18 / 32
十八話【突然の訪問者】
しおりを挟むフォーミュラー領が、冬支度で活気づくある日の午後。
見張り台にいたアランが、慌てた様子でリノエルの執務室に飛び込んできた。
「リノエル様! 北西の街道から、騎士団の紋章を掲げた一団がこちらへ向かってまいります!」
「騎士団……?」
リノエルは、ペンを置いた。まさか、王宮から何か問題が起きたのだろうか。
緊張が走る中、やがてその一団は領主の館の前に到着した。
先頭にいた馬から、すらりとした長身の騎士が降り立つ。
見覚えのある、鋼色の髪と瞳。
「カイ……様?」
リノエルが驚いて駆け寄ると、カイ・アスフォードは、長旅の疲れも見せず、静かに頷いた。
「北方の砦を視察した帰りだ。近くまで来たので、立ち寄らせてもらった」
「まあ……! 遠いところを、ようこそおいでくださいました」
突然の訪問に驚きつつも、リノエルの胸には、じんわりとした喜びが広がっていた。
「早速で悪いが、君の領地を見せてもらってもいいか。噂には聞いているが、この目で確かめておきたい」
「ええ、もちろんですわ。ご案内します」
リノエルは、カイを連れて領地を歩き始めた。
最初に案内したのは、活気に満ちた市場だった。
自分たちの手で育てた野菜や、森で採れた獲物を売る人々。工房で作られた日用品を並べる職人。そして、マルタン商会を通じて仕入れた、王都の品々。
かつての寂れた村が嘘のように、そこには人々の笑顔と、賑やかな声が溢れていた。
「すごいな……」
カイが、感嘆の声を漏らした。
「君は、本当にこれを、数ヶ月で作り上げたのか」
「わたくし一人の力ではございません。領民の皆が、頑張ってくれたおかげですわ」
リノエルは、誇らしげにそう言った。
次に、魔導具工房や、新しく整備された畑を見て回る。
どこへ行っても、領民たちはカイに物怖じすることなく、「若様のお客様かい?」と気さくに声をかけてきた。そして、自分たちの仕事ぶりを、嬉しそうに説明するのだ。
カイは、その一つ一つに真摯に耳を傾け、時折、鋭い質問を投げかけた。
そして、最後に、領地全体を見渡せる小高い丘の上に立った。
夕暮れの光が、豊かに実った畑を黄金色に染めている。家々の煙突からは、夕餉の支度をする煙が立ち上っていた。
カイは、その光景をじっと見つめていた。
そして、隣に立つリノエルへと視線を移す。
彼女は、王宮で見ていた『氷の令嬢』ではなかった。
風に髪をなびかせ、自分の成し遂げた仕事に確かな自信と誇りを持ち、生き生きと輝いている。
「……君は」
カイが、静かに口を開いた。
「君は、ここで輝くべき人間だったんだな」
その言葉は、リノエルの胸の奥深くに、温かい雫のように落ちていった。
144
あなたにおすすめの小説
拗れた恋の行方
音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの?
理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。
大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。
彼女は次第に恨むようになっていく。
隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。
しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
真実の愛の言い分
豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情
きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。
利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。
元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。
しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……?
2024/09/08 一部加筆修正しました
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる