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私たちの結婚式は、もう、一月後に迫っていた。
国中がお祭りムードに沸き、王宮では、その準備が最終段階へと入っている。
先日、仮縫いを終えたウェディングドレスは、マダム・ブランシェが魂を込めて、最後の仕上げをしてくださっている頃だろうか。
あの、夢のように美しかったドレスのことを思うと、今でも胸が高鳴る。
招待客のリストも決まり、記念硬貨の鋳造も始まった。私が提案した、子供たちへの記念のお菓子も、国中のパティシエたちが腕によりをかけて、試作を重ねてくれているらしい。
すべてが、順調に進んでいた。
ただ一つ、私の心に、小さな、小さな不安の影を落としているものを除いては。
それは、結婚披露宴で、殿下と共に踊る、ファーストダンスのことだった。
もちろん、貴族の令嬢として、ダンスの嗜みは一通り身につけている。音楽に合わせてステップを踏むことに、苦手意識はなかった。
けれど、話は、ただのダンスではないのだ。
この国の、そして、諸外国の VIP がずらりと見守る前で、完璧な王太子であるレピオ-ド殿下の、唯一のパートナーとして踊る。
そのプレッシャーは、想像以上に、大きなものだった。
もし、私がステップを間違えたら?
もし、殿下の足を踏んでしまったら?
そう考え始めると、どんどん自信がなくなっていく。
そんな私の心の内を見透かしたように、ある日の夜、殿下が、私にこう提案してきた。
「アイ。今夜、少しだけ、ダンスの練習をしないか?」
「え? レッスンでしたら、明日の午後、宮廷のダンス教師の方に来ていただくお約束では……」
「いや」
殿下は、私の言葉を遮ると、悪戯っぽく笑った。
「教師などいらん。君の最初のダンスパートナーは、この俺だろう? ならば、俺が、直々に君に教えるのが筋というものだ」
その、少しだけ強引で、けれど、どこまでも優しい申し出を、私が断れるはずもなかった。
その夜。
殿下は、私を、王宮の東棟にある、大きなダンスホールへと連れて行ってくれた。
昼間は、多くの人々がレッスンに励むこの場所も、夜になれば、ひっそりと静まり返っている。
高い天井の窓からは、銀色の月明かりだけが、磨き上げられた床を、白く照らし出していた。
殿下は、部屋の隅に置かれた、古い蓄音機に、一枚のレコードを乗せる。
やがて、スピーカーから流れ始めたのは、静かで、ロマンチックな、ゆったりとしたテンポのワルツだった。
「さあ、お嬢様。一曲、お相手願えますかな?」
殿下は、優雅に、私に手を差し出した。
私は、その手を取り、ダンスのポジションにつく。
殿下の、少しひんやりとした手が、私の腰に、そっと添えられる。私の手は、彼のたくましい肩の上に。
間近で、彼の情熱的な赤い瞳に見つめられると、それだけで、心臓が跳ね上がり、呼吸が浅くなるのを感じた。
「……では、いくぞ」
殿下のリードで、私たちの体が、ゆっくりと動き出す。
けれど、私の体は、緊張でガチガチだった。
「あっ……! ご、ごめんなさい、殿下! 今、足を踏みそうに……!」
「はは、気にするな。思い切り踏んでも、俺の足は折れたりしない」
殿下は、優しく笑う。
「大丈夫だ、アイ。もっと力を抜いて。俺を信じて、その身を、俺に預けるんだ。頭で考えず、ただ、音楽を感じてごらん」
彼の、魔法のような声。
