不倫した悪役令嬢ですが冷徹な旦那様が私を離してくれません

きららののん

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「……ちょっと、旦那様。今、私の手を引いて窓の外に飛び出そうとしているけれど、ここが地上何階か忘れたわけじゃないわよね?」

私は、足元まで迫る炎の熱気に顔を顰めながら、バルコニーの縁に立つ夫の背中に問いかけた。

「覚えているよ。地上二十メートル、君が僕以外の男を眺めるのに最適だった高さだね」

「そんな嫌味な記憶力いらないわよ! 二十メートルって、魔法なしで飛び降りたら、私、悪役令嬢じゃなくて『悪役の挽肉(ひきにく)』になっちゃうわ!」

「安心しなさい、エルゼ。僕が君を地面に触れさせるわけがないだろう」

アルベルトは私を軽々とお姫様抱っこで抱え上げると、迷うことなく夜の闇へと身を投げ出した。

「きゃあああああああ!? バカ! 変態! 独占欲の塊のバカ公爵!!」

私の絶叫が夜風に切り裂かれる。

しかし、自由落下の恐怖が私を支配する直前、足元から凄まじい冷気が立ち昇った。

アルベルトが空中に放った氷魔法が、瞬時に巨大な「滑り台」を形成したのだ。

私たちは結晶の煌めきの中を、まるで冬の祭典の主役のような優雅さ(と、私の必死のしがみつき)で滑り降りていく。

「……はぁ、はぁ……。心臓が口から飛び出して、隣国まで飛んでいくかと思ったわ」

ようやく地面に着地した私は、アルベルトの首にしがみついたまま、乱れた息を整えた。

背後では、私たちの思い出(監禁の記録)が詰まった公爵邸が、轟々と音を立てて崩れ落ちている。

「見てごらん、エルゼ。美しいね。君という太陽を閉じ込めていた煤(すす)けた箱が、ようやく消えていく」

「……あなたの実家でしょうに。少しは感傷に浸りなさいよ」

「感傷? 冗談だろう。これでようやく、君を誰の目にも触れない『本当の隠れ家』へ連れて行ける。僕は今、最高の気分だよ」

アルベルトは私の頬をなぞり、その瞳に燃える屋敷の炎を映しながら、恍惚とした表情で囁いた。

「君を死なせはしない。たとえ世界が滅び、神が君を天国へ招いたとしても、僕はその門を叩き壊して、君を地獄の果てまで連れ戻しに行く」

「……地獄にまで連れて行かれるのは、流石に契約違反な気がするのだけれど」

「契約? 婚姻誓約書には『死が二人を分かつまで』とあったね。……甘いよ。死ですら、僕と君を分かつ理由にはならない」

アルベルトは、燃え尽きていく屋敷に一度も視線を戻すことなく、私を抱いたまま闇の深い森へと歩き出した。

「……ねえ、アルベルト。私たち、これからどうなるの? 屋敷も財産も、この炎で灰になっちゃったわよ」

「財産? そんなもの、君を手に入れたあの日から、別の場所に隠してある。……君が将来、僕を捨てて逃げ出そうとした時のための『追跡資金』としてね」

「……用意周到すぎて、もはや感動を通り越して恐怖を感じるわ」

「愛しているよ、エルゼ。これからは、もっと狭くて、もっと暗くて、もっと温かい場所で、二人きりで過ごそう」

私は、彼の胸に顔を埋めた。

不倫をした報いが、家を失い、夫の狂気とともに奈落の底へ落ちていくことだとしたら。

……それは、悪役令嬢にとって、案外お似合いの結末なのかもしれない。

「……分かったわ。でも、地獄に行くにしても、美味しいデザートだけは保証してちょうだいね」

「ああ。君の舌が、僕以外の味を忘れてしまうほどにね」

私たちは、燃え盛る過去を捨て、真っ暗な「永遠」へと足を踏み出した。
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