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「……あら。あっちのカーテンも、こっちの絨毯も、素敵なオレンジ色に染まっているわね。旦那様、今日の演出は少しばかり熱気が過ぎるんじゃないかしら?」
私は、パチパチと爆ぜる音を立てて燃え広がるリビングの中央で、優雅に脚を組んで座っていた。
「……計算違いだったよ。あのネズミ(ユリアン)、死に際に禁忌の魔導書を自爆させるとはね。おかげで僕の自慢の屋敷が、巨大な暖炉になってしまった」
アルベルトは、迫りくる炎を片手の氷魔法で防ぎながら、忌々しげに吐き捨てた。
外ではユリアンの断末魔とともに、隣国の兵士たちが逃げ惑う声が聞こえる。けれど、この最上階の部屋はすでに火の手に囲まれ、退路は完全に断たれていた。
「ねえ、アルベルト。これ、もう助からないわよね? 私の美しい銀髪がチリチリに焼ける前に、一つだけ提案があるのだけれど」
私は立ち上がり、熱風に煽られて舞うドレスの裾を気にすることもなく、彼の方へ歩み寄った。
「なんだい、エルゼ。……言っておくが、『先に逃げろ』なんて面白くない台詞は受け付けないよ」
「そんな殊勝なこと、悪役令嬢の私が言うはずないでしょう? 私が言いたいのはね……」
私は彼の首に手を回し、火の粉が舞い散る中で、最高に意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「……ここで、一緒に死にましょうか。あなたと私、二人きりの燃える檻の中で。これこそ、究極の『独占』だと思わない?」
私の言葉に、アルベルトの動きが一瞬だけ止まった。
崩れ落ちる天井の破片が、私たちのすぐ隣で轟音を立てて砕ける。
「……ふふ。あはははは! エルゼ、君は、君という女は……! まさか、僕に『心中』を申し込むなんて!」
アルベルトは狂喜したように笑い、私の腰を折れんばかりの力で抱き寄せた。
「ああ、素晴らしい。最高だよ! 灰になれば、もう誰も君を僕から奪えない。君を傷つける世界も、君を誘惑する男も、すべて塵になって消えるんだ!」
「そうでしょう? 逃げ出してまた誰かに狙われるくらいなら、あなたの腕の中で炭になる方が、よっぽど効率的だわ」
「愛しているよ、エルゼ! 君が自ら『死の檻』を選んでくれるなんて、僕は今、人生で一番幸せだ!」
アルベルトは私の唇を、熱風よりも熱く、激しく奪った。
……でも、ちょっと待って。
(この人、本当にそのまま焼かれるつもりじゃないかしら?)
私の冗談半分(四割くらいは本気だったけれど)の提案に、アルベルトの「ヤンデレ・スイッチ」が全開になってしまったようだ。
「さあ、エルゼ。目を閉じて。熱いのは一瞬だ。その後は永遠に、僕の魂と君の魂が混ざり合って……」
「……ちょっと待ちなさい、アルベルト。あなたの顔があまりにも嬉しそうで、私、なんだか急に生きる意欲が湧いてきたわ」
「えっ?」
「やっぱり死ぬのはキャンセルよ。よく考えたら、私、まだ今シーズンの新作ドレスを一着も着ていないもの。こんなところで灰になったら、デザイナーに申し訳ないわ」
私は彼の胸をポカポカと叩き、現実へと引き戻した。
「……キャンセルなのかい? せっかく僕たちの愛が、物理的な限界を超えて昇華される瞬間だったのに」
「昇華されなくていいわよ! ほら、あなたのその自慢の氷魔法で、なんとかしなさい! 窓を突き破って脱出するわよ!」
「……やれやれ。君の気まぐれには、魔王も形無しだね」
アルベルトは残念そうに溜息をつき、けれどその瞳には、私を絶対に死なせないという、先ほどとは違う種類の、より強固な狂気が宿っていた。
「分かったよ。君がまだこの世界を楽しみたいと言うなら、地獄の底からでも君を連れ戻そう」
アルベルトが指を鳴らすと、室内の温度が一気に氷点下まで急降下した。
燃え盛る炎が氷の刃によって切り裂かれ、私たちの前に、夜空へと続く一本の道が切り拓かれる。
「……さあ、行こうか。屋敷は失ったが、僕にはまだ君がいる。それだけで十分だ」
「新しい屋敷には、必ずウォークインクローゼットを作ってちょうだいね!」
「ああ。君を一生閉じ込めても飽きないほどの、巨大なやつを用意するよ」
私たちは崩れゆく豪華な檻を背に、夜の闇へと飛び出した。
