1話完結の短編集

月夜

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刺激の魔法/テーマ:お店

1 刺激の魔法

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 一般の人の目には映らない。
 それがこのお店『魔法の館』。

 私は一般人と同じ普通の人間。
 それなのにここで働く事になった切っ掛けは、今から一年以上前に遡る——。


 毎日が退屈で、刺激が欲しいと思いながらも早々やって来ない。
 朝起きて仕事へ行き、家に帰ったら眠る。
 当たり前で、誰もが同じ社会人の日々。
 その中に、少しのスパイスを求めるのはおかしいだろうか。

 職場では貼り付けた笑みを浮かべ。
 家に帰れば静寂の暗闇の中で瞼を閉じる。
 それがつまらないと思うのは贅沢なんだろうか。
 それでも求めてしまうのは、私がおかしいからなんだろう。


 今日も朝から仕事。
 誰もいない部屋で「行ってきます」と声を出す。
 返事なんて返って来ないけど、いつもの日々から少しでも抜け出したいという抵抗のようなもの。

 鍵をかけて駅へと向かい、電車に揺られる。
 満員電車に揺られ、小さな溜息をついたとき、お尻に何かが触れた。
 最初はこの状況で触れてしまったんだろうと気にしなかった。
 でも、また何かがあたる。

 鞄だろうかと思ったけど、直ぐにそれは手である事に気づく。
 触られ続けても減るものではないし、怖いとも感じない。
 それどころか、普段とは違うこの状況に私は鼓動を高鳴らせていた。



「キミ、何で何も言わないの」



 声がした方に視線を向けると、隣に爽やかな男性がいた。
 どうやら痴漢に気づいてるみたいだけど、私はその人を不思議に思った。
 気づいているなら何故何もせずにいるのかと。

 助けを求めてるわけでもないけど、もし気づかないふりをして関わろうとしないようにしてるなら、私に声をかけてくる時点でおかしい。



「キミ、この状況を楽しんでるよね」



 図星を突かれて一瞬鼓動が更に大きく高鳴った。
 それでも黙ったままでいると「やめてください」と、私は気付かぬうちに声を発し、背後にいた男性の手を掴んでいた。

 それに気づいた周りの人の視線が私と置換男に向けられると、男は私の手を振りほどいて止まった駅で降りる。
 そして何事もなかったかのように電車は再び走り出す。



「それでいいんだよ。刺激は、別の方法でも得られるからね」



 先程の男性の声に隣を見ると、私に微笑みを向けた。

 私はあんな事するつもりはなかったのに。
 気づいたら勝手に手が動き、声を出していた。
 自分の意志に反して。



 「ここにおいで——」



 その言葉に再び隣を見ると、男性の姿は消えていた。
 まるで、最初からいなかったみたいに。


 その後私は仕事場に着くと、取引先の人と話をした。
 だがその相手は先程の痴漢で、相手は私を見るなり怒り出した。
 鞄が当たっただけで痴漢呼ばわりをされたと怒り出し、その日私は上司に叱られた。

 そんな一日の帰り道で思うことは『退屈』の一言。
 そしてふと思い出したのは、電車にいたあの男性の言葉。
 住所は私の家の近くだった。

 気づけば私の足は教えられた場所へ向かっていた。
 狭い路地を抜けてあったのは、アンティーク風のお店。



「魔法の館……」



 看板に書かれていた文字を読み、私の胸は高鳴った。
 何故だかわからないが、この扉を開けたら自分が求める刺激が手に入ると直感で感じた。

 木で出来た扉を開けると、カランカランとベルが鳴る。
 お店の中には人は居らず、私は店内に並べられた商品を見ていた。
 ただの木の棒だったり、懐中時計だったりと色々なものがあり、どの商品にも金額は書かれていないが一枚の紙が置かれている。

 木の棒の前に置かれていた紙には、よくわからない文字で何かが綴られている。
 外国の言葉だろうか。



「ようこそ、魔法の館へ」



 いつの間にいたのか、声に気づけばカウンターには今朝の男性がいた。



「あの、このお店は何のお店なんですか。それと、何故私をここへ?」

「一つ目の質問の返事は、店の名の通り魔法を売っている。二つ目の質問の返事は、キミにここで働いてもらいたいと思ったからだよ」



 一つ目も二つ目の返事も私にはわからない。
 魔法を売ってるとはどういうことなのか。
 私をここで働かせたいとはどういうことなのか。
 新手の客引きなのか。



「今朝キミの手や声は、自分の意志とは関係なく動いたよね。それは、僕がこれを使ったからなんだ」



 そう言って見せた掌には何もない。
 からかわれてるんじゃないかと訝しげな表情を浮かべていると、男性はクスリと笑う。



「これは、使用者しか見えないんです」

「何だか詐欺みたいですね」



 魔法みたいな非現実的な言葉に私は的確の言葉で返す。
 それでも笑みを浮かべている男性を見ていると「ここで働いてみませんか」と言われた。

 魔法を売るというインチキ臭いお店。
 何を考えているのかわからない男性。
 私は「考えておきます」とだけ言い残してお店を出た。

 あんないかにも怪しい店で働く人なんているわけがない。
 でも私は、すでに興味を惹かれていた。
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