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国を挙げてのお祭りのような結婚式の準備は、着々と、そして順調に進んでいった。
その中でも、私にとって、一番心躍る日が、ついにやってきた。
そう、花嫁の象徴である、ウェディングドレスを仕立てる日だ。
「まあ、アイ。少し緊張しているお顔ね」
「当たり前ですわ、お母様。あそこのアトリエに足を踏み入れるのですもの」
王宮から差し向けられた馬車の中、私の隣に座る王妃陛下と、向かいに座る親友のカモミールが、楽しそうに微笑んでいる。
今日、私たちは三人で、王家御用達のクチュリエ(仕立て屋)、マダム・ブランシェのアトリエを訪れることになっていた。
マダム・ブランシェ。
その名は、この国の令嬢であれば、誰もが一度は憧れる伝説のデザイナー。彼女が手掛けたドレスを身に纏うことは、最高のステータスとされていた。
アトリエに到着し、扉を開けると、そこは、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのような、夢の空間だった。
壁一面の棚には、純白のシルク、繊細なレース、オーガンジーといった、世界中から集められた最高級の布地が、まるで雲のように柔らかく積まれている。
ガラスケースの中では、無数のダイヤモンドや真珠が、眩いばかりの光を放っていた。
「ようこそおいでくださいました、王妃陛下。そして、未来の王妃、アイ様」
奥から現れたのは、銀髪を上品に結い上げ、黒いドレスをスタイリッシュに着こなした、年の頃五十代ほどの女性。彼女こそが、マダム・ブランシェその人だった。
その、芸術家特有の鋭い視線に、私は少しだけ身を固くする。
マダムは、私の周りをゆっくりと一周すると、ふむ、と一つ頷いた。
「なるほど……。噂通りの、透き通るような肌に、紫水晶(アメジスト)の瞳。そして、何よりも素晴らしいのは、その、素直で清らかな魂の色でございますね」
マダムは、私を採寸した後、何枚かのデザイン画を、テーブルの上に広げた。
「アイ様の雰囲気に合わせて、いくつかご提案させていただきますわ」
そこには、息をのむほど美しい、三種類のデザインが描かれていた。
伝統的で、威厳のある、クラシカルなプリンセスラインのドレス。
花の妖精のように、軽やかで、可憐なエンパイアラインのドレス。
そして、極上のシルクの光沢だけで魅せる、洗練されたシンプルなスレンダーラインのドレス。
「まあ、どれも素敵……!」
「本当に! アイなら、どれもきっと似合うわ!」
王妃陛下とカモミールも、楽しそうにデザイン画を覗き込んでいる。
私も、どれもがあまりにも素敵で、一つに絞ることなんて、到底できそうになかった。
私たちが、うんうんと頭を悩ませている、その時だった。
「ふむ。どれも素晴らしいが、俺のアイの魅力を引き出すには、まだ少し足りないな」
その、聞き慣れた、少しだけ尊大な声に、私たちは一斉に、アトリエの入り口を振り返った。
そこには、腕を組み、仁王立ちしている、私の愛しい婚約者様の姿があった。
「まあ、あなた!」
王妃陛下が、驚きの声を上げる。
「花婿が、式の前に花嫁のドレス姿を見るものではありませんよ、古くからの言い伝えで……」
「母上。言い伝えよりも、現実が大事です」
殿下は、全く悪びれる様子もなく、そう言い放った。
「未来の妻の、一番美しい姿を、一番に、そして一番近くで見たいと思うのは、夫として、当然の権利だろう?」
その、あまりにも堂々とした言い分に、私たちは、もう何も言うことができない。
結局、殿下も、ドレス選びに、当然のような顔をして参加することになった。
彼は、テーブルに広げられたデザイン画を一瞥すると、「マダム、少しよろしいかな」と、おもむろにペンを手に取った。
そして、新しい羊皮紙の上に、さらさらと、彼自身の理想のデザインを描き始めたのだ。
「まず、アイの、この透き通るような肌の美しさを最大限に引き立てるには、デコルテを綺麗に見せる、オフショルダーのデザインがいい」
「背中は、彼女のダンスで鍛えられた、美しい背骨のラインが見えるように、少し大胆に開けてほしい。そこに、小さな真珠を、天の川のように流れるように配置してくれ」
