神々の島の聖獣士〜勇者に聖獣を奪われて殺されかけた俺を助けてくれたのは小さな黒ウサギでした〜

浅間遊歩

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アトラ聖獣学院

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 遥か昔。
 まだ人々が今のように偉大なるゼナスを唯一神として崇拝すうはいするようになる前。
 地上には様々な民族と文化があり、そして数多くの神々がいた。
 それらの忘れ去られた古い時代の神々は、今ではほとんど力を持たず、『神々の島』と呼ばれる聖域でのみ気配を残している。

 『神々の島』は、大陸に囲まれた内海に浮かぶ大きな島である。
 そこには不思議な力を持つ多種多様な聖獣が住む。
 聖獣を手懐けて契約した人間は、その膨大な魔力と特殊能力を取り込むことができる。そのため世界中から力を求める人々が殺到し、国同士の争いに発展することも珍しくなかった。

 だが今では世界情勢の安定と聖獣保護を理由に、島への勝手な出入りは禁じられている。
 島は西の大国ストラツファの管轄下にあり、そこには聖獣を使役する聖獣士を育成するアトラ聖獣学院が作られた。

 学院は世界中に門戸を開いているが厳しい入学試験と卒業試験があり、卒業して聖獣士になるのは容易ではない。
 島には結界が張られており、学院の関係者が乗れる船でのみ行き来する。
 そこで学生達は、日々、聖獣について学び、テイムする聖獣を探し、そして、……自分の畑の世話をする。


「こらーーーーっ!」

 よく晴れた青空に少年の声がこだまする。
 ライゼル・ユークリッド。15歳。アトラ聖獣学院の学生だ。
 早朝から畑仕事に精を出していた他の学生達は「またか」と頭を振る。

「それは聖獣様にお供えする野菜だぞ!?」

 声を張り上げたライゼルがビシィ!と指差す先には一匹のウサギ。
 小さなウサギは畑から掘り上げたばかりのニンジンを抱え、コテンと首をかしげる。
 色はライゼルの髪の毛と同じでツヤのある黒だ。
 違うのは目の色。
 ライゼルは緑でウサギは紫。

「毎日、毎日、俺の畑ばっか狙いやがって~っ!」

「キュ! キュ!」

「返せ!」

「キュ、キュキュ!」

「ちゃんと後で祭壇にお供えしとくから、そこから取れよ」

「キュウ~」

 体の割には大きくれた耳が、動く度に揺れている。
 つぶらな瞳をキラキラと輝かせて、黒ウサギはジッとライゼルを見つめる。

「うう………そんな可愛いポーズでねだっても…ダメ……だから……」

 ここで許したら悪いクセがついてしまう。は最初が肝心。
 ダメだ。甘やかしてはダメ……
 俺が自制心との葛藤を続けていると、後ろから笑い声がした。

「あーっはっは。もうあきらめろ、ライゼル。その黒うさぎ、とっくにお前の畑の常連じゃん。そんなチビだって、一応、聖獣様なんだし?」

 麦わら帽子の下には、陽に焼けたそばかすだらけの顔。
 なかなかの男前なのに、どことなくイタズラ小僧の雰囲気が抜けきってない。
 オレンジ色に見える明るい茶髪に焦げ茶色の瞳。
 ダァン・オルウェン、入学試験会場で意気投合して以来の親友だ。
 割り当てられた畑が近いので丸見えだったようだ。
 他人事だと思ってゲラゲラ笑っている。

「駄目だ、ダァン。提出用の野菜をそろえてるとこなんだ」

 アトラ聖獣学院では育てた野菜を定期的に提出する課題がある。
 野菜の出来によって成績も変わるから気が抜けない。
 なぜなら、学院の生徒が育てる野菜は単なる食用ではない。島の聖獣達といにしえの神々への供物になるのだ。
 島に残る神々の力と、世話をした生徒の魔力を吸収して育った野菜はとても美味しく、聖獣のエサとしても一級品。
 いずれ、自分で育てた野菜を手に、将来のパートナーとなる聖獣を探しに行く。

