17 / 30
17
雲一つない青空が広がり、ヴォルガードの街はかつてない活気に包まれていた。
私は動きやすい平民風のワンピースに着替え、隣を歩く大男を見上げた。
「……カシアン、やはりその格好でも目立ちますわね」
漆黒の外套こそ脱いでいるが、仕立ての良い革のジャケットに身を包んだカシアンは、人混みの中でも一際目を引く存在だった。
「仕方なかろう。これでも一番地味な服を選んだつもりだ」
カシアンは不自然に襟元を正しながら、居心地悪そうに周囲を見回した。
「そんなに険しい顔をしないでください。今日は視察ではなく、ただの『お出かけ』なのですから」
私が笑って彼の腕に手を添えると、彼は一瞬驚いたように固まったが、すぐに力強く私の手を引き寄せた。
「……分かっている。行くぞ、エリシア。はぐれるな」
市場に足を踏み入れると、色とりどりの野菜や果物が並び、商人たちの威勢の良い声が響いている。
「見てください、カシアン! あんなに立派なリンゴが!」
「ああ。霧が晴れてから、収穫量も増えたようだな」
私たちが歩くたび、領民たちが次々と足を止めた。
「おい、あれは……『霧を払った聖女様』じゃないか?」
「隣にいるのは辺境伯様か? ああ、なんてお似合いなんだ……」
感謝と羨望の入り混じった視線を受けながら、私は少し照れくさくなって足早に進んだ。
すると、一人の若い果物売りの青年が、私に声をかけてきた。
「お嬢さん! いや、聖女様。あんたのおかげで、うちの妹の病も治ったんだ。これ、受け取ってくれよ!」
青年は満面の笑みで、籠の中から一番形の良い赤いリンゴを差し出した。
「まあ、よろしいのですか? ありがとうございます」
私が受け取ろうと手を伸ばした、その時だった。
カシアンが割り込むように私の前に立ち、青年の差し出したリンゴを横から奪い取った。
「気持ちだけ受け取っておこう。代金はこれだ。……それと、彼女の手に気安く触れようとするな」
カシアンは銀貨を一目散に投げつけると、私の肩を抱き寄せ、青年を鋭く睨みつけた。
「えっ……カシアン様?」
「行くぞ。あそこは品筋が良くない」
カシアンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、私の肩を抱いたまま強引に歩き出した。
「……もしかして、妬いていらっしゃいますの?」
私がクスクスと笑いながら見上げると、カシアンは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「馬鹿を言え。……俺は、ただ……。貴様は無防備すぎるのだ」
「リンゴをいただいただけで、無防備も何もありませんわ」
「男という生き物を甘く見るな。……エリシア、お前は自分がどれほど美しく、男たちの目を引いているか自覚がないのか」
カシアンの低い声が耳元で囁かれ、今度は私の顔がカッと熱くなった。
「……私は、貴方にさえ見ていただければ、それで十分ですけれど」
私が小さく呟くと、カシアンの歩みが止まった。
彼は周囲の目も憚らず、私の両肩を掴んで真っ直ぐに見つめてきた。
「……もう一度言え」
「あ……いえ、何でもありませんわ!」
「逃がさん。エリシア、貴様は俺のものだ。……このヴォルガードの地で、誰にも渡すつもりはない」
その剥き出しの独占欲に、私は恐怖よりも、深い愛しさを感じていた。
かつて誰からも必要とされず、捨てられた私を、これほどまでに求めてくれる人がいる。
私は彼の腕の中で、幸せな眩暈を感じながら、柔らかな日差しを浴びていた。
しかし、賑わう市場の雑踏の中に、こちらをじっと監視する鋭い視線があることに、私はまだ気づいていなかった。
私は動きやすい平民風のワンピースに着替え、隣を歩く大男を見上げた。
「……カシアン、やはりその格好でも目立ちますわね」
漆黒の外套こそ脱いでいるが、仕立ての良い革のジャケットに身を包んだカシアンは、人混みの中でも一際目を引く存在だった。
「仕方なかろう。これでも一番地味な服を選んだつもりだ」
カシアンは不自然に襟元を正しながら、居心地悪そうに周囲を見回した。
「そんなに険しい顔をしないでください。今日は視察ではなく、ただの『お出かけ』なのですから」
私が笑って彼の腕に手を添えると、彼は一瞬驚いたように固まったが、すぐに力強く私の手を引き寄せた。
「……分かっている。行くぞ、エリシア。はぐれるな」
市場に足を踏み入れると、色とりどりの野菜や果物が並び、商人たちの威勢の良い声が響いている。
「見てください、カシアン! あんなに立派なリンゴが!」
「ああ。霧が晴れてから、収穫量も増えたようだな」
私たちが歩くたび、領民たちが次々と足を止めた。
「おい、あれは……『霧を払った聖女様』じゃないか?」
「隣にいるのは辺境伯様か? ああ、なんてお似合いなんだ……」
感謝と羨望の入り混じった視線を受けながら、私は少し照れくさくなって足早に進んだ。
すると、一人の若い果物売りの青年が、私に声をかけてきた。
「お嬢さん! いや、聖女様。あんたのおかげで、うちの妹の病も治ったんだ。これ、受け取ってくれよ!」
青年は満面の笑みで、籠の中から一番形の良い赤いリンゴを差し出した。
「まあ、よろしいのですか? ありがとうございます」
私が受け取ろうと手を伸ばした、その時だった。
カシアンが割り込むように私の前に立ち、青年の差し出したリンゴを横から奪い取った。
「気持ちだけ受け取っておこう。代金はこれだ。……それと、彼女の手に気安く触れようとするな」
カシアンは銀貨を一目散に投げつけると、私の肩を抱き寄せ、青年を鋭く睨みつけた。
「えっ……カシアン様?」
「行くぞ。あそこは品筋が良くない」
カシアンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、私の肩を抱いたまま強引に歩き出した。
「……もしかして、妬いていらっしゃいますの?」
私がクスクスと笑いながら見上げると、カシアンは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「馬鹿を言え。……俺は、ただ……。貴様は無防備すぎるのだ」
「リンゴをいただいただけで、無防備も何もありませんわ」
「男という生き物を甘く見るな。……エリシア、お前は自分がどれほど美しく、男たちの目を引いているか自覚がないのか」
カシアンの低い声が耳元で囁かれ、今度は私の顔がカッと熱くなった。
「……私は、貴方にさえ見ていただければ、それで十分ですけれど」
私が小さく呟くと、カシアンの歩みが止まった。
彼は周囲の目も憚らず、私の両肩を掴んで真っ直ぐに見つめてきた。
「……もう一度言え」
「あ……いえ、何でもありませんわ!」
「逃がさん。エリシア、貴様は俺のものだ。……このヴォルガードの地で、誰にも渡すつもりはない」
その剥き出しの独占欲に、私は恐怖よりも、深い愛しさを感じていた。
かつて誰からも必要とされず、捨てられた私を、これほどまでに求めてくれる人がいる。
私は彼の腕の中で、幸せな眩暈を感じながら、柔らかな日差しを浴びていた。
しかし、賑わう市場の雑踏の中に、こちらをじっと監視する鋭い視線があることに、私はまだ気づいていなかった。
あなたにおすすめの小説
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。