26 / 32
二十六【リノエルの毅然とした拒絶】
しおりを挟むアレスの必死の懇願にも、リノエルの表情は変わらなかった。
彼女は、掴まれた自分の手を、ゆっくりと、しかし確かな力で振り払った。
「……殿下。あなたは、根本的に何かを勘違いしていらっしゃるようですわね」
その声は、氷のように冷たく、静かだった。
「わたくしの力が必要? いいえ、違います。殿下が必要となさっているのは、わたくしの知恵でも力でもございません」
リノエルは、一歩下がり、アレスとの距離を取った。
「あなたが必要としているのは、ご自身の失態を隠すための便利な道具と、フォーミュラー家が蓄えた財力。そして、全ての責任を押し付けられる、都合のいい存在。……そうでしょう?」
「ち、違う! 俺は、君の聡明さを、今になって……!」
「おやめなさいませ。それ以上、ご自身を惨めにするのは」
リノエルは、アレスの言葉をぴしゃりと遮った。
その瞳には、かつて向けられた侮蔑に対する、静かな怒りの炎が燃えていた。
「わたくしは、もうあなたの駒ではございません。あなたの隣で微笑む、美しい人形でもない。わたくしは、リノエル・フォーミュラー。北の地で、わたくしの民と共に生きる、一人の人間です」
その毅然とした姿に、アレスは言葉を失う。
リノエルは、憐れむような視線を彼に向け、そして、とどめの一言を放った。
「そもそも、殿下には、愛する方がいらっしゃるではございませんか」
「エミリア……?」
「ええ。あなたは、彼女と『真実の愛』で結ばれたはず。わたくしとの政略の婚約を破棄してまで、手に入れたかった、唯一無二の愛だったのでしょう?」
その言葉は、鋭い刃のようにアレスの胸を抉った。
「彼女が、どのような状況にあるのかは存じ上げません。ですが、愛を誓った殿方が、彼女が苦境にある時に、別の女に助けを乞うなど、騎士道にもとる行いですわね」
リノエルは、完璧な淑女の微笑みを浮かべた。
「どうぞ、あなたこそ、その『真実の愛』とやらを、最後までお貫きなさいませ」
それは、完全な決別の言葉だった。
あなたの茶番は、あなた自身で終幕を迎えなさい、と。
「ご用がそれだけでしたら、わたくしはこれで失礼いたします」
リノエルはそう言って、アレスに背を向けた。
「ま、待て! 行くな、リノエル!」
アレスが、みっともなくその腕を掴もうとした、その時だった。
部屋の扉が、静かに開かれた。
148
あなたにおすすめの小説
泣きたいくらい幸せよ アインリヒside
仏白目
恋愛
泣きたいくらい幸せよ アインリヒside
婚約者の妹、彼女に初めて会った日は季節外れの雪の降る寒い日だった
国と国の繋がりを作る為に、前王の私の父が結んだ婚約、その父が2年前に崩御して今では私が国王になっている
その婚約者が、私に会いに我が国にやってくる
*作者ご都合主義の世界観でのフィクションです
この祈りは朽ち果てて
豆狸
恋愛
「届かなかった祈りは朽ち果ててしまいました。私も悪かったのでしょう。だれかになにかを求めるばかりだったのですから。だから朽ち果てた祈りは捨てて、新しい人生を歩むことにしたのです」
「魅了されていた私を哀れに思ってはくれないのか?」
なろう様でも公開中です。
拗れた恋の行方
音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの?
理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。
大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。
彼女は次第に恨むようになっていく。
隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。
しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる