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第3章 まもり草の黒い花
古の知恵と新しい発見
しおりを挟む六角館に到着すると、辺りは騒然としていた。
「何かあったのかしら?」
「あ、ララウクラウ様ッ!」
衛兵らしきノームが駆け寄ってくる。
「ここは危ないですから、下がってください」
「どうしたの? 一体…」
その時、六角館の正面のドアが開き、何人ものノームが並んで出てきた。
「落ち着いて! 二列になって、ゆっくり歩け! 荷物は後で回収するッ。身の回りの物だけ持って避難するんだ」
避難誘導をしているのはデレファンだった。
「黒い花……黒い花の祟りです!」
ノームの衛兵が震える声で言う。
「偉い学者先生が黒い花を調べようとして…、倒れたんです」
「何ですって!?」
驚いて固まったララウの後ろからミリアナが問いかける。
「ここに黒い花があるの? リアン草の?」
「はい。病気の原因を調べるために」
オロオロと取り乱す衛兵。
気づいたデレファンがこっちにやってきた。
「帰ってきたのか。今は入っちゃダメだ」
「誰か倒れたって?」
マグリーの質問に、デレファンは顔をゆがめた。
「病気の花を調べようとした学者先生が、花を切開した途端に苦しみ始めて…、泡を吹いてブッ倒れたんだ。顔中、黒っぽく爛れている。強い毒性を持つ未知の病気かもしれない」
「ねえララウ、もしかして…」
「ええ、ミリアナ。たぶん、間違いないわ」
ララウはすぐに、自分の胸の上で手のひらを重ねて目をつむり、祈った。
「豊穣と慈愛の地母神・ファーティエン様、あなたの子羊を癒す力をお貸しください」
祈りで充填される聖なる力は、あまり長時間は保たないらしい。
「行きます!」
キッと顔を上げたララウは、単身、六角館へ飛び込んで行った。
「助かったよ……」
男は力なくうめいた。
黒い花を解剖しようとした途端に激しい悪寒とめまいを感じて意識を失い、気がついた時は病院のベッドの上だった。
植物学者のハリス・ヒューロンは、命の恩人であるララウクラウを複雑な思いで見上げている。
(この少女はノームの大族長の娘だ。ノーム族全体に借りを作ったも同然。どんな無理難題を吹っかけられるか…)
だが、ララウはそんなハリスの心配をよそに、とんでもない事を言い出した。
「先生、あの黒いリアン草の花は、病気ではなく瘴気を吸収していたんです」
「何だって?」
突然の事で頭がついていかない。
「ミリアナが発見したの。ね、ミリアナ」
「リアン草は邪気を祓って呪いを解く薬の材料だそうですけど、瘴気を消すのではなく吸い込んで取り除くみたい。特に花びらの部分に瘴気を溜め込むの。葉っぱはそれを外に出さないようにしてる感じ」
「ほら、ビックリでしょう?、先生。そんな事ってあるかしら?」
外見は同じ年頃に見えるノームと人間の少女。ノームは小柄で幼く見えるため、実際にはノームの方がだいぶ年上だろう。
だが、学問を修めるには若すぎる子供達だ。普段の彼なら一笑に付したに違いない。
しかしその彼らに命を救われた今、以前よりほんの少しだけ柔軟に物事を考え、他人の意見を受け入れられる様になっていた。
「ふうむ。言われてみれば、リアン草の薬効が高まるのは花が付いている時だ。葉と茎だけでは、呪いの効果を抑えるものの完全に解呪するには至らない。花とその他の部位では働きが違うということか?」
「ホルスト郷では人間式の薬を作るより前、ずっと昔から、リアン草を育てていたわ。邪気を祓う守り草として各家の屋根に植えられていたの。リアン草の花が咲けば、その一年は無事に過ごせると言い伝えられてたのよ」
「ううむむむむむ…」
伝承や迷信というものは意外と馬鹿にできない。何かしらの真実を含んでいる場合があるからだ。
「これは……新発見だ! 今すぐ研究しなくては! 誰かペンとインクと紙を…ッ! リアン草も…、黒い花も持ってきてくれ、早く!!」
ハリスは布団をはねのけて飛び起きた。
ノーム族に対する負い目も、それ以前に持っていた見下す気持ちも、自らの研究の前には綺麗サッパリ消えて無くなっていた。
「ここは病院ですよ!? 大人しく寝ていなさい!」
騒ぎを聞きつけて飛んできたノームの看護婦長の低い声が病室に響き渡る。さらに、
「睡眠!!」
すばやく呪文を唱える声。
…そして病室には静寂が訪れた。
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