神々の島の聖獣士〜勇者に聖獣を奪われて殺されかけた俺を助けてくれたのは小さな黒ウサギでした〜

浅間遊歩

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勇者候補

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 自然と人垣が割れ、ジークが歩いて出て来る。

「聖獣が寄って来るなんて素晴らしいじゃないか」

 そう言ってニコリと微笑むと、離れた所から女子の歓声が響く。
 それから男子学生が支えている手押し車に目をやり、
 
「君たち、道をふさいでいてみんなの迷惑だ。早く進んでもらえないか? 授業に遅れたくないんでね」

「はひっ」
「そ、そうっすね」
「すいませんっした!」

 3人は作物を載せた手押し車を押して走ってゆく。

「……ども…」

 礼を言った方がいいんだろうか?
 モゴモゴと口ごもると、ジークはフッと笑い、

「君達も遅れないようにね」

 と、さわやかな笑顔を残して去って行く。完璧だ。

「さすがジークね」
「ステキ…」
「見事な対応だわ」

 あちこちからジークを称賛する声。主に女子。

「くそっ。なんかくやしい」

「ぷ。何だそれ」

 ダァンが吹き出す。

「……心の声を聞くなよ、ダァン」

「口からダダ漏れてんぞ」

「なんかさあ…、全てにおいて負けてるって感じ?」

「まー、同い年とは思えないよなー」

 男ふたりで、そこはかとなく敗北感を味わっていると、後ろでニーナとカチュアがひそひそウワサ話を始める。

「ねえ聞いた? あのウワサ!」

「なになに?」

「院長先生の所に、聖教会から緊急連絡があったんだって」

 聖教会は唯一神ゼナスを祀る宗教施設だ。町や村の至る所にあって人々の生活の基本になっている。
 区域ごとに住人が所属する聖教会があり、それらを取りまとめる組織も聖教会と呼んでいる。
 一応、小さい頃に洗礼を受けて以来、親と一緒に毎週礼拝に通っていた。
 だがそれほど熱心な信者でない俺は、何故そこで聖教会が出てくるのか分からない。

「ゼナス様から、『勇者が現れる』というお告げがあったみたいなの」

「それってもしかして…」

「そう。正式な発表はまだだけど、ジークじゃないかって」

「「 ええ!? 」」

 聞き耳を立てていたダァンと俺は思わず振り返る。

「勇者って、勇者?」

「世界を救う者として聖教会が与える称号ね」

「すげえ!」

「でも、『いさましき者』を必要とする状況になるって意味でしょ? つまり魔族による人間界侵略、戦争の危機が高まっているってことよね?」

 ニーナが心配そうに眉をひそめる。
 歴史的に見て、聖教会が勇者を認定するのは、いつも戦争か動乱が始まる前なのだ。

「勇者が優秀なら全面戦争になる前に終わることもあるさ」

 ダァンが安心させるように言う。

「それより……今は収穫を急いだ方がいいんじゃないか?」

「あ!」

 忘れてた。

「ほら、急げ急げ。このニンジンも積んでいいか?、ライゼル」

「おう。すまん」

 選別して特に良い物を提出しようと思っていたのだが、それどころではない。
 実習畑にはもう誰も残っていない。
 ダァンの言う通り、選ぶのに悩むほどならどれでも大差はないのだ。
 良さそうなのを手当たり次第に収穫する。

「あたし達も手伝うよ」

 農作物の提出は週ごとに担当があるのだが、ダァン達は今週ではないらしい。みんなで手押し車にニンジンを積み上げていると、犬を連れた畑番のおじさんが見回りに来た。

「おや、まだ残ってたのか。もうすぐ授業が始まるよ」

「ちょっと収穫に手間取っちゃって」

 おじさんは学院に雇われた職員のひとりで、この島に昔から住んでいる人らしい。
 おそらく先祖が聖獣狩りに来て、そのまま居着いた一族なんだろう。
 モジャモジャの長い髪を後頭部でまとめ、ヒゲもモジャモジャ。肌は浅黒く、南の大陸に住む民族の面影がある。

「農具はしまっておいてあげるから、そこに置いて早く行きなさい」

「ありがとうございます!」
「よろしくお願いしますっ!」
「おじさん、ありがとう」
「リド、またね!」
「バウ!」

 リドとは、おじさんが飼っている番犬の名前。
 おじさんよりもモジャモジャな犬だが、あの子も一応、聖獣らしい。
 人の言葉が分かるようで挨拶すると返事をしてくれる。
 島では食料用に持ち込まれた家畜以外、みな聖獣とされている。
 見た目は他の地域に生息する動物と似ていても、島の在来種はどれも高い魔力と知性を持つ。
 元から別の種族なのか、この島で長く暮らすうちに変化したのかは分かっていない。


   ◇ ◇ ◇


 アトラ聖獣学院は、聖獣士を目指す者が学ぶ学校だ。
 卒業して聖獣士になれば各国の軍隊から引く手数多あまた。民間のギルドに入って護衛や討伐の任務につくのもいい。
 地位も収入も安定した職が得られるが、人々が聖獣士を目指す理由はそれだけではない。
 人語を解す聖獣を操り、時には一体化して悪人や魔獣を倒す聖獣士は、みんなの憧れなのだ。

 約百年前に魔族が人間界に攻め込んできた時、それを迎え撃った勇者は聖獣士だった。
 パートナーのゴールドドラゴンと共に戦場を駆け抜け、仲間を鼓舞し、敵を撃ち破る様は英雄譚にうたわれている。
 数百年前、さらにもっと昔の魔族との戦いでも、勇者と呼ばれる英雄はみな聖獣士。
 それらの昔話を聞いて育つ子供達が聖獣士に憧れない訳がない。

 『神々の島』に住む聖獣は、おおまかに3種類に分類されている。
 普通の動物とほとんど同じ姿をしているのが通常種コモン
 比較的見つけやすく、契約しやすい。それでいて種類によっては十分に役立つ。馬の聖獣士だけの部隊は非常に機動力があることで知られている。

 通常種とよく似ているが色違いだったり、大きさが著しく異なったり、一部に変わった部位パーツを持っていたりして、より能力が高いのが希少種レア

 さらに上位の伝説種レジェンドは、もっとも強く、ほとんど見かけることがない。その潜在能力は果てしなく、自然界には存在しない独自の姿をしている。高い知能を有し、人語を解すだけでなくパートナーとなる聖獣士と会話すらできるという。

「先の大戦で勇者が使役したゴールドドラゴンが伝説種の代表だ」

 聖獣学の先生が黒板に書きながら説明する。
 クラス全員がうなずいた。
 学院の生徒でなくても誰もが知っている情報だ。

「毎年、卒業する学生が契約して連れて帰る聖獣のうち、伝説種はほんの数体。全く居ない年もある。努力と相性、それに運も必要だろう。もちろん本人の高い能力が必須となるのは言うまでもない。この100年、ゴールドドラゴンを捕まえた者は居ないが、今年こそ契約を果たす者が出るのではないかと期待している」

 先生の言葉に、クラス中の視線がジークに集まる。

「勇者…」
「…勇者?」
「勇者らしいぞ」

 ざわざわ…

「頼んだぞ、ジーク」

「はい。先生」

 微笑むジーク。
 クラス中から歓声が上がる。
 すでに勇者の称号が与えられたかのような熱気だ。

 それを見ながら、俺はポケットの中の物を握りしめた。
 まだ誰にも見せた事はない。
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