どうぞ婚約破棄なさってください

きららののん

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十八話【突然の訪問者】

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フォーミュラー領が、冬支度で活気づくある日の午後。

見張り台にいたアランが、慌てた様子でリノエルの執務室に飛び込んできた。

「リノエル様! 北西の街道から、騎士団の紋章を掲げた一団がこちらへ向かってまいります!」

「騎士団……?」

リノエルは、ペンを置いた。まさか、王宮から何か問題が起きたのだろうか。

緊張が走る中、やがてその一団は領主の館の前に到着した。

先頭にいた馬から、すらりとした長身の騎士が降り立つ。

見覚えのある、鋼色の髪と瞳。

「カイ……様?」

リノエルが驚いて駆け寄ると、カイ・アスフォードは、長旅の疲れも見せず、静かに頷いた。

「北方の砦を視察した帰りだ。近くまで来たので、立ち寄らせてもらった」

「まあ……! 遠いところを、ようこそおいでくださいました」

突然の訪問に驚きつつも、リノエルの胸には、じんわりとした喜びが広がっていた。

「早速で悪いが、君の領地を見せてもらってもいいか。噂には聞いているが、この目で確かめておきたい」

「ええ、もちろんですわ。ご案内します」

リノエルは、カイを連れて領地を歩き始めた。

最初に案内したのは、活気に満ちた市場だった。

自分たちの手で育てた野菜や、森で採れた獲物を売る人々。工房で作られた日用品を並べる職人。そして、マルタン商会を通じて仕入れた、王都の品々。

かつての寂れた村が嘘のように、そこには人々の笑顔と、賑やかな声が溢れていた。

「すごいな……」

カイが、感嘆の声を漏らした。

「君は、本当にこれを、数ヶ月で作り上げたのか」

「わたくし一人の力ではございません。領民の皆が、頑張ってくれたおかげですわ」

リノエルは、誇らしげにそう言った。

次に、魔導具工房や、新しく整備された畑を見て回る。

どこへ行っても、領民たちはカイに物怖じすることなく、「若様のお客様かい?」と気さくに声をかけてきた。そして、自分たちの仕事ぶりを、嬉しそうに説明するのだ。

カイは、その一つ一つに真摯に耳を傾け、時折、鋭い質問を投げかけた。

そして、最後に、領地全体を見渡せる小高い丘の上に立った。

夕暮れの光が、豊かに実った畑を黄金色に染めている。家々の煙突からは、夕餉の支度をする煙が立ち上っていた。

カイは、その光景をじっと見つめていた。

そして、隣に立つリノエルへと視線を移す。

彼女は、王宮で見ていた『氷の令嬢』ではなかった。

風に髪をなびかせ、自分の成し遂げた仕事に確かな自信と誇りを持ち、生き生きと輝いている。

「……君は」

カイが、静かに口を開いた。

「君は、ここで輝くべき人間だったんだな」

その言葉は、リノエルの胸の奥深くに、温かい雫のように落ちていった。

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