今さら戻れと言われても....

きららののん

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雲一つない青空が広がり、ヴォルガードの街はかつてない活気に包まれていた。

私は動きやすい平民風のワンピースに着替え、隣を歩く大男を見上げた。

「……カシアン、やはりその格好でも目立ちますわね」

漆黒の外套こそ脱いでいるが、仕立ての良い革のジャケットに身を包んだカシアンは、人混みの中でも一際目を引く存在だった。

「仕方なかろう。これでも一番地味な服を選んだつもりだ」

カシアンは不自然に襟元を正しながら、居心地悪そうに周囲を見回した。

「そんなに険しい顔をしないでください。今日は視察ではなく、ただの『お出かけ』なのですから」

私が笑って彼の腕に手を添えると、彼は一瞬驚いたように固まったが、すぐに力強く私の手を引き寄せた。

「……分かっている。行くぞ、エリシア。はぐれるな」

市場に足を踏み入れると、色とりどりの野菜や果物が並び、商人たちの威勢の良い声が響いている。

「見てください、カシアン! あんなに立派なリンゴが!」

「ああ。霧が晴れてから、収穫量も増えたようだな」

私たちが歩くたび、領民たちが次々と足を止めた。

「おい、あれは……『霧を払った聖女様』じゃないか?」

「隣にいるのは辺境伯様か? ああ、なんてお似合いなんだ……」

感謝と羨望の入り混じった視線を受けながら、私は少し照れくさくなって足早に進んだ。

すると、一人の若い果物売りの青年が、私に声をかけてきた。

「お嬢さん! いや、聖女様。あんたのおかげで、うちの妹の病も治ったんだ。これ、受け取ってくれよ!」

青年は満面の笑みで、籠の中から一番形の良い赤いリンゴを差し出した。

「まあ、よろしいのですか? ありがとうございます」

私が受け取ろうと手を伸ばした、その時だった。

カシアンが割り込むように私の前に立ち、青年の差し出したリンゴを横から奪い取った。

「気持ちだけ受け取っておこう。代金はこれだ。……それと、彼女の手に気安く触れようとするな」

カシアンは銀貨を一目散に投げつけると、私の肩を抱き寄せ、青年を鋭く睨みつけた。

「えっ……カシアン様?」

「行くぞ。あそこは品筋が良くない」

カシアンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、私の肩を抱いたまま強引に歩き出した。

「……もしかして、妬いていらっしゃいますの?」

私がクスクスと笑いながら見上げると、カシアンは顔を真っ赤にして視線を逸らした。

「馬鹿を言え。……俺は、ただ……。貴様は無防備すぎるのだ」

「リンゴをいただいただけで、無防備も何もありませんわ」

「男という生き物を甘く見るな。……エリシア、お前は自分がどれほど美しく、男たちの目を引いているか自覚がないのか」

カシアンの低い声が耳元で囁かれ、今度は私の顔がカッと熱くなった。

「……私は、貴方にさえ見ていただければ、それで十分ですけれど」

私が小さく呟くと、カシアンの歩みが止まった。

彼は周囲の目も憚らず、私の両肩を掴んで真っ直ぐに見つめてきた。

「……もう一度言え」

「あ……いえ、何でもありませんわ!」

「逃がさん。エリシア、貴様は俺のものだ。……このヴォルガードの地で、誰にも渡すつもりはない」

その剥き出しの独占欲に、私は恐怖よりも、深い愛しさを感じていた。

かつて誰からも必要とされず、捨てられた私を、これほどまでに求めてくれる人がいる。

私は彼の腕の中で、幸せな眩暈を感じながら、柔らかな日差しを浴びていた。

しかし、賑わう市場の雑踏の中に、こちらをじっと監視する鋭い視線があることに、私はまだ気づいていなかった。
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