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あの日の約束/テーマ:あの日の約束
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あの日の約束は今も鮮明に覚えている。
小さな私が病室のベッドで横になる母の手をギュッと握ったその日の夜、母は亡くなった。
あの時、父は花瓶の水を変えに病室を出ていき、その場に残されたのは六才の私と三才の弟。
「透とお父さんのこと、よろしくね」
「うん。私、お母さんが元気になるまで頑張る」
あれから八年。
私は十四歳となり中学二年生。
弟の透は十一歳で小学六年生。
私は最期に残した母の言葉をずっと守り続けている。
朝から朝食を作り父のお弁当を作る。
父が起きてきてもまだ起きない弟をベッドから引きずりおろし、三人朝食を済ませたあとは弟は学校、父は仕事へ行く。
私は家から学校が近いこともあり、食器を片付けてから家を出る。
「お母さん、行ってきます」
仏壇に置かれた母の写真に手を振り、鍵をかけたら学校へ。
母はもう帰っては来ないけど、あの日の約束を守っている。
私に母の代わりができているかはわからない。
それでも、母との最期の約束だから。
「おはよ」
「おはよー。今日も朝からお母さんやってたの? ほんとアンタは偉いね」
教室について直ぐ声をかけてきたのは前の席の真依。
保育園からの付き合いで、私の家庭の事情を詳しく知る友人。
母が居ないからと変に気を使ったりしない真依がいたからこそ、私は学校生活も苦痛ではなかった。
母が亡くなって間もない頃、仲の良かった友達に話したら気を使われるようになって、それがなんだか居心地を悪く感じさせた。
だけど真依だけは変わらず接してくれて、それを見ていた他の友達も普通に話してくれるようになった。
当時の私は小さくて、母を失った悲しみは大きかった。
近所の人からは「何かあったら力になるからね」と言われたり「あんな小さな子供二人残してなんて可哀想ね」と話しているのを聞いてしまった。
今となっては周りが心配するのもわかるけど、当時の私は違った。
私達は可哀想なんかじゃない。
お母さんは可哀想なんかじゃない。
そんな気持ちが私を更に辛くさせた。
それでも涙は弟や父の前で流さなかった。
私はお母さんの代わりなんだからしっかりしなくては駄目だと小さいながらに思い頑張った。
小さな私に出来る事は限られていたけれど、食器を洗ったり弟の面倒を毎日みては「頼りになるお母さんだな」と父は褒めてくれて、十四となった今では更にできることが増えて母の代わりを務めている。
「ねえねえ、たまには遊ばない?」
「ごめん、家のことあるから」
「アンタね、たまには息抜きは大事だよ。他の母親だってするって」
真依が私を心配してくれる気持ちはわかるし嬉しいけど、今から帰って夕食の準備をしなくてはいけない。
私に遊ぶ時間なんてない。
その時スマホの振動が鞄の中からしたので確認してみると、連絡は父から。
メールに書かれていたのは、もう父も弟も家に帰っているという内容。
最後に「もう学校終わったか?」の文。
私はメール画面を開くと「今終わったから直ぐに帰る」と送信。
「お父さん達帰ってきてるみたいだから、また明日ね」
教室から出ようとしたときまた振動。
確認すると父からで、私はその文を読むと口元を緩め後ろに振り返る。
「やっぱり、今日遊ぼ」
「そうこなくっちゃ」
弟は小さかったから、あの時の母の言葉なんて覚えていない。
そう私は思っていたのに「たまには息抜きしなよ。今日は俺がお母さんとの約束引き継ぐから」という文。
父のスマホから弟が送ったものだ。
知ってて今まで知らないふりをしていた弟には騙されてしまったけど、お母さんは私だけじゃないんだと思えたら少し心が軽くなったように感じた。
今日のお母さんは透お母さんなんて少し心配だから、真依と遊んだ帰りに一応何かすぐに食べれる物を買って行こう。
そんな私の心配は不要だったらしく、帰った私に待っていたのはしっかりとした夕食。
私の手にしたコンビニ袋を見て弟の視線が突き刺さったけど、こんな立派な弟に育ったのは、私がお母さんの代わりをしっかりできていたからだということにしておく。
お母さん二人なら「明日も頼もうかな」なんて声に出すと「しないから」と拒否されたけど「交代でならいいよ」と言われて、私はそんな優しい弟の頭をワシャワシャと撫で回した。
