今さら戻れと言われても....

きららののん

文字の大きさ
2 / 30

2

パーティー会場の外は、私の心を見透かしたような土砂降りの雨だった。

濡れたドレスが鉛のように重く、足元を掬おうとする。

私は一人、公爵家の別邸へと続く裏道を歩いていた。

「お姉様、そんなに急いでどこへ行くのですか?」

背後から、鈴を転がすような甘い声が届いた。

振り返ると、そこには豪奢な傘を差したセアラが立っていた。

彼女の隣には、さきほど私を断罪したはずのジュリアン殿下ではなく、護衛騎士の一人が控えている。

「セアラ……。何の用ですか。勝利の余韻に浸る時間は終わったのですか?」

私が冷ややかに問い返すと、セアラはクスクスと肩を揺らして笑った。

「勝利だなんて、人聞きの悪い。私はただ、お姉様が可哀想だと思ってお見送りに来ただけですよ」

セアラは一歩近づき、私の耳元で囁いた。

「ねえ、お姉様。どんな気分? 泥棒猫みたいに追い出される気分は」

会場での泣きじゃくる姿はどこへやら、その瞳にはどす黒い悦悦が宿っている。

「……やはり、すべて貴女が仕組んだことなのね」

「あら、心外ですわ。証拠を揃えたのはジュリアン殿下ですよ? 私はただ、彼が信じたい真実を提示してあげただけ」

セアラは勝ち誇ったように、私の頬を指先でなぞった。

「殿下はね、私の涙に弱いの。お姉様みたいに可愛げのない、正論ばかりの女は飽き飽きだっておっしゃっていたわ」

私はその手を振り払う。

「嘘でも何でもいいわ。でも、これだけは言っておく。貴女が手に入れたのは、私がいらなくなった残飯のような男よ」

「……なんですって?」

セアラの顔が怒りで一瞬歪んだが、すぐにまた醜悪な笑みに戻った。

「強がりもそこまで。お姉様がこれから行くのは、魔物が跋扈する極寒の地……ヴォルガード領。あそこの辺境伯は『氷の死神』と呼ばれているそうよ? きっと、生きては帰れないわね」

彼女は私を突き放すように背を向けた。

「さようなら、お姉様。公爵家の恥として、ひっそりと死んでくださいな」

セアラが去った後、私は用意されていた一台の馬車を見つけた。

それは公爵家の紋章が塗りつぶされた、窓もない荷馬車のような代物だった。

「エリシア、乗れ」

そこには、父であるクロムウェル公爵が立っていた。

「お父様……」

「私を父と呼ぶな。貴様は我が家の面汚しだ。聖女であるセアラを傷つけた報い、その身で受けるがいい」

父の瞳には、私への愛情など微塵も残っていなかった。

「……分かりました。最後まで、私はお父様にとって利用価値のある道具でしかなかったのですね」

「口の減らない娘だ。ヴォルガード領までの道中、せいぜい己の罪を悔いることだな」

私は無言で、汚れた馬車の荷台へと乗り込んだ。

中には薄い毛布が一枚あるだけで、座席すらない。

御者が鞭を振るい、馬車が動き出す。

ガタガタと激しく揺れる振動が、私の体力を奪っていく。

窓のない暗闇の中で、私は膝を抱えて丸くなった。

雨音だけが、絶望を象徴するように鳴り響いている。

(泣いてたまるものか……。私はまだ、終わっていないわ)

セアラの嘘も、ジュリアンの裏切りも、父の冷酷さも。

すべてをこの胸に刻み込み、私は意識を遠のかせた。

寒さと空腹、そして揺れ。

どれほどの時間が経っただろうか。

時折聞こえる魔物の咆哮が、死が近いことを告げているようだった。

しかし、私の心は不思議と静かだった。

捨てられたことで、皮肉にも私は自由になったのだ。

「……エリシア、しっかりしろ」

自分自身に言い聞かせるように、私は自分の名前を呟いた。

冷たい夜が明ける頃には、景色は雪に覆われ始めていた。

王国から最も遠く、最も過酷な場所。

氷の死神が統治する辺境へと、私は一歩ずつ近づいていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。