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第5話「守護者の名、冒険者の影」
しおりを挟む日が傾き始めたころ、ライゼンたちは《北の深森》から帰還した。
血塗れだったライゼンの外套は、途中でリィナが「怖い!」と泣きそうな顔で言ったため、川でざっと洗い流された。結果、今はしっとり濡れたまま街道を歩いている。
「いやぁ~~っ、でも本当に倒しちゃったね、シュリヴァー・ファング……!」
リィナが明るい声で何度目かの感嘆を漏らす。
「まさか右目を狙えって言われるなんて思わなかったけど、ライゼンが言うと“そうすればいい”って確信できるの、なんでだろ?」
「それだけ的確ってことよ。状況判断も、行動の早さも……正直、私たちじゃ届かない場所にいる人間だわ」
セリアが歩きながらライゼンを見る。彼は相変わらず表情を変えず、前を向いたままだったが──
「お前の狙撃が完璧だっただけだ。俺はそれに合わせただけだ」
「へ、へへへ……なんか、うれしい……」
リィナが照れ隠しに顔を逸らした。
ルークはそんな二人を見つつ、小さく笑った。
「信頼されてる証拠だ。……だが、あの獣を倒したことで、ギルドの連中がどう動くかは分からないな」
「確かに。普通の中級冒険者なら、まず無理な相手だったもの」
セリアの声に、ライゼンも短く頷いた。
(……見られるだろう、“何者か”として)
街の門をくぐり、喧騒が耳に入る。
以前と変わらぬ人の流れ。だが、その中で、彼らの姿はどこか浮いていた。
──あまりにも“異物”を倒した者たち、という空気を纏っていたから。
ギルドの扉を開くと、夕暮れの光が差し込む室内に、相変わらずの受付の男──ハイルがいた。
「……帰ったか――って、」
彼は目を丸くして、血の付いた布と報告書を受け取る。
「これは、討伐証明の牙……まさか本当に……お前らが本当に倒したのか?」
「本当ですっ!えっへん!ライゼンの指揮で完璧に仕留めました!」
リィナが胸を張る。
「……あの規模の獣を倒すとは、これはBランクの依頼者でも警戒するクラスだぞ。依頼を進めた人間である俺が言うのも変だが……信じられない、」
ハイルはしばらく無言で牙を見つめ、やがてため息とともに言った。
「……よし、ギルドとして正式に認定する。シュリヴァー・ファング討伐、成功だ」
「おお~……」
リィナが感動の声を漏らし、セリアも微笑を浮かべた。
ハイルは報告書を見直しつつ、ちらりとライゼンを見やる。
「……お前、何者なんだ?異邦人だとしてもこの動き、ただの剣士では考えられない、軍属か?」
「元守護者だ」
ライゼンはあっさりと答える。
ハイルの目がわずかに鋭くなる。
「守護者……?よく分からんが、」
「それならそれで構わない」
「……分かった。お前らしい返事だ」
ハイルは苦笑しながら報酬袋を差し出す。
「とはいえ、これは間違いなく大きな成果だ。街に“お前らの名”が知られるきっかけになるだろう」
「お、おおお……! あたしたち、ちょっと有名人……!?」
「変な格好した冷血戦士と、その仲間たちってとこだろう」
「それ悪口じゃん!」
リィナがふてくされる中、ルークが真顔で口を開いた。
「……名が広まるということは、目をつけられるということでもある」
「その通りだ。気をつけるんだな」
ハイルは真面目な顔で頷いた。
――その瞬間、ギルドの奥の扉が開き、重厚な足音とともに一人の男が姿を表す。
鋭い目をした中年の戦士。ギルド支部の幹部──
「ライゼン、と言ったな。少し話を聞かせてもらいたい」
空気が一変した。
彼の名は──ギルド長代理【グレン・アルフォード】。
ライゼンの冷徹な目が、じわりと相手を見据えた。
鋼のような雰囲気を纏うその男は、ラシェル冒険者ギルドの副支部長であり、Aランク以上の依頼を管理する実質の実力者だ。
「……“守護者”という言葉が聞こえた気がする」
グレンは受付カウンター前で立ち止まり、ライゼンを見下ろした。
「貴様、どの国の出身だ?」
「国はもう滅びかけている。名を告げる意味はない」
ライゼンは一歩も引かぬ目で答える。
その冷静さと威圧感に、リィナは小さく息を呑み、ルークはわずかに構えた。
「……どういうこと?」
セリアが低く問いかけたが、ライゼンは答えない。ただ、視線を外さずにグレンを見つめていた。
沈黙の中で、グレンはふっと鼻で笑った。
「……よかろう。少なくとも、貴様が只者ではないことは証明された」
男は一枚の書類を持ち出した。
「実は、別件で“正体不明の流れ者”の調査依頼が上がっていてな。偶然かどうか、興味深い一致だ」
それは、“正体不明の実力者”が街に現れたという匿名通報の調査書。
「誰かが俺を探ってるってことか」
「そうだ。……冒険者ギルドは表向きは依頼を仲介する組織だが、裏では有力人材を把握し、時に管理し、時に監視する。お前のような存在は特に、な」
「……面倒な世界だな」
「だが悪いようにはしない。少なくとも俺は実力主義者だ」
グレンは視線を外し、仲間たちに目をやる。
「こいつらと組んでいる以上、お前の今後はこのチーム次第でもある。──だから、任せてみたい依頼がある」
リィナが身を乗り出す。
「え!? それってもしかして……昇格試験とか!?」
「昇格とは違う。だが、今回の討伐で“Aランク並の潜在性”を見せたお前たち。それに見合う任務だ」
ルークが眉をひそめる。
「その依頼、具体的には?」
「北の森のさらに奥。未踏の地下遺跡だ。近頃、低級モンスターの消失が相次いでいる。原因を探れ」
「……モンスターが“消えた”? 何それ……逆じゃなくて?」
リィナが首をかしげるが、グレンは真面目なままだ。
「そう。何かが“狩っている”可能性がある。人か、魔物か、はたまた……」
ライゼンの眉がわずかに動いた。
「……罠の匂いがするな」
「わかっている。だが、お前たちにしか頼めない」
グレンはそこで真っすぐにライゼンを見る。
「──そして、これは個人的な興味だが。お前の戦い、“見せてもらいたい”」
その目に宿るのは、明確な《戦士》としての欲求だった。
「──いいだろう」
ライゼンが静かに応じた。
その答えに、セリアが目を見開き、リィナが「うっそ、引き受けちゃった!」と小声で言う。
ルークは静かに息を吐いた。
「……なら準備を整えよう。どうせ、俺たちの旅はここから先が本番だ」
グレンは小さく笑い、踵を返す。
「出発は二日後。情報が集まり次第、詳細は渡す。期待してるぞ、“元・守護者”」
──ライゼンの異名は、ゆっくりとこの街に広がり始めていた。
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