私は、こくりと頷くと、一度、ぎゅっと目を閉じた。
そして、彼の言葉通り、彼のリードに、すべての意識を集中させる。
すると、どうだろう。
不思議なことに、あれほど重く、ぎこちなかった私の体が、まるで羽が生えたかのように、軽くなっていくのを感じた。
彼の腕が、私を優しく導いてくれる。
彼のステップが、私の進むべき道を、教えてくれる。
目を開けると、月明かりの中、私たちは、まるで一体になったかのように、滑らかに、優雅に、踊っていた。
くるり、とターンを決めると、私のドレスの裾が、ふわりと広がる。
鏡に映る私たちの姿は、まるで、子供の頃に読んだ、おとぎ話の挿絵のようだった。
「……すごい。魔法のようですわ」
「言っただろう? 君は、俺を信じてくれるようになったからだ」
殿下は、私の耳元で、甘く囁いた。
「君は、本当に、飲み込みが早いな。もう、完璧だ」
「いいえ……。殿下の、リードが、素晴らしいのです」
音楽は、やがて、クライマックスへと向かっていく。
殿下は、私の体を、ぐっと力強く引き寄せると、私の腰を支え、上半身を、大きく、しなやかに反らせた。
見つめ合う、二人の顔。
彼の赤い瞳が、月明かりを浴びて、熱っぽく、潤んでいる。
その瞳に、吸い込まれそうになった、その瞬間。
どちらからともなく、私たちの唇は、自然と、求め合うように、重なっていた。
ダンスの途中の、息もつけないほど、情熱的な口づけ。
どれくらいの時間が経っただろうか。
唇が離れた後も、殿下は、私を抱きしめたまま、離してはくれなかった。
そして、私の額に、ご自身の額をこつんと当てると、掠れた声で、こう、呟いた。
「……もう、本番が待ちきれない」
その声には、抑えきれないほどの、独占欲が滲んでいた。
「早く、君を、俺だけのものにしたい」
その、あまりにも熱烈な言葉に、私の全身が、喜びと、恥ずかしさで、カッと熱くなる。
私は、その熱を隠すように、彼の広い胸に、ぎゅっと、顔をうずめた。
結婚式への期待が、不安を完全に追い越して、私の心を、最高潮にまで、高ぶらせていく。
月明かりの下、私たちは、寄り添ったまま、いつまでも、いつまでも、静かなワルツを、踊り続けていた。
国中がお祭りムードに沸き、王宮では、その準備が最終段階へと入っている。
先日、仮縫いを終えたウェディングドレスは、マダム・ブランシェが魂を込めて、最後の仕上げをしてくださっている頃だろうか。
あの、夢のように美しかったドレスのことを思うと、今でも胸が高鳴る。
招待客のリストも決まり、記念硬貨の鋳造も始まった。私が提案した、子供たちへの記念のお菓子も、国中のパティシエたちが腕によりをかけて、試作を重ねてくれているらしい。
すべてが、順調に進んでいた。
ただ一つ、私の心に、小さな、小さな不安の影を落としているものを除いては。
それは、結婚披露宴で、殿下と共に踊る、ファーストダンスのことだった。
もちろん、貴族の令嬢として、ダンスの嗜みは一通り身につけている。音楽に合わせてステップを踏むことに、苦手意識はなかった。
けれど、話は、ただのダンスではないのだ。
この国の、そして、諸外国の VIP がずらりと見守る前で、完璧な王太子であるレピオ-ド殿下の、唯一のパートナーとして踊る。
そのプレッシャーは、想像以上に、大きなものだった。
もし、私がステップを間違えたら?
もし、殿下の足を踏んでしまったら?
