴は、君が地獄を生き抜いて自由を掴み取った『勲章』だ。
私はこの傷跡も含めて、君という人間を愛しているんだから」
黒崎の目から、一粒の涙がシーツにこぼれた。
銀の音が消えた静寂の中で、二人の間に流れるのはただ穏やかな再生の調べだけだった。
黒崎はゆっくりと重い瞼を持ち上げた。
隣には自分を「モノ」としてではなく「人」として抱きしめ、一晩中その体温を分け与えてくれた佐藤の寝顔があった。
「……ん、……あ……」
寝返りを打とうとして、黒崎は腰のあたりに走る微かな「痛み」に顔を顰めた。
昨夜の行為で擦れた場所が、じわりと疼いている。
かつての彼ならこの痛みを脳内で「快楽」へ、あるいは「主人への服従の証」へと無理やり変換していただろう。
そうしなければ、精神が壊れてしまうから。
けれど今、黒崎の胸にあるのは、純粋な、あまりにも生々しい「痛い」という感覚だった。
(……痛い。……でも、……嫌じゃない……)
それは自分を蹂躙した銀の重みではなく、一人の男として愛する人と繋がろうとした結果として残った、生きている証だった。
「……おはよう、黒崎くん。……顔を顰めているね。
やはり、まだ痛むかい?」
いつの間にか目を覚ましていた佐藤が、心配そうに覗き込んできた。
黒崎は咄嗟に「大丈夫です」と言いかけて、昨夜の佐藤の言葉を思い出し、少しだけはにかむように微笑んだ。
「……ちょっとだけ、痛い……です。でも、佐藤さんが昨夜、止めてくれたから……。
俺、ちゃんと『痛い』って思えた。
……それが、なんだか嬉しくて」
「そうか……。
痛みを痛みとして受け取れるようになったんだね。
……よかった。本当に、よかった……」
佐藤は心底安堵したように息を吐き、黒崎の額にそっと柔らかなキスを落とす。
「……あ、あの……佐藤さん」
「何だい?」
「……俺の格好……その、今、すごく恥ずかしい……」
素肌にシーツだけを纏い、昨夜の情事の余韻を全身に残した今の姿。
展示台の上で何百人の目に晒されても、銀の鎖に繋がれて膝をついても、これほどまでに「恥ずかしい」と感じることはなかった。
自意識という名の、最も高潔で人間らしい感情。
「……ふふ。そんなに真っ赤になって。
……でもそんな風に照れる君を見られるのは、世界で私だけなんだね」
佐藤は悪戯っぽく笑いながら、黒崎の肩までシーツをかけ直してあげた。
「さあ、朝食にしよう。……今日は君の体力を回復させるために、とっておきのメニューを用意しているんだ。
……キッチンまで、お姫様抱っこで行くかい?」
「なっ……! やめてください、自分で歩けます……っ!」
赤面してバタバタと脚を動かす黒崎。
その動作に合わせて、かつてなら「チリチリ」と鳴っていたはずの銀の音はもう聞こえず、ただ清潔なシーツが擦れる乾いた音だけが部屋に響いた。
朝食を済ませた後、佐藤は少し真剣な面持ちで、黒崎を診察室へと誘った。
そこはかつて銀を外した「解放の場所」だったが、今日からは「癒やしの場所」としての意味を持つ。
「黒崎くん、少し身体を診せてもらえるかな。……これからは『傷を治す』だけじゃなく、君の肌が本来の柔軟さを取り戻すためのケアを、本格的に始めたいんだ」
黒崎は一瞬、身体を強張らせたが、佐藤の瞳にあるのは支配欲ではなく一人の医師としての、そして恋人としての純粋な献身だと気づき静かに頷いた。
黒崎がシャツを脱ぎ診察台に腰を下ろすと、佐藤は医療用の高保湿オイルと組織の再生を促す特殊な軟膏を手に取る。
「まず、鎖骨からいくよ」
佐藤の指先がかつて重い銀の環が通されていた穴や、白く盛り上がった傷跡に触れる。
天童がそこを掴んだ時は常に引き裂かれるような痛みと絶叫がセットだったが、佐藤の指はまるで絹糸を紡ぐように優しく、円を描くように傷跡を解していく。
「……あ、……」
「痛むかい?」
「……いえ。……なんだか、あったかくて。
……そこ、ずっと冷たい塊が埋まってるみたいに感覚がなかったんです」
佐藤は時間をかけて、耳、唇、そして胸元に残る「小さな穴」のひとつひとつに、慈しむように薬を塗り込んでいく。
それは天童が穿った「所有の証」を、佐藤が「愛の記憶」で一つずつ塗り潰していく儀式のようだった。
そして佐藤は最も慎重に、黒崎の腰回りのケアへと移った。
八つのリングが密集していたその場所は、組織が硬くなり色素沈着も起こしている。
「ここが一番、時間がかかるかもしれない。でも毎日マッサージして血行を良くしていけば必ず柔らかくなる。
……昨夜のような痛みも、少しずつ消えていくはずだ」
佐藤は黒崎を横向きに寝かせ、自らの手のひらで強張った筋肉と皮膚をゆっくりと温めながら解していった。
「……佐藤、さん……」
「うん」
「……俺、自分の身体がずっと汚いものだと思ってました。
穴だらけで、銀に汚されて……。
でも佐藤さんがこうして触れてくれると……この身体も、悪くないなって、思えるんだ」
「汚いなんて、二度と言わせないよ」
佐藤は手を止めず、力強い声で返した。
「この穴は、君が地獄を生き抜いて自由を掴み取った『勲章』だ。
私はこの傷跡も含めて、君という人間を愛しているんだから」
黒崎の目から、一粒の涙がシーツにこぼれた。
銀の音が消えた静寂の中で、二人の間に流れるのはただ穏やかな再生の調べだけだった。
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