今さら戻れと言われても....

きららののん

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アステリア王宮の聖女の間には、絶え間なく物が割れる音が響いていた。

「どうして! どうして霧が晴れないのよ! 私の祈りは完璧なはずなのに!」

セアラは、机の上に置かれていた高価な香油の瓶を床に叩きつけた。

床には既に、数えきれないほどの陶器の破片が散らばっている。

「セ、セアラ様、落ち着いてください……。あまり激しくなさると、お体に障りますわ」

震える声で侍女が宥めるが、セアラは逆上したようにその侍女を睨みつけた。

「うるさいわね! 民衆のあの目は見た!? 『偽物の聖女』だなんて……。私が、この私がどれほどこの国のために尽くしてきたと思っているの!」

セアラの美しかった顔は、怒りと焦燥で見る影もなく歪んでいた。

彼女の放つ「光」は、今や煤けた蝋燭のように弱々しく、押し寄せる魔霧の前では無力に等しい。

「……お姉様よ。あのお姉様が、北の地で何か良からぬ魔法を使っているに違いないわ」

セアラは爪を噛みながら、ブツブツと独り言を漏らした。

そこへ、部屋の隅の影から、一人の男が音もなく姿を現した。

「お呼びでしょうか、聖女様」

男は全身を黒い装束に包み、顔の半分を布で隠している。

王家の汚れ仕事を請け負う暗殺ギルドの者だった。

「遅いわよ。……仕事の依頼よ。ヴォルガード領にいるエリシアを、今すぐ消してちょうだい」

セアラは冷酷な笑みを浮かべ、男に金貨の詰まった袋を放り投げた。

「あの女が生きていては、私の地位が危ういの。ジュリアン殿下も、あのお姉様の力を当てにし始めている……。あの方がヴォルガードへ到着する前に、すべてを終わらせなさい」

「承知いたしました。事故に見せかけますか? それとも……」

「一番無惨な方法でお願い。あんな泥棒猫、誰にも見つからないように雪の中に埋めてしまえばいいわ」

セアラはそう言うと、手元に残っていた最後のグラスを握りつぶした。

「お姉様……貴女がいなくなれば、またすべては私のもの。殿下の愛も、民の称賛も、聖女の称号も」

セアラの瞳には、狂気にも似た執着が宿っていた。

一方、その頃。

ヴォルガード領の境界線付近では、数人の黒い影が、吹雪に紛れて城へと近づいていた。

「……標的は元公爵令嬢。辺境伯という化け物がついているが、隙はあるはずだ」

「ああ。聖女様の望み通り、冷たい土の下へ送ってやろう」

暗殺者たちの冷ややかな笑い声が、風の音に掻き消されていった。

平穏を取り戻しつつあったヴォルガード城に、密やかな殺意が忍び寄ろうとしていた。
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