「でも数は足りてるんだろ?」

「こいつ、一番イイヤツを取ってくんだよ」

 俺はウサギが抱えているニンジンを指差す。ダァンは足元に注意しながら畑に入って来て、掘り上げたばかりのニンジンの山を見比べた。

「たいして変わんねえよ、どれも。お前、野菜育てるの上手いから。お供えすると思って一本あげれば? いつも余った野菜をあちこちの聖獣に配ってんだろ?」

「あげるのと勝手に取ってくのは違う」

 口をへの字にしながら答える。

「でもこの子、毎朝、ライゼルが来るまで待ってるよ」

 騒ぎを聞きつけて、少女が黒ウサギの側にやって来る。
 クラスメイトのファニーナ・テラス。
 蜂蜜色の長い髪を農作業の邪魔にならないように後ろでまとめている。
 ラベンダー色の瞳は黒ウサギに釘付けだ。

「ライゼルがいない時には、絶対、野菜を取ったりしないの。たぶん、欲しい野菜はコレ!ってアピールしてるだけなんじゃないかな。ね?」

「キュ!、キュ!」

 そうだ、そうだ!と言いたげな鳴き声。

「うんうん。いつもウサちゃんより早く来てライゼルの畑を見張ってるニーナが言うんだから間違いない!」

「ちょっと! カチュア!?」

 ファニーナの後ろから赤毛のポニーテールが顔を出した。
 カチュア・マーシー。オリーブグリーンの瞳が笑ってる。
 この二人は仲が良くていつも一緒。
 ニーナというのはファニーナの愛称だ。
 変な事をバラされたニーナのほほが赤く染まる。
 二人の目当てはもちろん……

「「 かぁわいい! 」」

 聖獣様だ!
 二人してしゃがみ込み、黒ウサギをなで始める。

 小さなウサギとはいえ本物の聖獣だ。
 島に居ても、聖獣に触れる機会はあまりない。
 この黒ウサギは俺の畑の野菜を抱え込むと許可を出すまでジッとそこにいて、他の人間が触っても気にしないので聖獣を可愛がりたい学生が集まって来てしまう。
 特に女子が。
 気恥ずかしい上、他の男子学生からのやっかみもあるので、いろいろ面倒なのだ。

「あ、聖獣様が来てる!」
「ホントだ!」
「アレかぁ~。畑に来る聖獣って」
「どれどれ?」

 ヤバい。人が増えてきた。

「うう……仕方ない。。持ってけ!」

「キュ! キュキュッキュ~!!」

 うれしそうに鳴いてジャンプする黒ウサギ。すぐにキラリと光って消える。
 最初は野生動物だと思ってたからビックリしたけど、もう慣れた。

 結局、毎日同じセリフを言っている気がする。
 畑作業を見ていたチビうさぎに小さなニンジンをあげたのが始まりだ。
 それから毎日来やがる。

「モテモテだな、ライゼル!」
「ヒューッ、うらやましいねえ!」

 わざとらしい笑い声と共に農道を行くクラスメイトから声をかけられる。
 何かと因縁をつけてくる面々だ。

「いっそアレと契約しなよ」
「そうそう。相性バッチリ」
「ダンスでも仕込めば、もっと女にモテるぜ」

 口々に言いながら大笑いをしている。
 俺のことが嫌いなら放っておけばいいのにヒマな奴らだ。その上、チビ助までバカにして!
 わざわざ立ち止まって絡んでくるから農道が渋滞している。

「おい」

 人混みの後ろから、よく通る声。

「小さいとは言え聖獣様だ。笑い者にするんじゃない」

「あっ、ジークさん」

 騒いでいた男子学生達があわてて姿勢を正す。
 現れたのはクラスで一番の人気者、ジーク・シュトラウド。
 背が高くて金髪碧眼、容姿端麗、絵に描いたような王子様然としている。
 学業も、武術や魔術も優秀で、その上、嫌味のない性格で人望も厚い。
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