「スカートは、何層にも重ねたシルクオーガンジーで、雲の上に立つかのようなボリュームを。そして、その上には、世界中から集めさせた、最高品質のダイヤモンドを、夜空に輝く無数の星のように、散りばめてほしいんだ」
彼の口から語られるのは、私のことを、どれだけ深く見つめ、理解してくれているかが分かる、具体的で、そして、底知れない愛情に満ちたリクエストだった。
その、あまりの情熱に、伝説のデザイナーであるマダム・ブランシェの目も、次第に、創作意欲の炎で、きらきらと輝き始めていた。
「素晴らしい……! 素晴らしいですわ、殿下! お任せください。殿下の愛と、わたくしの技術のすべてをかけて、この世で最も美しいドレスを、お作りしてご覧にいれましょう!」
私は、自分のために、ここまで真剣に考えてくれる殿下の想いが、嬉しくて、恥ずかしくて、もう、どうにかなってしまいそうだった。
そして、後日。
仮縫いのために、再びアトリエを訪れた、その日。
試着室のカーテンが、ゆっくりと、開かれた。
その瞬間。
部屋にいた、すべての人間が、息を呑んだのが分かった。
純白の、光のドレス。
殿下の理想と、マダムの技術が融合して生まれた、奇跡のようなドレスを身にまとった私が、そこに立っていた。
「まあ……!」
「アイ……本当に……まるで、天から舞い降りた、天使のようだわ……」
王妃陛下とカモミールが、感嘆の声を漏らす。
けれど、殿下だけは、何も言わなかった。
いつもは、自信に満ち溢れ、よどみなく愛の言葉を紡ぐ彼が、ただ、呆然と、私を見つめたまま、完全に、言葉を失っていた。
やがて、我に返った彼は、まるで夢遊病者のように、ふらふらと、私の方へ歩み寄ってくる。
そして、私の手を取ると、掠れた、震える声で、私の名前を、呼んだ。
「……アイ」
その赤い瞳が、見たこともないくらい、熱く、潤んでいる。
「君は……」
彼は、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「俺が想像していたよりも、遥かに、遥かに……美しい……」
その、魂からの言葉。
彼の熱い視線を一身に浴びながら、私は、世界で一番の幸福感に包まれて、ただ、顔を赤らめることしかできなかった。
その中でも、私にとって、一番心躍る日が、ついにやってきた。
そう、花嫁の象徴である、ウェディングドレスを仕立てる日だ。
「まあ、アイ。少し緊張しているお顔ね」
「当たり前ですわ、お母様。あそこのアトリエに足を踏み入れるのですもの」
王宮から差し向けられた馬車の中、私の隣に座る王妃陛下と、向かいに座る親友のカモミールが、楽しそうに微笑んでいる。
今日、私たちは三人で、王家御用達のクチュリエ(仕立て屋)、マダム・ブランシェのアトリエを訪れることになっていた。
マダム・ブランシェ。
その名は、この国の令嬢であれば、誰もが一度は憧れる伝説のデザイナー。彼女が手掛けたドレスを身に纏うことは、最高のステータスとされていた。
アトリエに到着し、扉を開けると、そこは、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのような、夢の空間だった。
壁一面の棚には、純白のシルク、繊細なレース、オーガンジーといった、世界中から集められた最高級の布地が、まるで雲のように柔らかく積まれている。
ガラスケースの中では、無数のダイヤモンドや真珠が、眩いばかりの光を放っていた。
「ようこそおいでくださいました、王妃陛下。そして、未来の王妃、アイ様」
奥から現れたのは、銀髪を上品に結い上げ、黒いドレスをスタイリッシュに着こなした、年の頃五十代ほどの女性。彼女こそが、マダム・ブランシェその人だった。
その、芸術家特有の鋭い視線に、私は少しだけ身を固くする。
マダムは、私の周りをゆっくりと一周すると、ふむ、と一つ頷いた。
「なるほど……。噂通りの、透き通るような肌に、紫水晶(アメジスト)の瞳。そして、何よりも素晴らしいのは、その、素直で清らかな魂の色でございますね」
マダムは、私を採寸した後、何枚かのデザイン画を、テーブルの上に広げた。
「アイ様の雰囲気に合わせて、いくつかご提案させていただきますわ」
そこには、息をのむほど美しい、三種類のデザインが描かれていた。
