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しおりを挟むシャロンがジャックスの手を取り、音楽の輪の中へ消えていくのを、ヴァージルはその場から動けずに見送っていた。
胸の奥に残ったのは、言葉にできない違和感だ。
(……拒まれた、か)
彼女の言葉は丁寧で、礼を失していたわけではない。
けれど、その一線はあまりにも明確だった。
「殿下のお気を煩わせるようなことではありませんから」
その一言が、頭の中で何度も反芻される。
――以前のシャロンなら、そんな言い方はしなかった。
彼女はいつも少し遠慮がちで、それでも視線だけは真っ直ぐこちらを向いていた。
頼ることに不慣れであったが、助けを求める時は上手くやる。
だが、今は違う。
触れられない距離を、最初から決めているようだった。
「兄上?」
音楽の合間に、ジャックスが振り返る。
シャロンと向き合いながら踊るその顔は、心底楽しそうだ。
「兄上も踊らないの?」
「……いや、俺はいい」
「えー、シャロン、すっごく可愛いのに。もったいないよ!」
そう言って笑うジャックスの後ろで、シャロンが一瞬こちらを見た。
ほんの一瞬。
けれど、その目はすぐに逸らされる。
(……何故だ)
自分が彼女に何かをした記憶はない。
だが、彼女の態度を見ているとまるで――
まるで自分が取り返しのつかない何かを、してしまったかのような気持ちになる。
ヴァージルは無意識のうちに拳を握り締めていた。
その時、背後から気配が近づく。
「随分と、熱心にご覧になっているのね」
甘く、柔らかな声。
「皇后陛下……」
振り返ると、皇后はいつもと変わらぬ優雅な微笑みを浮かべていた。
宝石のように整ったその顔は、見る者に安心感を与える――はずだった。
「シャロン嬢は、本当に可愛らしい方ね」
「……はあ」
「でも、不思議だわ」
皇后は扇を口元に当て、何気ない調子で続ける。
「あんなに可愛らしいのに、まだ婚約が決まっていないなんて」
ヴァージルは、わずかに眉を寄せた。
「まだ13歳だからではないですか?」
「もう13歳よ」
くすりと笑い、皇后はシャロンの方へ視線を向ける。
「悪くないわね」
その言葉に、胸の奥がひやりと冷える。
「……本気ですか?デュクセルと……」
「さあ、どうでしょうね」
皇后は意味深に首を傾げた。
「ただ――あなたにとっては、都合の悪いことかもしれない、というだけ」
音楽が一段高まり、拍手が起こる。
シャロンとジャックスが踊り終え、礼を交わしているのが見えた。
シャロンは微笑んでいる。
けれど、その笑顔は、どこか遠い。
(……俺は)
無意識に一歩踏み出しかけて、ヴァージルは足を止めた。
追えばいいのか。
それとも、彼女の選んだ距離を尊重するべきなのか。
「あなたの婚約も、そろそろ決めないとね」
皇后が囁く。
「彼女は、デュクセルにあてがうのが丁度いいわ」
その言葉に、ヴァージルははっきりと違和感を覚えた。
まるで、シャロンを“物”のように扱うその言い方が、気に入らない。
「……陛下」
「なあに?」
「彼女は、誰のものでもありません」
一瞬だけ、皇后の笑みが止まった。
すぐに元の優雅な表情へ戻るが、ヴァージルは見逃さなかった。
(今の言葉……)
なぜ、こんなにも強く否定したくなったのか。
自分でも分からない。
ただ一つ確かなのは――
皇后は、シャロンが慕っているほどいい人間ではないことだ。
その夜、ヴァージルは眠れなかった。
目を閉じるたびに浮かぶのは、距離を取るシャロンの横顔。
杞憂だと思いながらも、胸の奥に残る不安は消えなかった。
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