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第三話【残された者たちの醜態】
しおりを挟むリノエルが完全に扉の向こうへ消えると、堰を切ったように会場がざわめき始めた。
「なんなのだ、今の女は……!」
取り残されたアレスは、苛立ちを隠そうともせず、忌々しげに床を睨みつけた。
泣いて自分にすがり、あるいは怒りを露わにするはずだった。そうして、自分が彼女を許し、慰めるエミリアの優しさが際立つ、という筋書きだったのに。
全てが台無しだった。
主役であるはずの自分たちが、まるで道化のように取り残されている。
「殿下……」
腕にしがみつくエミリアが、不安げな声でアレスを見上げた。
その瞳には、勝ち誇った色が浮かんでいたが、アレスはそれに気づく余裕もない。
「ちっ……! あの女、いつもそうだ! いつも涼しい顔をして、俺の心をかき乱す!」
「リノエル様は、きっと強がっていらっしゃるのですわ。本当は、殿下との婚約破棄が悲しくて……」
エミリアが必死にアレスを慰めようとする。ここで彼の機嫌を損ねては元も子もない。
だが、その言葉は火に油を注いだだけだった。
「強がっているだと? どこがだ! あの態度は、まるで俺との婚約が迷惑だったとでも言いたげではないか!」
「そ、そんなことは……」
「とにかく、もういい! あの女のことは忘れろ! 俺の隣には、お前がいるのだからな、エミリア!」
アレスはそう言って、エミリアの肩を強く抱き寄せた。
周囲の貴族たちは、そんな二人を遠巻きに見つめている。
婚約破棄という醜聞。それは決して珍しい話ではない。だが、今夜の出来事はあまりにも一方的で、そして、あまりにもリノエルの退場劇が見事すぎた。
「……王太子殿下も、少しお考えが足りないのではないか」
「ああ。あのように公の場で婚約者を断罪するなど、王族の振る舞いとは到底思えん」
「それに、リノエル様のあの落ち着き払ったご様子。まるで、こうなることを予期していたかのようだったな」
「むしろ、喜んでさえいるように見えたぞ」
囁かれる声は、もはやアレスへの非難と、リノエルへの同情、そして賞賛へと変わりつつあった。
何より、彼女はフォーミュラー子爵家の令嬢だ。決して大きな家ではないが、代々誠実に王家に仕えてきた清廉な家柄として知られている。
その家を、王太子自らが貶めたのだ。
「国王陛下は、このことをご存じなのだろうか……」
ある老齢の貴族が呟いた言葉に、何人かがハッとした顔になる。
賢君として名高い現国王が、この息子の愚行を許すとは思えない。
アレスとエミリアは、自分たちがしでかしたことの本当の意味を、まだ理解していなかった。
彼らが勝ち誇ったように寄り添う姿は、これから始まる本当の嵐を知らない、愚かで哀れな子供のようにしか、聡い者たちの目には映っていなかった。
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