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落とされた人間と神様
しおりを挟む「何でだよ!」
俺はロープを握りしめ、声を張り上げる。
「何でこんなことを……」
強い風にあおられ、ロープにぶら下がった俺の体が揺れる。
手を離したらガケの下まで真っ逆さまだ。
「無様だな? ライゼル?」
のぞき込むように声をかけて来るのはクラスメイトのジーク。
その見事な金髪も、青い目も、整った笑顔もいつも通り。
なのに聞いたこともない、ゾッとするような声だ。
《 ギィッ……ギイイッ……! 》
ジークが右手で鷲掴みにしているドラゴンが鳴いた。苦しそうに暴れてうめく。
あんな風に頭をつかんだ位でドラゴンを捕まえられるとは思えない。
あの複雑な模様のついた手袋に、何か魔法が仕込んであるのだろう。
約1mと小さいけど本物のドラゴン。ウロコは金色。
聖獣士を目指す者なら誰もが憧れる伝説種の聖獣・ゴールドドラゴンだ。
長い尻尾をくねらせ、羽をバタつかせて爪を立て、必死に抵抗している。
「俺が見つけたドラゴンだぞ!」
精一杯の抗議も、この体勢では虚しく響くばかり。
ジークは聞き分けのない子供を諭すような笑顔で俺を見下ろす。
「聖獣をテイムするのは早い者勝ち。いや、ゴールドドラゴンは、勇者となる俺にこそふさわしい」
そう言うと、手に力を込めた。
《 ギァアアアァッ……ッ! 》
つかまれたドラゴンが叫び声を上げる。
「やめろ! 苦しそうじゃないか。放してやれ!」
「うるさい! 俺に指図するな!」
怒鳴りながら蹴り飛ばした小石が頭の上からパラパラと降って来る。
「くそっ、覚えてろよ? 学校に帰ったら…」
俺の言葉に、ジークはクスクスと笑う。
「何がおかしい? 聖獣に危害を加えるなんて。先生が聞いたら…」
「心配ない。目撃者は居なくなる」
「え?」
ジークは再度、ドラゴンを握る手に力を込める。
苦しむドラゴンは口を開け、小さな炎を吐いた。
「おっと」
その炎を、俺がしがみつくロープに向ける。
岩をも溶かすドラゴンブレスだ。小さな威嚇の炎でも、ロープなど一瞬で焼き切れる。
「何を……ッ」
聞くまでもない。
千切れたロープを握りしめる手に、自分の体を支える重さはない。
「うわあああぁあぁぁぁ………っ……!」
垂直に近いガケの岩肌で一度バウンドした後、俺はそのまま何十メートルも下の森へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
「何故ですか!?」
小さな体からありったけの勇気を振り絞るように、クオンタムは叫んだ。
相手は出現してから永い時を経た偉大なるゼナス神。
まだ三千歳かそこらの幼いクオンタムとは神としての格が違いすぎる。
けれども、こればかりは許せぬ。言わなければ、とクオンタムは思った。
「何故、あんなことを……」
振り向いたゼナスの目に感情の色はない。
ただ高みより見下ろすのみ。
「私は忙しい。お前と遊んでやるヒマなど……」
「ごまかさないでください! 何故、聖獣を傷つける手伝いなど、なさったのですか?」
クオンタムが差し出した手のひらに光球が現れ、そこに頭をつかまれたゴールドドラゴンの映像が浮かぶ。
「この制魔の手袋から、ゼナス様の御力を感じますっ」
必死になってにらみつけるクオンタムに、ゼナスは薄く笑う。
「魔物から身を守るためにと、人の子に与えたことがあったやも知れぬ」
遠い昔に落とした物の話をするような調子で切り上げようとするが、クオンタムは納得しない。
「あの島にいる聖獣たちは、みな神々の眷属です。今では人間界で神の御用をつとめることはありませんが、他の神様の…」
「今は私が人間界で唯一の神だ」
「ではっ、あのドラゴンの子と崖から落とされた人の子を助けてあげてください!」
「人間に直接手助けするのは、この神界の掟で禁じられておる」
「でもっ」
「クオンタムよ…。そなたはまだ若い。ひと時の感情では測れぬ深淵たる神の思慮があると心得よ」
「それは……でも……」
クオンタムの神としての力はまだ未熟。めぐるましく変わる人間界の事情を理解するまでには至らない。
ゼナスほどの神なら世界中どこでも広く見通す力を持っているが、クオンタムにはまだそれほどの力はない。古い時代の神の力が残る、『神々の島』と呼ばれる聖域をのぞき見るのが精一杯だった。
そこへやって来る人間たちは、古き神の眷属を聖獣と呼んで慈しみ、縁を作る術で連れ帰る。
そんな仲の良い人間と聖獣を見ているのが、クオンタムは好きだった。
最近は、聖獣や古い神々に敬意を払うライゼルという少年がお気に入りだ。
彼は力のある聖獣ばかりでなく、小さく弱い聖獣にも優しい。そのやりとりも楽しいため、ついつい日に何度も様子を見ている。
そして今しがた、ライゼルがジークに崖から突き落とされる現場を目撃してしまったのだ。
何か深い理由があるのかもしれない。
でも、
「やっぱりぼく! 助けに行きます!」
「何?」
「今すぐならきっと助かる! 神々の力が残るあの島なら、ぼくの力でもケガを治せる。今ならまだ…」
「行くのか?」
「はい!」
一歩踏み出したクオンタムを見て、ゼナスはニヤリと笑った。
「行くのだな?」
「………え?」
急激に変わったゼナスの神気に、クオンタムは背筋が凍るような恐怖を感じて振り返る。
「お前は弱いくせに小賢しく、なかなか隙を見せなかったが、こんな事でチャンスが訪れようとは…ククク……」
「ゼナス…様?」
急激に湧き上がる黒い雲。
稲光りと雷鳴を身にまとい、ゼナスは天を突く大男へと姿を変える。
神界の最高位、人間界で全知全能の唯一神と崇められるゼナス神は、クオンタムを見据え、宣言する。
「若きクオンタムよ。掟を破った罪で、霊力没収の上、神界追放とする!」
ゼナスの声は雷の如く神界中に響き渡った。
すう、と何かが体から抜けていくのを感じる。
突然のことに理解が追いつかないクオンタムは、思わずよろけて後ずさった。
だが、そこに足を支える地面はなかった。
「あ、あああぁぁぁーーー~~~っ…」
落ちてゆく。深く、深く。
「愚か者めが。お前が気に入っていた『神々の島』で、人間のように地べたに這いつくばって生きるがよい。せめてもの神の慈悲よ。フハハハ……」
また新しい力を手に入れたゼナスの上機嫌な高笑いは、人間界まで落ちたクオンタムに届くことはなかった。
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