《完》
小さな私が病室のベッドで横になる母の手をギュッと握ったその日の夜、母は亡くなった。
あの時、父は花瓶の水を変えに病室を出ていき、その場に残されたのは六才の私と三才の弟。
「透とお父さんのこと、よろしくね」
「うん。私、お母さんが元気になるまで頑張る」
あれから八年。
私は十四歳となり中学二年生。
弟の透は十一歳で小学六年生。
私は最期に残した母の言葉をずっと守り続けている。
朝から朝食を作り父のお弁当を作る。
父が起きてきてもまだ起きない弟をベッドから引きずりおろし、三人朝食を済ませたあとは弟は学校、父は仕事へ行く。
私は家から学校が近いこともあり、食器を片付けてから家を出る。
「お母さん、行ってきます」
仏壇に置かれた母の写真に手を振り、鍵をかけたら学校へ。
母はもう帰っては来ないけど、あの日の約束を守っている。
私に母の代わりができているかはわからない。
それでも、母との最期の約束だから。
「おはよ」
「おはよー。今日も朝からお母さんやってたの? ほんとアンタは偉いね」
教室について直ぐ声をかけてきたのは前の席の真依。
保育園からの付き合いで、私の家庭の事情を詳しく知る友人。
母が居ないからと変に気を使ったりしない真依がいたからこそ、私は学校生活も苦痛ではなかった。
母が亡くなって間もない頃、仲の良かった友達に話したら気を使われるようになって、それがなんだか居心地を悪く感じさせた。
だけど真依だけは変わらず接してくれて、それを見ていた他の友達も普通に話してくれるようになった。
当時の私は小さくて、母を失った悲しみは大きかった。
近所の人からは「何かあったら力になるからね」と言われたり「あんな小さな子供二人残してなんて可哀想ね」と話しているのを聞いてしまった。
今となっては周りが心配するのもわかるけど、当時の私は違った。
私達は可哀想なんかじゃない。
お母さんは可哀想なんかじゃない。
そんな気持ちが私を更に辛くさせた。
それでも涙は弟や父の前で流さなかった。
私はお母さんの代わりなんだからしっかりしなくては駄目だと小さいながらに思い頑張った。
小さな私に出来る事は限られていたけれど、食器を洗ったり弟の面倒を毎日みては「頼りになるお母さんだな」と父は褒めてくれて、十四となった今では更にできることが増えて母の代わりを務めている。
「ねえねえ、たまには遊ばない?」
「ごめん、家のことあるから」
「アンタね、たまには息抜きは大事だよ。他の母親だってするって」
真依が私を心配してくれる気持ちはわかるし嬉しいけど、今から帰って夕食の準備をしなくてはいけない。
私に遊ぶ時間なんてない。
その時スマホの振動が鞄の中からしたので確認してみると、連絡は父から。
メールに書かれていたのは、もう父も弟も家に帰っているという内容。
最後に「もう学校終わったか?」の文。
私はメール画面を開くと「今終わったから直ぐに帰る」と送信。
「お父さん達帰ってきてるみたいだから、また明日ね」
教室から出ようとしたときまた振動。
確認すると父からで、私はその文を読むと口元を緩め後ろに振り返る。
「やっぱり、今日遊ぼ」
「そうこなくっちゃ」
弟は小さかったから、あの時の母の言葉なんて覚えていない。
そう私は思っていたのに「たまには息抜きしなよ。今日は俺がお母さんとの約束引き継ぐから」という文。
父のスマホから弟が送ったものだ。
知ってて今まで知らないふりをしていた弟には騙されてしまったけど、お母さんは私だけじゃないんだと思えたら少し心が軽くなったように感じた。
今日のお母さんは透お母さんなんて少し心配だから、真依と遊んだ帰りに一応何かすぐに食べれる物を買って行こう。
そんな私の心配は不要だったらしく、帰った私に待っていたのはしっかりとした夕食。
私の手にしたコンビニ袋を見て弟の視線が突き刺さったけど、こんな立派な弟に育ったのは、私がお母さんの代わりをしっかりできていたからだということにしておく。
お母さん二人なら「明日も頼もうかな」なんて声に出すと「しないから」と拒否されたけど「交代でならいいよ」と言われて、私はそんな優しい弟の頭をワシャワシャと撫で回した。
《完》
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