23 / 30
23
深い静寂がヴォルガード城を包む深夜、私はカシアンへの夜食を手に、冷たい石造りの廊下を歩いていた。
「……? 何か、変ね」
ふと、背筋に走る凍りつくような悪寒に足を止めた。
ヴォルガードの冷気とは違う、研ぎ澄まされた刃のような殺気。
音もなく影が伸び、私の背後から三つの漆黒の姿が躍り出た。
「……エリシア・ヴァン・クロムウェルだな。恨みはないが、死んでもらう」
先頭の男が短剣を抜き放ち、私の喉元を狙って突き出す。
私は恐怖で声も出せず、ただ目を閉じることしかできなかった。
しかし、金属が激しくぶつかり合う轟音が響き、衝撃で私は尻餅をついた。
「……俺の城で、俺の女に刃を向けるとは。随分と命が惜しくないようだな」
地響きのような、低く冷酷な声。
目を開けると、そこには漆黒の大剣を片手で構え、私の前に立ちはだかるカシアンの背中があった。
「べ、辺境伯!? なぜここに……っ!」
「貴様らのような泥鼠の臭いは、どれだけ隠しても鼻につくのだ」
カシアンの周囲の空気が、瞬時に氷点下へと叩き落とされる。
床から鋭い氷の棘が突き出し、暗殺者の一人の足を容赦なく貫いた。
「ぎゃああああっ!」
「逃がさんぞ。一人として、生きてこの場を去れると思うな」
カシアンの動きは、もはや人の領域を超えていた。
残る二人が必死に短剣を振るうが、彼はそれを大剣の腹で軽々となぎ払い、一瞬で彼らの懐へと踏み込んだ。
「……消えろ」
カシアンが剣を振るうたび、廊下に鮮血が舞い、暗殺者たちは声を上げる間もなく床に沈んでいく。
その戦いぶりは、まさに「氷の死神」そのものだった。
「カ、カシアン……!」
私が震える声で名を呼ぶと、カシアンは最後の一人の首を掴み上げ、壁に叩きつけた。
「……誰に頼まれた。言え。言わねば、魂を凍らせて永遠に苦しませてやる」
カシアンの赤い瞳には、これまで見たこともないような深い怒りと、昏い狂気が宿っていた。
「ひっ……ひいいっ! あ、あの方だ……聖女セアラ様だ! 頼む、助けてくれ!」
「……セアラか。やはりな」
カシアンは吐き捨てるように言うと、男の意識を奪い、転がした。
彼はゆっくりと剣を収め、返り血を拭うこともせず、私の元へ駆け寄った。
「エリシア! 怪我はないか!? どこか痛むところは……!」
先ほどの冷酷さはどこへやら、彼は必死な形相で私の肩を掴み、安否を確認する。
「私は大丈夫です……。カシアンが来てくれたから」
私は震える手で、彼の頬に触れた。
彼の肌は、怒りのせいか酷く熱くなっていた。
「……すまない。俺の不徳だ。城の中にまでネズミの侵入を許すとは」
カシアンは私を壊れ物を扱うように抱き寄せ、その胸に顔を埋めた。
「許さない……。あの女も、この国も。俺の唯一の光を奪おうとする者は、たとえ神であろうと俺が斬る」
彼の体から漏れ出す殺気は、もはや王国全体を滅ぼしかねないほどの激しさを秘めていた。
「カシアン、落ち着いて。私はここにいます。貴方の隣にいますわ」
私は彼の背中を優しく撫で、その荒い呼吸を鎮めるように魔法の光を微かに通わせた。
「……ああ。……分かっている。だが、決めたぞ」
カシアンは私を離し、窓の外、王都がある方角を鋭く睨みつけた。
「近々、王子がここへ来る。その時が、すべての決着をつける刻だ。エリシア、お前を侮辱した報い、奴らに骨の髄まで分からせてやる」
カシアンの決意に満ちた瞳を見て、私は静かに頷いた。
もはや、慈悲をかける段階は終わったのだ。
私たちは、自分たちの幸せを守るために、牙を剥く覚悟を決めた。
