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柔らかな陽光が、私の頬を優しく撫でていた。
重い瞼をゆっくりと開けると、そこは見慣れた塔の自室ではなく、城内で最も豪華な客室のベッドの上だった。
「……気がついたか」
すぐ傍らから響いた低い声に驚き、顔を向ける。
そこには、鎧を脱ぎ捨て、簡素なシャツ姿になったカシアン様が椅子に座っていた。
「カシアン、様……。私は、どのくらい眠っていたのでしょう……」
「丸一日だ。魔力を使い果たして心臓が止まるのではないかと、肝を冷やしたぞ」
カシアン様は安堵したように息を吐くと、ぬるくなったタオルで私の額を拭った。
「申し訳ありません。でも、魔物は……」
「案ずるな。壊滅した。貴様の光が霧を払い、騎士たちの士気を極限まで高めたんだ。今は皆、勝利の祝杯を上げている」
カシアン様が立ち上がり、窓を開けた。
外からは、かつての沈んだ空気は消え、活気ある領民たちの歓声が微かに聞こえてくる。
「……良かった。カシアン様の呪いも、少しは楽になりましたか?」
私は身を起こそうとしたが、まだ体に力が入らず、よろけてしまう。
「よせ、まだ寝ていろ。……俺の呪いなど、どうでもいい」
カシアン様は慌てて私の肩を支えた。
その際、彼の袖口から覗いた腕を見て、私は息を呑んだ。
魔物は倒したはずなのに、彼の腕の刺青は、先ほどよりも黒ずんで拍動しているように見えた。
「……嘘。全然、良くなっていないじゃないですか」
「これは代償だ。巨獣を屠るために、一時的に呪いの力を引き出した。じきに収まる」
「嘘をつかないでください! 顔色が真っ青ですわ。今すぐ、私にお手当てをさせてください」
私は強引に彼の腕を引き寄せた。
「おい、エリシア! 貴様は今さっき目覚めたばかりだろう!」
「寝ているだけならもう十分です。それよりも、貴方を癒やさせてください。……お願いです、カシアン」
私が真っ直ぐに瞳を見つめると、彼は折れたように溜息をついた。
「……分かった。だが、無理はするな」
私はベッドの端に座り直し、自分の膝を軽く叩いた。
「ここに、横になってください」
「……は?」
カシアン様が、見たこともないような呆然とした顔をする。
「膝枕です。この方が、私の魔力を貴方の心臓に近い場所へ流しやすいのですわ」
「な……っ、そのような破廉恥な真似ができるか! 貴様は一応、公爵令嬢だろう!」
「今はただの『エリシア』だとおっしゃったのは、貴方ですわ。さあ、早く」
私が頬を膨らませて促すと、カシアン様は顔を真っ赤にしながら、恐る恐る私の膝に頭を乗せた。
「……信じられん。俺は『氷の死神』と恐れられている男だぞ」
「私の目には、少し無理をしすぎな、不器用な騎士様にしか見えませんわ」
私は優しく笑い、彼の額にそっと掌を当てた。
そこから、温かな光をじわじわと彼の中へと流し込んでいく。
「……温かい。エリシア、お前の光は……本当に不思議だ」
カシアン様が、心地よさそうに目を細める。
「王都では、誰も私の力に気づいてくれませんでした。セアラの華やかな光だけが正義だと教えられて……」
「……奴らは盲目だ。俺にとっては、この光こそが唯一の救いだ」
カシアン様は私の空いた方の手を掴み、自分の頬に寄せた。
「エリシア。……もう、どこへも行くな。王都の連中が何を言ってこようと、俺が貴様を離さない」
彼の切実な声が、私の胸に深く突き刺さる。
「……はい。私も、ここが大好きです。カシアン様のいる、この場所が」
窓から吹き込む風は、もう氷のような冷たさを持っていなかった。
膝の上で安らかに眠り始めた彼の寝顔を見つめながら、私はこの幸せを絶対に守り抜くと、心に誓った。
