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第3章 まもり草の黒い花
森の声
しおりを挟む聖域の朝は、なんて清々しいものなのだろう。
窓の外からは小鳥達のさえずりが聞こえてくる。
サラサラと梢を渡る風の音と一緒になって、妙なる天上の音楽の様だ。
あまりに心地良くて、目を覚ましてしまうのがもったいない。
ミリアナは、しばらくまどろみの中にいた。
〈 ヨウヤク キタ… 〉
〈 ズット マッテタ 〉
〈 アト スコシ 〉
〈 ウレシイ 〉
〈 タノシミ 〉
〈 タノシミ ! 〉
遠くで話し声がする。でもマグリー達ではない。知らない声だ。
夜のうちに誰か到着したのか、近くに別の宿泊所でもあるのかも。
「ミリアナー、起きてるー?」
ノックの音と共にマグリーの声。ミリアナはあわてて起き上がった。
ベッドの隣に寝ていたはずのルルーシェの姿はない。もう起きている様だ。
「おはよう! ちょっと待って」
返事をしてからベッドを飛び出し、窓を開ける。森の新鮮な空気が流れ込んで来た。ひんやり冷たくて甘い緑と土の香り。
二階の窓はガラス張りではなく板戸なので、開けないと部屋が暗いままで物も探せない。
それから着替えを済ませ、ついでに窓の外を見る。
(さっきの声はどこから…?)
人影はない。目に入るのは、新緑の木々だけ。もうどこかへ行ってしまったようだ。
廊下に出ると、マグリーが待っていた。
「顔を洗いに行こう。父さんがコーンブレッドを焼いてる」
「わあ! 焼き立てに間に合わせなきゃ」
二人は大急ぎで階段を降りる。
一階にはルルーシェさんが居た。出発の準備をしている。
「おはようございます!」
「あら、おはよう」
朝の挨拶をしてから横を走り抜けて裏の泉に向かう。
汲みたての泉の水で顔を洗い、口をすすぐ。汚水が泉に流れ込まない様に気をつけながら。
「さっき、話し声がしたわね。誰か来たの?」
起きる直前に聞いた会話を思い出し、マグリーに聞いてみる。
「え? いや、来てないと思うけど……あ、兄さーん!」
少し離れた場所で朝の鍛錬をしているデレファンを見つけ、声をかける。
「今日、他に誰か来た?」
「ん? いやあ? 見てねーな」
デレファンは汗を拭きながら近づいてきた。鍛錬は終わりの様だ。
私はさっき聞いた会話を繰り返す。
「目がさめる少し前に、『ようやく来た』とか『うれしい』『楽しみ』って話す声が聞こえたの」
「早朝の聖域ツアーかな? 泊まらずに散策だけして帰るコースもあるんだ」
「風に乗って声だけ届いたんじゃない?」
「そういえば、かなり小さな声だったわ」
私は買ったばかりの新しい亜麻布で顔を拭きながら答える。
「みんなー、ご飯よー! コーンブレッドが焼けたってー」
ルルーシェさんがテラスから呼んでいる。
「やったー。俺、カリカリのとこー」
「馬鹿。まずお客さんが先だ。ミリアナとルルーシェに聞いて取り分けてやれ」
走り出そうとする弟の頭にデレファンのゲンコツが落ちる。
「ううう、暴力ハンターイ!」
痛そうに頭頂部を押さえるマグリー。
「いいのよ。マグリーもミリアナも成長期ですもの。遠慮しないでたくさん食べてね、…って、作ったのはルーベンさんだけど。ふふ」
コーンブレッドと薫製肉、それと野菜の酢漬けで朝食を取る。
牛乳もあれば良かったけど、さすがにそれは我慢。その代わりに美味しい泉の水と、香りの良いハーブティーが付いた。
朝食が終わってすぐに、ルルーシェさんは遺跡調査に出発した。
「ギルドの連中ったらホント、人の話を聞かないんだから…」
遺跡調査をさっさと終わらせろと言われた事に、まだ腹を立てていた。
「でも仕事は仕事ですからね。大急ぎで回ってくるわ」
ホルスト郷に着いたら冒険者ギルドでワームの件を再度報告しておくことを約束してルルーシェさんとは別れた。
後片付けをしてから私達も出発する。
次の目的地は、聖域の奥にあるホルスト郷だ。
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