不倫から始まった私たちの歪な愛は、炎に焼かれることで、より一層、純度の高い「狂気」へと変質していくのだった。
私は、パチパチと爆ぜる音を立てて燃え広がるリビングの中央で、優雅に脚を組んで座っていた。
「……計算違いだったよ。あのネズミ(ユリアン)、死に際に禁忌の魔導書を自爆させるとはね。おかげで僕の自慢の屋敷が、巨大な暖炉になってしまった」
アルベルトは、迫りくる炎を片手の氷魔法で防ぎながら、忌々しげに吐き捨てた。
外ではユリアンの断末魔とともに、隣国の兵士たちが逃げ惑う声が聞こえる。けれど、この最上階の部屋はすでに火の手に囲まれ、退路は完全に断たれていた。
「ねえ、アルベルト。これ、もう助からないわよね? 私の美しい銀髪がチリチリに焼ける前に、一つだけ提案があるのだけれど」
私は立ち上がり、熱風に煽られて舞うドレスの裾を気にすることもなく、彼の方へ歩み寄った。
「なんだい、エルゼ。……言っておくが、『先に逃げろ』なんて面白くない台詞は受け付けないよ」
「そんな殊勝なこと、悪役令嬢の私が言うはずないでしょう? 私が言いたいのはね……」
私は彼の首に手を回し、火の粉が舞い散る中で、最高に意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「……ここで、一緒に死にましょうか。あなたと私、二人きりの燃える檻の中で。これこそ、究極の『独占』だと思わない?」
私の言葉に、アルベルトの動きが一瞬だけ止まった。
崩れ落ちる天井の破片が、私たちのすぐ隣で轟音を立てて砕ける。
「……ふふ。あはははは! エルゼ、君は、君という女は……! まさか、僕に『心中』を申し込むなんて!」
アルベルトは狂喜したように笑い、私の腰を折れんばかりの力で抱き寄せた。
「ああ、素晴らしい。最高だよ! 灰になれば、もう誰も君を僕から奪えない。君を傷つける世界も、君を誘惑する男も、すべて塵になって消えるんだ!」
「そうでしょう? 逃げ出してまた誰かに狙われるくらいなら、あなたの腕の中で炭になる方が、よっぽど効率的だわ」
「愛しているよ、エルゼ! 君が自ら『死の檻』を選んでくれるなんて、僕は今、人生で一番幸せだ!」
アルベルトは私の唇を、熱風よりも熱く、激しく奪った。
……でも、ちょっと待って。
(この人、本当にそのまま焼かれるつもりじゃないかしら?)
私の冗談半分(四割くらいは本気だったけれど)の提案に、アルベルトの「ヤンデレ・スイッチ」が全開になってしまったようだ。
「さあ、エルゼ。目を閉じて。熱いのは一瞬だ。その後は永遠に、僕の魂と君の魂が混ざり合って……」
「……ちょっと待ちなさい、アルベルト。あなたの顔があまりにも嬉しそうで、私、なんだか急に生きる意欲が湧いてきたわ」
「えっ?」
「やっぱり死ぬのはキャンセルよ。よく考えたら、私、まだ今シーズンの新作ドレスを一着も着ていないもの。こんなところで灰になったら、デザイナーに申し訳ないわ」
私は彼の胸をポカポカと叩き、現実へと引き戻した。
「……キャンセルなのかい? せっかく僕たちの愛が、物理的な限界を超えて昇華される瞬間だったのに」
「昇華されなくていいわよ! ほら、あなたのその自慢の氷魔法で、なんとかしなさい! 窓を突き破って脱出するわよ!」
「……やれやれ。君の気まぐれには、魔王も形無しだね」
アルベルトは残念そうに溜息をつき、けれどその瞳には、私を絶対に死なせないという、先ほどとは違う種類の、より強固な狂気が宿っていた。
「分かったよ。君がまだこの世界を楽しみたいと言うなら、地獄の底からでも君を連れ戻そう」
アルベルトが指を鳴らすと、室内の温度が一気に氷点下まで急降下した。
燃え盛る炎が氷の刃によって切り裂かれ、私たちの前に、夜空へと続く一本の道が切り拓かれる。
「……さあ、行こうか。屋敷は失ったが、僕にはまだ君がいる。それだけで十分だ」
「新しい屋敷には、必ずウォークインクローゼットを作ってちょうだいね!」
「ああ。君を一生閉じ込めても飽きないほどの、巨大なやつを用意するよ」
私たちは崩れゆく豪華な檻を背に、夜の闇へと飛び出した。
不倫から始まった私たちの歪な愛は、炎に焼かれることで、より一層、純度の高い「狂気」へと変質していくのだった。
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