そう考え始めると、どんどん自信がなくなっていく。
そんな私の心の内を見透かしたように、ある日の夜、殿下が、私にこう提案してきた。
「アイ。今夜、少しだけ、ダンスの練習をしないか?」
「え? レッスンでしたら、明日の午後、宮廷のダンス教師の方に来ていただくお約束では……」
「いや」
殿下は、私の言葉を遮ると、悪戯っぽく笑った。
「教師などいらん。君の最初のダンスパートナーは、この俺だろう? ならば、俺が、直々に君に教えるのが筋というものだ」
その、少しだけ強引で、けれど、どこまでも優しい申し出を、私が断れるはずもなかった。
その夜。
殿下は、私を、王宮の東棟にある、大きなダンスホールへと連れて行ってくれた。
昼間は、多くの人々がレッスンに励むこの場所も、夜になれば、ひっそりと静まり返っている。
高い天井の窓からは、銀色の月明かりだけが、磨き上げられた床を、白く照らし出していた。
殿下は、部屋の隅に置かれた、古い蓄音機に、一枚のレコードを乗せる。
やがて、スピーカーから流れ始めたのは、静かで、ロマンチックな、ゆったりとしたテンポのワルツだった。
「さあ、お嬢様。一曲、お相手願えますかな?」
殿下は、優雅に、私に手を差し出した。
私は、その手を取り、ダンスのポジションにつく。
殿下の、少しひんやりとした手が、私の腰に、そっと添えられる。私の手は、彼のたくましい肩の上に。
間近で、彼の情熱的な赤い瞳に見つめられると、それだけで、心臓が跳ね上がり、呼吸が浅くなるのを感じた。
「……では、いくぞ」
殿下のリードで、私たちの体が、ゆっくりと動き出す。
けれど、私の体は、緊張でガチガチだった。
「あっ……! ご、ごめんなさい、殿下! 今、足を踏みそうに……!」
「はは、気にするな。思い切り踏んでも、俺の足は折れたりしない」
殿下は、優しく笑う。
「大丈夫だ、アイ。もっと力を抜いて。俺を信じて、その身を、俺に預けるんだ。頭で考えず、ただ、音楽を感じてごらん」
彼の、魔法のような声。
私は、こくりと頷くと、一度、ぎゅっと目を閉じた。
そして、彼の言葉通り、彼のリードに、すべての意識を集中させる。
すると、どうだろう。
不思議なことに、あれほど重く、ぎこちなかった私の体が、まるで羽が生えたかのように、軽くなっていくのを感じた。
彼の腕が、私を優しく導いてくれる。
彼のステップが、私の進むべき道を、教えてくれる。
目を開けると、月明かりの中、私たちは、まるで一体になったかのように、滑らかに、優雅に、踊っていた。
くるり、とターンを決めると、私のドレスの裾が、ふわりと広がる。
鏡に映る私たちの姿は、まるで、子供の頃に読んだ、おとぎ話の挿絵のようだった。
「……すごい。魔法のようですわ」
「言っただろう? 君は、俺を信じてくれるようになったからだ」
殿下は、私の耳元で、甘く囁いた。
「君は、本当に、飲み込みが早いな。もう、完璧だ」
「いいえ……。殿下の、リードが、素晴らしいのです」
音楽は、やがて、クライマックスへと向かっていく。
殿下は、私の体を、ぐっと力強く引き寄せると、私の腰を支え、上半身を、大きく、しなやかに反らせた。
見つめ合う、二人の顔。
彼の赤い瞳が、月明かりを浴びて、熱っぽく、潤んでいる。
その瞳に、吸い込まれそうになった、その瞬間。
どちらからともなく、私たちの唇は、自然と、求め合うように、重なっていた。
ダンスの途中の、息もつけないほど、情熱的な口づけ。
どれくらいの時間が経っただろうか。
唇が離れた後も、殿下は、私を抱きしめたまま、離してはくれなかった。
そして、私の額に、ご自身の額をこつんと当てると、掠れた声で、こう、呟いた。
「……もう、本番が待ちきれない」
その声には、抑えきれないほどの、独占欲が滲んでいた。
「早く、君を、俺だけのものにしたい」
その、あまりにも熱烈な言葉に、私の全身が、喜びと、恥ずかしさで、カッと熱くなる。
私は、その熱を隠すように、彼の広い胸に、ぎゅっと、顔をうずめた。
結婚式への期待が、不安を完全に追い越して、私の心を、最高潮にまで、高ぶらせていく。
月明かりの下、私たちは、寄り添ったまま、いつまでも、いつまでも、静かなワルツを、踊り続けていた。
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