伝統的で、威厳のある、クラシカルなプリンセスラインのドレス。
花の妖精のように、軽やかで、可憐なエンパイアラインのドレス。
そして、極上のシルクの光沢だけで魅せる、洗練されたシンプルなスレンダーラインのドレス。
「まあ、どれも素敵……!」
「本当に! アイなら、どれもきっと似合うわ!」
王妃陛下とカモミールも、楽しそうにデザイン画を覗き込んでいる。
私も、どれもがあまりにも素敵で、一つに絞ることなんて、到底できそうになかった。
私たちが、うんうんと頭を悩ませている、その時だった。
「ふむ。どれも素晴らしいが、俺のアイの魅力を引き出すには、まだ少し足りないな」
その、聞き慣れた、少しだけ尊大な声に、私たちは一斉に、アトリエの入り口を振り返った。
そこには、腕を組み、仁王立ちしている、私の愛しい婚約者様の姿があった。
「まあ、あなた!」
王妃陛下が、驚きの声を上げる。
「花婿が、式の前に花嫁のドレス姿を見るものではありませんよ、古くからの言い伝えで……」
「母上。言い伝えよりも、現実が大事です」
殿下は、全く悪びれる様子もなく、そう言い放った。
「未来の妻の、一番美しい姿を、一番に、そして一番近くで見たいと思うのは、夫として、当然の権利だろう?」
その、あまりにも堂々とした言い分に、私たちは、もう何も言うことができない。
結局、殿下も、ドレス選びに、当然のような顔をして参加することになった。
彼は、テーブルに広げられたデザイン画を一瞥すると、「マダム、少しよろしいかな」と、おもむろにペンを手に取った。
そして、新しい羊皮紙の上に、さらさらと、彼自身の理想のデザインを描き始めたのだ。
「まず、アイの、この透き通るような肌の美しさを最大限に引き立てるには、デコルテを綺麗に見せる、オフショルダーのデザインがいい」
「背中は、彼女のダンスで鍛えられた、美しい背骨のラインが見えるように、少し大胆に開けてほしい。そこに、小さな真珠を、天の川のように流れるように配置してくれ」
「スカートは、何層にも重ねたシルクオーガンジーで、雲の上に立つかのようなボリュームを。そして、その上には、世界中から集めさせた、最高品質のダイヤモンドを、夜空に輝く無数の星のように、散りばめてほしいんだ」
彼の口から語られるのは、私のことを、どれだけ深く見つめ、理解してくれているかが分かる、具体的で、そして、底知れない愛情に満ちたリクエストだった。
その、あまりの情熱に、伝説のデザイナーであるマダム・ブランシェの目も、次第に、創作意欲の炎で、きらきらと輝き始めていた。
「素晴らしい……! 素晴らしいですわ、殿下! お任せください。殿下の愛と、わたくしの技術のすべてをかけて、この世で最も美しいドレスを、お作りしてご覧にいれましょう!」
私は、自分のために、ここまで真剣に考えてくれる殿下の想いが、嬉しくて、恥ずかしくて、もう、どうにかなってしまいそうだった。
そして、後日。
仮縫いのために、再びアトリエを訪れた、その日。
試着室のカーテンが、ゆっくりと、開かれた。
その瞬間。
部屋にいた、すべての人間が、息を呑んだのが分かった。
純白の、光のドレス。
殿下の理想と、マダムの技術が融合して生まれた、奇跡のようなドレスを身にまとった私が、そこに立っていた。
「まあ……!」
「アイ……本当に……まるで、天から舞い降りた、天使のようだわ……」
王妃陛下とカモミールが、感嘆の声を漏らす。
けれど、殿下だけは、何も言わなかった。
いつもは、自信に満ち溢れ、よどみなく愛の言葉を紡ぐ彼が、ただ、呆然と、私を見つめたまま、完全に、言葉を失っていた。
やがて、我に返った彼は、まるで夢遊病者のように、ふらふらと、私の方へ歩み寄ってくる。
そして、私の手を取ると、掠れた、震える声で、私の名前を、呼んだ。
「……アイ」
その赤い瞳が、見たこともないくらい、熱く、潤んでいる。
「君は……」
彼は、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「俺が想像していたよりも、遥かに、遥かに……美しい……」
その、魂からの言葉。
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