今さら戻れと言われても....

きららののん

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馬車の外に降り立つと、そこは白銀の世界だった。

刺すような冷気が、泥で汚れた私のドレスを容赦なく凍りつかせる。

目の前に立つカシアン・ド・ヴォルガードは、私を見下ろしたまま微塵も動かない。

「……死にに来たのか、それともスパイか?」

彼の声は、吹き荒れる雪風よりも冷酷だった。

私は凍える指先を握り締め、彼を真っ向から見つめ返した。

「どちらでもありません。私はただ、陛下と父の命に従い、この地へ参っただけですわ」

「命、か。捨て駒の間違いだろう。あのアステリア王太子が、手放した女をわざわざ生かしておくとは思えん」

カシアンは鼻で笑い、無惨に転がった魔物の死骸を一蹴りした。

彼の背後には、同じく黒い鎧を纏った数人の騎士たちが控えている。

その中の一人、若手の騎士が困惑したように声を上げた。

「辺境伯様、どうされますか? このままここに置いていくわけにも……」

「……連れて行け。城の地下牢が空いている」

カシアンは興味を失ったように背を向け、漆黒の馬に跨がった。

「地下牢、ですか。おもてなしに感謝いたしますわ、辺境伯様」

私が皮肉を込めて告げると、カシアンは一度だけ肩越しに私を鋭く睨んだ。

「口の減らない女だ。貴様のような令嬢が、ヴォルガードの寒さにどこまで耐えられるか見ものだな」

そのまま、彼は雪を蹴立てて走り去ってしまった。

私は騎士の一人が差し出した、無骨な馬の背に乗せられた。

道中、馬の揺れに耐えながら、私はそびえ立つ黒い城を見上げた。

ヴォルガード城。

それは切り立った崖の上に建つ、要塞のような建物だった。

華やかな王宮とは対極にある、戦いと死の匂いが染みついた場所。

城門を潜ると、そこには重苦しい空気が停滞していた。

働いている使用人たちの顔には生気がなく、誰もが私を「余所者」として、あるいは「生贄」を見るような目で見ている。

「着いたぞ。降りろ」

案内されたのは、豪華な客室などではなく、石造りの冷たい塔の一室だった。

「ここが、私の部屋……でしょうか?」

「辺境伯様の慈悲だ。地下牢よりはマシだろう。食事は一日に一度、運び込ませる」

騎士はそれだけ言うと、重い鉄の扉を閉めて鍵をかけた。

ガチャン、という冷たい音が部屋に響く。

私は一人、家具もほとんどない部屋の中央に立ち尽くした。

窓からはヒュウヒュウと隙間風が入り込み、床の冷たさが靴を突き抜けてくる。

「……ふふ、あはは……」

私は思わず、力なく笑ってしまった。

王都での生活が、まるでお伽噺のように遠く感じられる。

鏡代わりに窓ガラスに映った自分を見ると、髪は乱れ、顔には泥がこびりついていた。

「いいわ。ここが私の新しい戦場なのね」

私は震える手で、備え付けられていた古びた水差しを手に取った。

冷たい水で顔を洗い、私は鏡の中の自分を睨みつける。

「見ていなさい、ジュリアン。セアラ。私はここで、貴方たちが望むような悲惨な最期なんて遂げないわ」

その夜、私は凍えるような寒さの中で、一度も涙を流さずに夜明けを待った。

翌朝、扉が開く音がして、一人の年老いた侍女が盆を持って現れた。

「……まだ、生きておいででしたか」

彼女の驚いたような声に、私は最高の笑みを浮かべて答えた。

「ええ。とてもよく眠れましたわ。ところで、私にできる仕事はありませんか?」

私の言葉に、老侍女は手にした盆を落としそうになるほど目を見開いた。
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