どうぞ婚約破棄なさってください

きららののん

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二十六【リノエルの毅然とした拒絶】

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アレスの必死の懇願にも、リノエルの表情は変わらなかった。

彼女は、掴まれた自分の手を、ゆっくりと、しかし確かな力で振り払った。

「……殿下。あなたは、根本的に何かを勘違いしていらっしゃるようですわね」

その声は、氷のように冷たく、静かだった。

「わたくしの力が必要? いいえ、違います。殿下が必要となさっているのは、わたくしの知恵でも力でもございません」

リノエルは、一歩下がり、アレスとの距離を取った。

「あなたが必要としているのは、ご自身の失態を隠すための便利な道具と、フォーミュラー家が蓄えた財力。そして、全ての責任を押し付けられる、都合のいい存在。……そうでしょう?」

「ち、違う! 俺は、君の聡明さを、今になって……!」

「おやめなさいませ。それ以上、ご自身を惨めにするのは」

リノエルは、アレスの言葉をぴしゃりと遮った。

その瞳には、かつて向けられた侮蔑に対する、静かな怒りの炎が燃えていた。

「わたくしは、もうあなたの駒ではございません。あなたの隣で微笑む、美しい人形でもない。わたくしは、リノエル・フォーミュラー。北の地で、わたくしの民と共に生きる、一人の人間です」

その毅然とした姿に、アレスは言葉を失う。

リノエルは、憐れむような視線を彼に向け、そして、とどめの一言を放った。

「そもそも、殿下には、愛する方がいらっしゃるではございませんか」

「エミリア……?」

「ええ。あなたは、彼女と『真実の愛』で結ばれたはず。わたくしとの政略の婚約を破棄してまで、手に入れたかった、唯一無二の愛だったのでしょう?」

その言葉は、鋭い刃のようにアレスの胸を抉った。

「彼女が、どのような状況にあるのかは存じ上げません。ですが、愛を誓った殿方が、彼女が苦境にある時に、別の女に助けを乞うなど、騎士道にもとる行いですわね」

リノエルは、完璧な淑女の微笑みを浮かべた。

「どうぞ、あなたこそ、その『真実の愛』とやらを、最後までお貫きなさいませ」

それは、完全な決別の言葉だった。

あなたの茶番は、あなた自身で終幕を迎えなさい、と。

「ご用がそれだけでしたら、わたくしはこれで失礼いたします」

リノエルはそう言って、アレスに背を向けた。

「ま、待て! 行くな、リノエル!」

アレスが、みっともなくその腕を掴もうとした、その時だった。

部屋の扉が、静かに開かれた。

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