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十七話【王都の不協和音】
しおりを挟むリノエルが北の地で着実な成果を上げている頃、王都では不穏な空気が渦巻き始めていた。
「まあ、皆様! このお茶葉、隣国から取り寄せた特別なものでしてよ。一グラムが金貨一枚もいたしますの」
王宮の一室で開かれた、エミリア主催の茶会。
集まったのは、エミリアに取り入ろうとする、位の低い貴族の令嬢たちばかり。
テーブルには、これ見よがしに豪華な菓子が並び、エミリアの身につけている宝飾品は、日替わりで新しいものに変わっていた。
「まあ、素敵ですわ、エミリア様!」
「さすがは、王太子殿下に見初められたお方!」
令嬢たちのお世辞に、エミリアは満足げに微笑む。
リノエルがいた頃には、王太子妃教育の一環として、質素倹約を旨とした茶会しか開かれなかった。その鬱憤を晴らすかのように、エミリアは連日、贅沢三昧のパーティーを繰り返していた。
その資金がどこから出ているのか、彼女は深く考えようともしない。アレス殿下が用意してくれるのだから、当然の権利だと思っていた。
一方、そのアレスは、宰相や大臣たちを前に、新たな計画を意気揚々と語っていた。
「そこでだ! 我が国の威光を示すため、来月、『建国記念大祝祭』を大々的に開催しようと思う!」
「殿下、お待ちください!」
老宰相が、苦虫を噛み潰したような顔で口を挟んだ。
「今年の税収は、各地の不作が影響し、芳しくありませぬ。そのような大規模な祝祭を開く予算は、国庫のどこにも……」
「だから、国民に夢を与えるのだ! 華やかな祝祭こそ、民の心を一つにする!」
アレスは、宰相の言葉を全く聞こうとしない。
以前のリノエルであれば、このような計画が持ち上がった時点で、詳細なデータに基づいた反対意見書を提出し、アレスを説得、あるいは計画を頓挫させていただろう。彼女は、王太子の私的予算の管理も完璧に行っていた。
だが、今は違う。
アレスの財布の紐を握る者は誰もいない。彼の気まぐれな思いつきは、そのまま国の政策として進められようとしていた。
「リノエルがいれば……」
会議の後、宰相は誰に言うでもなく呟いた。
あの聡明な令嬢がいれば、ここまで国政が傾くことはなかった。王太子も、彼女の言うことには、渋々ながらも耳を傾けていたのだ。
リノエルという名の、有能な『重石』を失った王宮は、まるで舵を失った船のように、ゆっくりと、しかし確実に、破滅の渦へと突き進んでいた。
そのことに、愚かな王太子と、その寵愛を一身に受ける令嬢だけが、気づいていなかった。
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