重い瞼をゆっくりと開けると、そこは見慣れた塔の自室ではなく、城内で最も豪華な客室のベッドの上だった。
「……気がついたか」
すぐ傍らから響いた低い声に驚き、顔を向ける。
そこには、鎧を脱ぎ捨て、簡素なシャツ姿になったカシアン様が椅子に座っていた。
「カシアン、様……。私は、どのくらい眠っていたのでしょう……」
「丸一日だ。魔力を使い果たして心臓が止まるのではないかと、肝を冷やしたぞ」
カシアン様は安堵したように息を吐くと、ぬるくなったタオルで私の額を拭った。
「申し訳ありません。でも、魔物は……」
「案ずるな。壊滅した。貴様の光が霧を払い、騎士たちの士気を極限まで高めたんだ。今は皆、勝利の祝杯を上げている」
カシアン様が立ち上がり、窓を開けた。
外からは、かつての沈んだ空気は消え、活気ある領民たちの歓声が微かに聞こえてくる。
「……良かった。カシアン様の呪いも、少しは楽になりましたか?」
私は身を起こそうとしたが、まだ体に力が入らず、よろけてしまう。
「よせ、まだ寝ていろ。……俺の呪いなど、どうでもいい」
カシアン様は慌てて私の肩を支えた。
その際、彼の袖口から覗いた腕を見て、私は息を呑んだ。
魔物は倒したはずなのに、彼の腕の刺青は、先ほどよりも黒ずんで拍動しているように見えた。
「……嘘。全然、良くなっていないじゃないですか」
「これは代償だ。巨獣を屠るために、一時的に呪いの力を引き出した。じきに収まる」
「嘘をつかないでください! 顔色が真っ青ですわ。今すぐ、私にお手当てをさせてください」
私は強引に彼の腕を引き寄せた。
「おい、エリシア! 貴様は今さっき目覚めたばかりだろう!」
「寝ているだけならもう十分です。それよりも、貴方を癒やさせてください。……お願いです、カシアン」
私が真っ直ぐに瞳を見つめると、彼は折れたように溜息をついた。
「……分かった。だが、無理はするな」
私はベッドの端に座り直し、自分の膝を軽く叩いた。
「ここに、横になってください」
「……は?」
カシアン様が、見たこともないような呆然とした顔をする。
「膝枕です。この方が、私の魔力を貴方の心臓に近い場所へ流しやすいのですわ」
「な……っ、そのような破廉恥な真似ができるか! 貴様は一応、公爵令嬢だろう!」
「今はただの『エリシア』だとおっしゃったのは、貴方ですわ。さあ、早く」
私が頬を膨らませて促すと、カシアン様は顔を真っ赤にしながら、恐る恐る私の膝に頭を乗せた。
「……信じられん。俺は『氷の死神』と恐れられている男だぞ」
「私の目には、少し無理をしすぎな、不器用な騎士様にしか見えませんわ」
私は優しく笑い、彼の額にそっと掌を当てた。
そこから、温かな光をじわじわと彼の中へと流し込んでいく。
「……温かい。エリシア、お前の光は……本当に不思議だ」
カシアン様が、心地よさそうに目を細める。
「王都では、誰も私の力に気づいてくれませんでした。セアラの華やかな光だけが正義だと教えられて……」
「……奴らは盲目だ。俺にとっては、この光こそが唯一の救いだ」
カシアン様は私の空いた方の手を掴み、自分の頬に寄せた。
「エリシア。……もう、どこへも行くな。王都の連中が何を言ってこようと、俺が貴様を離さない」
彼の切実な声が、私の胸に深く突き刺さる。
「……はい。私も、ここが大好きです。カシアン様のいる、この場所が」
窓から吹き込む風は、もう氷のような冷たさを持っていなかった。
膝の上で安らかに眠り始めた彼の寝顔を見つめながら、私はこの幸せを絶対に守り抜くと、心に誓った。
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