公女様、前世に用はないですか?

みあはら

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「おにいさま、まほうつかいになれるの!?すごい、かっこいい!」

 彼女が喜ぶから、この道を選んだ。







 魔塔の最奥は、常に静まり返っている。
 外界の時間から切り離されたその場所では、昼も夜も区別がなく、ただ魔力の流れだけが脈打っていた。

 床一面に刻まれた魔法陣の中央に、稀代の魔術師・キャスパー=モーフェットは立っている。
 その足元には、膨大な数の術式が幾重にも重ねられ、壁には古代語で書かれた碑文が浮かび上がっていた。

 ――すでに、何度も試した。

 治癒魔術。
 蘇生術式。
 魂の肉体固定。

 どれも、結果は同じだった。

「……やはり、無理か」

 細く呟いた声は、虚空に溶ける。

 どれほど優れた魔術であっても、
 既に失われた命を取り戻すことはできない。
 それが、この世界の絶対的な法則だ。
 目を閉じると、脳裏に浮かぶのは愛しい妹の姿だった。

 シャロン・モーフェット。
 自分より一つ年下で、少し頑固で、やけに気遣い屋で。
 いつも「お兄様」と呼びながら、幼い頃のまま、後ろをちょこちょこと付いてきた。手紙を返す頻度が少ないと拗ねてみせる様子も愛らしかった。どこに出しても恥ずかしくない、目に入れても痛くない、僕の完璧な妹。

 ――その妹は、もうこの世界にいない。

 間に合わなかった。
 気づくのが、遅すぎた。
 あいつに任せて安心だと思っていた、その油断が間違いだったのだ。

「……兄として、失格だな」

 そう言って、キャスパーは自嘲気味に息を吐く。
 だが、それでも――
 諦める、という選択だけはできなかった。

 壁に刻まれた古代文字へと、ゆっくり視線を向ける。

 《魂回帰術式》

 禁忌中の禁忌。
 命を蘇らせることはできない代わりに、
 “魂だけを過去の肉体へ送り返す”という、極めて歪な魔術。

 代償は、あまりにも重い。

 ・術者自身の魂は過去へ戻れない
 ・現在の術者の魂は時間と空間の狭間をさまよい続ける
 ・未来が変わらなければ、術者の存在は消滅する

 つまり――
 この術を使えば、自分の未来は失われる。

「……はは」

 乾いた笑いがこぼれた。

 未来など、最初から考えていなかった。
 妹を失った時点で、自分の人生は終わっている。

 それでも。

 シャロンが、生きる未来があるなら。
 彼女が、自分の足で運命を変えられるなら。優しいあの子には、酷なことかもしれないが、それでいい。

「……行け」

 震える手で、魔力を流し込む。
 魔法陣が、低く唸りを上げて回転を始めた。

 魂の座標。
 時間軸の指定。
 因果の固定。

 すべてを、妹に託す。

「これは……兄としての、最後の我儘だ」

 術式が完成に近付くにつれ、意識が遠のいていく。
 魂が引き裂かれるような痛みが、全身を貫いた。

 ――彼女なら、きっと。

 そう信じることしか、できなかったから。

「……生きろ、生きるんだ、シェリー」

 その一言を最後に、光が溢れる。

 そして、彼の世界は静かに崩れた。

 キャスパー・モーフェットの魂は、
 未来という居場所を失い、
 無数の時空の狭間へと、投げ出される。

 妹の未来が変わらぬ限り、
 彼が再び未来に“存在する”ことはない。

 それでも。

 彼は、後悔していなかった。

 ――妹が、生きるためなら


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