「……? 何か、変ね」
ふと、背筋に走る凍りつくような悪寒に足を止めた。
ヴォルガードの冷気とは違う、研ぎ澄まされた刃のような殺気。
音もなく影が伸び、私の背後から三つの漆黒の姿が躍り出た。
「……エリシア・ヴァン・クロムウェルだな。恨みはないが、死んでもらう」
先頭の男が短剣を抜き放ち、私の喉元を狙って突き出す。
私は恐怖で声も出せず、ただ目を閉じることしかできなかった。
しかし、金属が激しくぶつかり合う轟音が響き、衝撃で私は尻餅をついた。
「……俺の城で、俺の女に刃を向けるとは。随分と命が惜しくないようだな」
地響きのような、低く冷酷な声。
目を開けると、そこには漆黒の大剣を片手で構え、私の前に立ちはだかるカシアンの背中があった。
「べ、辺境伯!? なぜここに……っ!」
「貴様らのような泥鼠の臭いは、どれだけ隠しても鼻につくのだ」
カシアンの周囲の空気が、瞬時に氷点下へと叩き落とされる。
床から鋭い氷の棘が突き出し、暗殺者の一人の足を容赦なく貫いた。
「ぎゃああああっ!」
「逃がさんぞ。一人として、生きてこの場を去れると思うな」
カシアンの動きは、もはや人の領域を超えていた。
残る二人が必死に短剣を振るうが、彼はそれを大剣の腹で軽々となぎ払い、一瞬で彼らの懐へと踏み込んだ。
「……消えろ」
カシアンが剣を振るうたび、廊下に鮮血が舞い、暗殺者たちは声を上げる間もなく床に沈んでいく。
その戦いぶりは、まさに「氷の死神」そのものだった。
「カ、カシアン……!」
私が震える声で名を呼ぶと、カシアンは最後の一人の首を掴み上げ、壁に叩きつけた。
「……誰に頼まれた。言え。言わねば、魂を凍らせて永遠に苦しませてやる」
カシアンの赤い瞳には、これまで見たこともないような深い怒りと、昏い狂気が宿っていた。
「ひっ……ひいいっ! あ、あの方だ……聖女セアラ様だ! 頼む、助けてくれ!」
「……セアラか。やはりな」
カシアンは吐き捨てるように言うと、男の意識を奪い、転がした。
彼はゆっくりと剣を収め、返り血を拭うこともせず、私の元へ駆け寄った。
「エリシア! 怪我はないか!? どこか痛むところは……!」
先ほどの冷酷さはどこへやら、彼は必死な形相で私の肩を掴み、安否を確認する。
「私は大丈夫です……。カシアンが来てくれたから」
私は震える手で、彼の頬に触れた。
彼の肌は、怒りのせいか酷く熱くなっていた。
「……すまない。俺の不徳だ。城の中にまでネズミの侵入を許すとは」
カシアンは私を壊れ物を扱うように抱き寄せ、その胸に顔を埋めた。
「許さない……。あの女も、この国も。俺の唯一の光を奪おうとする者は、たとえ神であろうと俺が斬る」
彼の体から漏れ出す殺気は、もはや王国全体を滅ぼしかねないほどの激しさを秘めていた。
「カシアン、落ち着いて。私はここにいます。貴方の隣にいますわ」
私は彼の背中を優しく撫で、その荒い呼吸を鎮めるように魔法の光を微かに通わせた。
「……ああ。……分かっている。だが、決めたぞ」
カシアンは私を離し、窓の外、王都がある方角を鋭く睨みつけた。
「近々、王子がここへ来る。その時が、すべての決着をつける刻だ。エリシア、お前を侮辱した報い、奴らに骨の髄まで分からせてやる」
カシアンの決意に満ちた瞳を見て、私は静かに頷いた。
もはや、慈悲をかける段階は終わったのだ。
私たちは、自分たちの幸せを守るために、牙を剥く覚悟を決めた。
あなたにおすすめの小説
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。