公女様、前世に用はないですか?

みあはら

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「よっ」

「ごきげんよう、アモンドお従兄様」

 ルウェリン公爵家は、お母様の実家だ。現在はアモンドの父であり、お母様の兄である、アルバス=ルウェリンが当主である。
 モーフェット公爵家とは関係も良好で、小さい頃はよく母と一緒にルウェリン領まで遊びに行っていた。

「キャスはまだ戻ってきてないのか?」

「ええ」

 アモンドがキャスと呼ぶのは、キャスパー=モーフェット。私の実の兄だ。
 私の1つ年上で、魔術師としての素質を買われ、10歳の頃から魔塔で修行を積んでいるため、なかなかモーフェットに帰ってこない。
 最後に会ったのは私の結婚式だから、まだこの年齢の頃のお兄様には会えていないのだ。

「アモンドお従兄様こそ、今日はレモネを連れてないのね」

 アモンドの妹であるレモネの姿がない。

「あー、いや、その……親父が、シャロと二人で話して来いって」

 歯切れ悪く、気まずそうに頭を搔くその仕草に、嫌な予感が脳をよぎる。

「お前、第1皇子を追っかけるのやめたんだろ?それを聞いたうちの親がさ……俺もそろそろ婚約者がいないと外聞が悪いから……シャロはどうか聞いてこいって」

「はぁ!?」

 皇后といいルウェリンといい、今日はなんなのよ!厄日なのかしら!?
 叫び出したくなる気持ちを抑えながら、私は大きく息を吐き出す。

「お従兄様には申し訳ないけど、今誰かと婚約を進める気は無いの」

「だ、だよなぁ!……てか、あんなに好きだったヴァージル殿下を諦めたのか?」

 ずきりと胸が痛む。
 もちろん、ヴァージルのことは大好きだったし、死ぬまでの18年間、愛していた。
 でも、殺されてまで好きでいるなんて、愚か者のすることよ。

「……もう、いいのよ。私じゃ殿下に釣り合わないしね」

 そう、吐き捨てるように言った瞬間、背後から聞き慣れた男の声がした。

「誰が誰に釣り合わないって?」

「シャロン!お待たせ!」

 ヴァージルとジャックスが戻ってきたようだ。驚いて振り返ると、ジャックスがお皿いっぱいに盛り付けたデザートを差し出してくる。

「ジャックス殿下、ありがとうございます」

 直ぐに受け取ると、ジャックスは満足そうにニコッと笑う。人懐こくて、優しい子だ。

「これはこれは、帝国の小太陽であるお2人にご挨拶申し上げます」

 アモンドが皇子たちに向かって軽く頭を下げる。適当に見えて、ちゃんとしている所があるのが意外よね。

「ルウェリン子息か。久方ぶりだな。……ところで、シャロンとなんの話を?」

「あぁ、シャロの兄が中々皇都に帰ってこないので、今日もいないのかと声をかけてました」

「確かに、しばらく姿を見ていないな。キャスパーは息災か?シャロン」

 普段は話を広げることのない彼が、今日に限って何故か言葉数が多い。

「そ、それが、家にもあまり連絡が来なくて……恐らく元気ではいると思いますが」

 お兄様はこちらが毎月手紙を送っても、4回に1回くらいしか返事をくれない。それだけ忙しいのだと思うけれど……。
 私の言葉に、ヴァージルは一瞬だけ目を細めた。

「……そうか」

 それだけを短く返し、深く追及することはしない。けれど、その視線はどこか考え込むようで、私の胸の奥がざわつく。

(どうして、そんな顔をするのよ)

 私の知るあなたは、私がどれだけ体調を崩しても、どれだけ不安を訴えても、決してそんな顔はしなかったのに。お兄様のことは心配するの?

「兄上、キャスパー様ってすごいんだよね?」

 本人にはそんなつもりは無いのだろうが、場を和ませるようにジャックスが口を挟む。

「魔塔に入るほどの才能なんでしょう? いつかお会いしてみたいなぁ」

「あぁ……魔力だけで言ったら、俺よりも強いよ」

 目を輝かやかせながらこちらを向くジャックスに、ヴァージルは兄の逸話を話している。

 兄のことを思う時、どうしても胸が締め付けられる。
 私を“家族”として無条件に大切にしてくれた存在。私が死んだ後、一体何を思っただろうか。
 私がお兄様の立場だったら、きっと相手を許せない。

「……シャロン」

 低く名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。

「何か、悩んでいることがあるなら」

 ヴァージルはそこで言葉を切った。
 まるで、この先を言う資格が自分にあるのかを量っているように。

「いえ、なにも」

 私は、先に言葉を遮った。

「殿下のお気を煩わせるようなことではありませんから」

 その瞬間、ヴァージルの表情がわずかに硬くなる。
 ――ああ、しまった。
 強く拒絶するつもりはなかった。
 ただ、これ以上近付かないで。それだけなのだ。

「兄上!」

 その空気を再び切り裂いたのは、やはりジャックスだった。

「ほら、あっちで音楽が始まるって!」

「……そうだな」

 ヴァージルは一度だけ私を見つめ、それから視線を外した。

「俺もそろそろ失礼します。妹も待ってるので」

 空気が変わったのをきっかけに、アモンドもレモネの所に戻るようだ。丁寧に頭を下げ、私の方をちらりと見る。

「……シャロ」

「はい?」

「さっきの話、無かったことにしてくれ。親父には、うまく断っとく」

 そう言って、少し照れたように笑った。

「ありがとう、お従兄様」

 心からの感謝を込めて微笑むと、アモンドは気恥ずかしそうに手を振り、その場を離れていった。

 残されたのは、私と二人の皇子。

「シャロン、僕とダンスしよう!」

「あら、殿下はもう踊れるんですか?」

 ジャックスの無邪気な声に応じながらも、私は横に立つヴァージルを意識せずにはいられなかった。

 彼は何も言わない。
 けれど、その沈黙が、なぜか以前よりずっと重く感じられる。

(……おかしい)

 前世のヴァージルは、もっと冷たかった。
 私に興味を示すことも、気遣うこともなかった。
 なのに今は――
 まるで離れていくものを掴もうとしているような目をする。

 彼のことを……恨んでは、ない。
 それでも、許しているわけでもない。
 だから、これ以上近付かないことは正しい。
 そう自分に言い聞かせ、私はジャックスの小さい手を握る右手に力を込めた。

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